第15話

      二十六


 焼き上がったものを、小野がつまみ食いしていた。「はっふっ、はっふっ」と、手で口を押さえながら食べている。


「半分にして、味を変えるのが本筋ですよ」

「どうやって味を変えるんですか」

「マヨネーズ、醤油、ケチャップ、などをつけるんですよ」

「チーズ、タバスコ、とんかつソースもありですね」

「創意工夫に制限はありませんからね」


 日本人は元来、米を主食にしている。現在は欧米諸国の食文化に席捲されてしまった。

 体格差は埋まったものの、変化に併せられずに劣等感は未だに持っているようだ。


 時代背景なのか、潤沢な物資に囲まれて、無駄の限りを尽くしてもいるようだ。ものが国内に溢れたことで、日本人の傲慢が増長したのかも知れないが、そればかりともいえなかった。


 制限の無いものは、想像だけである。自由を語り過ぎると、お他人様を考慮できなくなって終うのだろう。いつしかそればかりか、夢の大安売りに繋がり、希望や目標も欲と一緒件いっしょくたにしていた。現在の日本は、神々の御座おわす国ではない。自ら心を捨て、妖魔(金)にうつつを奪われて終っている。


 義務を果たさずに権利を主張するならば、絶滅危惧種にえられても仕方がないことである。食の工夫を通じながら、行く末(未来)を語っていた。



 うさぎが女性たちに気を遣い、ベランダで煙草をつけていた。

 そこへ

「願い事が届きそうな程、綺麗な星空ですね」と、石が隣に来て、十五夜、間近の星空を一緒に眺める。

「天童で観た輝きと同じようですよね」

「天童では、贅沢な程の星が、観られました」

「都会の地光りでは、恒星しか観られませんからね」

「プラネタリウムでは、恒星ばかりです」

「太陽光の放射量が想像以上に高いです」

「私は、亡くなった方々の物語の為に、恒星として終った、と思います」

「それも、お金儲けなんじゃない? かな」

「私もそう思うよぉ」

 斉藤と小野も、ベランダに出てきた。

「夢を語るには彩りを理解しないと駄目ですからね」

「彩り、ですか」

「石ちゃんの名前だよねぇ」

「彩りの花、って書くから? なの」

「彩りとは、個性だと想いませんかね」

「豊かな心を表すならば、そうなります。でも、わたしはそう想えません」

「どうして? でしょうか」

「赤瞳さんはよく、物事をこじつけますよね」

「若しかして、辞書の総てを暗記しているのぉ」

「必要に応じて調べます。前に暗記に挑戦しましたが、三日で忘れてしまいました」

「暗記が必要ですか」

「言葉に責任を押し付けちゃ駄目なんだよぉ」

「正確に届けたい、と思うならば、必要になりますよね」

「正確に届くもの? なの」

「言葉は文化と言われていますよ」

「文化って、電化製品のことじゃないの」

「それは、文明の利器だよぉ」

「三種の神器に因んでいるのですか」

「赤瞳さんは、神器が時代背景で変わることに、納得できるんですか」

「私は非国民ですから、三種類に疑問を呈しています」

「三種類ではないのでしょうか」

「では聴きますが、何故三種類なんですかね」

「始まりの元素が、たった三つの行動しかできなかったからではないでしょうか」

「行動は三つですが、原子はほぼ無限に存在しますし、分子で造られて要るのが、現在いまなんですよ」

「だったら、何を基準にするの」

「循環の法則、って言うんじゃないかなぁ」

「私は、停まらずに刻み続ける時間にするべきだと考えます」

「廻り続けることも、循環の法則になるもんねぇ」

「終わりがないことを願うからですか」

「終わりがないものは他に、太陽光ですよね」

「太陽光は地球に、約七秒で届きます」

「星の光は、数百年前に発したもの、と聴いたことがあります」

「光は永遠に進む、と考えていますか」

「違うんですか」

「それ等の疑問を解く為に、明日図書館に行きませんか」

「解けるのぉ」

「人生を賭けて取り組んだ方々の著書は、偉大な功績と思いませんか」

「賢者は一日にしてならず、って云いますからね」

 ようやく、女性たちがその気になっていた。



 モーニングティは、レモンが良い。これも、うさぎの持論のひとつである。

 うさぎの思考の中では、寝起きのレモン汁が、臓器のリフレッシュを図っている。科学的根拠ではなく、験担げんかつぎである。しかし科学は、疲労回復に、クエン酸が良いと立証した。昭和の部活のマネージャーは、檸檬の薄切りに、砂糖をまぶしたものを選手たちに提供していた。伝統という繋ぎ合わせた歴史は、各々の経験を糧として労ることを続けてきた。そこに見える献身こそが、女性が持つ母性でもある。


 女性たちは用意されたものを、有難く食べていた。当たり前の日常なら、コンビニのサンドウィッチか、ファーストフードになるのだろう。

 女性の嗜みでいうならば、味噌汁と焼き魚と答えられることが、できないでもいる。

 伴侶の為に早起きするが、長続きしないと続き、人としての嗜みですら、馴れ合いに終わる。元々の生活環境が違うので、言い訳さえ用意できれば、努力さえしなくなる。人の意志が強くなったのでなく、欲が傲慢を増長させたから、意思とは関係なくなった。というのが、時代背景なのだ。


