第6話

     十四


 女々しい男を演じる伊集院が、当たり前のように、真由美を待っていた。


 マネージャーから、

「所用があるらしく、遅刻するって連絡があったよ」と教えられた。

 本懐を遂げたことが、連絡を貰えなかった理由だろう。想いが空回りすることは日常茶飯事にあり得る。


「真由美ちゃんが来るまで、新人のまりちゃんと時間を潰しててよ」と言われる。

 まりは、口下手と言いながら、

「G院大学の大学院で、科学研究員をしています」と言っている。

「こういう処では、ミステリアスの方が客受けが良いんじゃないの」

「研究のストレスから、お酒への依存症になってしまいました」と告げ、「のど越しの良いビールが、特に好きなのです」とアピールしていた。

 伊集院はそれを逆手に取り、『ペロッ』と言わせるつもりになった。

素面しらふで話しても、堅苦しくなるから、呑みながら話そうよ」と、アピールを赦した。満面の笑みをこしらえて、カウンターに消えてゆくまりの動向を観察する。男の下心が、功を奏していた。


 研究室を仕切る教授が、「体調が優れないなら、暫く距離を置きなさい」と言ってくれたので、アルバイトを選択したらしい。

 通常、教授が研究員を管理するが、研究費削減の為に、研究員に休みを与えない。助教授(准教授)に研究を任せ、良いとこどりするものである。


 製薬会社・化粧品会社・石油化学会社等が、利益の為に研究を進めている。大学が研究するものは、品質改良・生物の特質、種の保存等の学術的分野に取り組むものが多い。


 成果が認められるまで、火の車で研究する。若い力と情熱を利用されてしまう。人生経験が長い教授が説くことで、世紀の大発見とたぶらかされて終う。


 伊集院が勘繰ったのは、その仕組みを毛嫌いした性分からだった。曰くが付くとは、柵みに取り込まれた言い訳と解釈すると、意外な程シックリくるものである。

 三杯のビールを空けて、呂律ろれつが妖しくなり始めた時に、

「遅くなっちゃいました。御免なさい」と、真由美の声が聴こえてきた。

「彼が、お待ちかねだよ」

 余計な話しまで聴こえてくる。大人の嗜みで、そこは聴き流せた。

 小走りでやって来た真由美が、

「どうしたの?」と言ってから、半ばまりに聴かせるように、「振られたのに付き纏うなんて紳士のすることじゃ無いわよ」と繕った。

 伊集院がそれに併せて、

「ご機嫌斜めだね。理由を教えて欲しいなぁ」と、とぼけをかます。

「色々たて込んで、昼を食べ損ねたの。振った相手に纏わり付かれれば、腹も立つでしょう」と言い、片目を閉じて知らせていた。

「まりちゃん、マネージャーに、金太郎ラーメンを頼んで下さい」

 まりは、真由美の剣幕にたじろいでいた。瞼をぱちくりして、『ちんぷんかんぷん』の意思表示をする。

「言えば解ります。序でに、ビールのお代わりを持ってきて良いですよ」

 まりが途端に態度を変えて、小走りでカウンターに消えて行った。


「どうしたの」

 まりが座っていた場所に腰掛けた真由美が小声で囁いた。

「僕たちの宇宙徘徊が、米国のレーダーに捉えられたらしいんだ」

「そんなニュースは流れて無いわよ」

「内閣府で大騒ぎになってるみたいなんだよ」

「中里さんが、情報源ね」

「僕等が徘徊した、と自慢しちゃったよ」

「言っちゃったのかぁ。まぁ、証拠が無いから、惚け通すしかないわよね」

「それよりも、まりちゃんに注意してね」

「何故」

「大学院の研究室って、うさぎさんを狙う輩かも知れないからさ」

「まさか知的分野の人が」

「今は、お金で依頼出来るからね」

「自らが手を下さなくても良い、ってこと」

「インターネットが普及しているからね」

「仲間だから信じたいけど、一応・距離を置くわ」

「この後は、振られたのに未練がましく付き纏う、女々しい