 無言(無限)が表すものは、満足であって欲しい。継続の意味は、知らぬ間に身に付く条件反射であるべきだ。大事なことは、過去よりの進歩だろう。長い時間を要して、現在に至っている。お他人様と思うか、ご先祖様と思うかは、個性に委ねられていた。直接的か間接的かは、感性で知るしかないのだ。


 各自が想いに希望をしるしみちを進もうとしていた。

 うさぎは図書館に導き、女性たちに標を提示した。先人たちの想いと苦悩を共有することは、現在の仕来りではないだろうか? 残されていることを理解しようともみえた。想いが価値を越えてを創り出しているのだった。其れを確認するために、図書館に来たのであった。

 

 始まりは、宇宙の創世である。

 想い(感性)であることは、一説でしかない。想いが元素を創り出した。元素はその想いに答える為に、できることをする。飽くなき挑戦は、想いを重ねて、直向ひたむきに挑戦することである。古文書には、その功績の裏に隠された苦悩が垣間見えていた。


 ビッグバンが起きたのは、必然である。

 思い込みは、原動力になるのだ。

 経験を得て、道理(学識)を身に積ます。

 総てのもの・ことに、無駄はない。必要である時に役立つのである。

 考え方の違う方々が目指す現在いまは、彩りの調和でしかない。『言うは易く行うは難し』を噛み締めて、残されたものを知識として積んでいた。積むというよりも、記憶に刻みつけていた。


 残されたもの(DNA)は、人の歴史であり、適応力でもある。現在まで受け継いだ理由は、想いであり骨身に刻まれていた。

 悪が目論むことは、自分勝手な循環である。そこに見えるものは、怠け者の傲慢だからである。


 たかが人であり、然れど人である。科学の無い時代に、人が導き出したものの総てが、物語っていた。大事なことは、信じることである。神々が人に托したものが心ならば、繋いだ結び目を硬く結び直すだけだった。


 うさぎは女性たちに、想いを伝えた。女性たちにしても、うさぎのいう先人たちの想いを汲もうとしていた。救うのではなく、掬われる為に想いを重ねることで、鬼神おにがみ力が目覚めるのであった。夜叉にしても、鬼にしても、神々の内に秘めたものだからだ。


 想いを重ねた四名が図書館を後にした。ビルからでた時、うさぎの頬を閃光が掠めた。着弾に気付いた石が、うさぎを引き寄せて、アゼリア地下街に降りる階段脇に身を隠す。

 小野は着弾の跡から、敵の居所を捜した。

「向かいのビルに注意してぇ」

 斉藤が人混みを掻い潜り狙撃手を追おうとする。

「追っても無駄です」

 うさぎがそれを引き留めた。

「地下街に潜りましょう」

 石が言うと、斉藤と小野が寄って来た。

「どうして? 追わないの」

「仕留めるつもりなら、私は死んでいます」

「赤瞳さん、血が出ていますよぉ」

「腕が立つ狙撃手のようですね」

「情けをかける理由が解りません」

「あたしたちがついているにも拘わらず、狙うなんて許せないわ」

 三名の我慢が、夜叉神やしゃがみ力を増長させていた。


「帰って、をしましょう」

 うさぎの言った復習は、先人たちの知恵だが、護ることを生業とした女性三名は、復讐と受け取っていた。その証拠に、笑う女性たちの瞳に、夜叉が宿っていた。

 千里眼で確認したうさぎは、戦線離脱を目論んだということである。



 うさぎはマンションの部屋の前に着き、扉の鍵穴に鍵を刺した刹那に手を停めた。

 斉藤がそれに気付き、うさぎの手の上に手を添えて、ノブを廻した。

 小野が、「ただいま~」と、声を張り上げて中に入った。

 続いて、斉藤が入り、石がうさぎを後ろに従えて玄関に入った。

 うさぎが後ろ手で扉を閉めて鍵をかける。


「お他人様の家に勝手に入ることは、犯罪行為ですよぉ」

「僕は、うさぎさんと知り合いだから、犯罪ではないんだよ、お嬢さん」

 うさぎは声色で、「一条さん?」と言った。

 うさぎの声を頼りに、

「警察関係者なら、尚のこと、駄目ですよ」と、斉藤が口走った。

「知り合いだから、泥棒に備えたんだよ」

「勝手な言い訳ですね。盗聴器も、貴方の仕業? ですか」

 石が言うと、女性たちが動き出した。

「あ~ぁ、お腹が減っちゃった」

「動くな」

 一条は言って、懐から拳銃を取り出した。

 女性たちはそんなこともお構いなしに、フォーメーションらしき動きを捕った。

「やりなれない勉強なんてしたから、脳に栄養が足りなくなっちゃったもんね」

 斉藤の言葉で、たじろいでいた小野が再び動き出した。

 石が隙間を埋めるように、斉藤に並んだ。

 小野は、昨夜の残りの一口ハンバーグを口の中に入れた。

 確認した石が、

「お知り合いと言えども、道徳心は持つべきだと思いますよ」と、一条の気を惹きつける。

「男同士の友情に、女が出しゃばらない方が良い。一条ぼくには、拳銃こんなもの撃ち慣れているからな」

 一条が拳銃を玩具のように廻していた。

「赤瞳さんは、そんな下らない友情を好みませんよ」

最初はなっから、友情なんて通っていません」

「らしいですよ、一条さん」

 イラッ、とした一条が、

「だからなんだ!、目障りなんだよ」と言い、銃口をうさぎに定めた。

「それはお互い様じゃないのかしら」

「赤瞳さんの何が目障りなんですか」

「杉野が見つけられない化学式だよ」

「特効薬の化学式ですか」

「裏社会から入手した元素の特効薬が必要だったのね」

「冥土の土産に教えてやる。開発組織は、世界中に撒き散らすらしいからな」

「知ってるわよ、そんなこと」

「既に、特効薬が造られていますよ」

「嘘を言うな」

「一条さんがたどり着けなかったものを、伊集院さんが大量生産に尽力しています」

「嘘だ」

「嘘じゃないわよぉ。その為の時間稼ぎだったらしいからねぇ」

「だから、隕素の取り出しに至らないんですよ」

 斉藤が、一条を嘲笑った。

「杉野が見つけられないものが、見つけられる訳がない」

「K大学のお坊ちゃまには、見つけられないもの、ってことだよぉ」

「奴は天才だ。そんな話しは信じられない」

「世の中には、必要なものと、必要ないものがあるのよね」

「天才に見えないものが、赤瞳さんには見えるのです」

「そんな筈はない」

「赤瞳さんは、神々の産みの親に期待されているんだよぉ」

「神々の産みの親だと」

「一条さんに心があれば、そのことに気付けたかも知れないわね」

「負け惜しみだな」

 一条は言い、勝手に気持ちを取り直した。

「天才はいます。ですが世の中の仕来りは、努力以外のなにものでもないんです」

「痩せ犬の遠吠えも大概にしろ」

 一条が動揺して立ち上がり、うさぎに照準を合わせた。

 石が頭を左右に振ると、女子三名がオーラに包まれ始めた。

「一条さんの命運も、尽きたようですね」

 石が詰めようとして動く。一条がそれで、照準を石に向けた。その刹那に、小野が後ろ手に持つナイフを放った。

 石が併せて動き、引き金に指を入れる。

 斉藤が石に併せて動き、ナイフを押し込み、止めを刺した。

 小野が一条の後ろに廻りこみ口を塞ぎ、その勢いのまま、脛骨を折った。

 女子三名が吐き出す息と一緒に、包み込んでいたオーラが薄れて行く。



「お風呂場に持っていくわよ」

 斉藤の号令で、三人が一条を担ぎ上げた。力尽きた一条を、女子三名が担ぎ上げ屍を風呂場に運んでゆく。


 小野が風呂場からいそいそと現れて、

「御免なさい」

 ナイフを使用したことを詫びに来た。風呂場からシャワーの音が聞こえている。

 小野と入れ替わりに、斉藤が現れて、

「伊集院さん。始末したよ、処理に来て」と、携帯電話を片手に、うさぎに目配せを送っていた。

 簡潔に言うと携帯をしまい、風呂場に戻っていく。

 入れ替わるように、石が現れて、飛び散った鮮血を拭きに来た。

 数十分間シャワー音が続いた。


 凡そ一時間後

「ピンポーン」

 チャイムが鳴ると、うさぎを制した斉藤が玄関に出て行った。

 伊集院が建築現場で使うトン袋を持ち現れた。女性たちは待つ間に荷物を揃えていた。


「久しぶり、うさぎさん」

「元気そうですね」

「積もる話もあるでしょうが、処理を先にしない」

「直ぐ済むから、その間に積み込んでおいてよ」

 伊集院が、うさぎの前に腰を降ろした。

「色々と有難う御座いました」

「真由美さんのことは、吹っ切れたようだね」

「川井遥さんを失ってしまいました」

「本人が望んだ型でないことだけは確かだよね」

「私が愚か者だったんです」

「人生・想い通りにいかないよね」

「三名だけは死なないように、鬼神力をと思ったんですが」

「三人合わせて、完成しちゃったみたいだね」

「夜叉神力もある意味、ありですね」

「手綱は、うさぎさんにしか引けないね」

「時間が掛かりそうですね」

「境界線を併せることと同じかも知れないよ」

「未だ未だ隠居させてもらえませんか」

「今度、中里と一緒に来るね」

「必要なら、私が行きます」


 死体の積み込みを終えた女性たちが、荷物を捕りに戻って来た。

「ご苦労さま」

「赤瞳さん、近いうちにまた来るからねぇ」

「あたしも付いて来ますよ」

「その時はまた図書館に行きましょうねぇ」

「そういうことでしたらば、私も来ます」

「なら、皆で押しかけちゃおう」

 四人が顔を綻ばせながら出て行った。


 うさぎは、静まり返った部屋で、得意の妄想問答を初めていた。


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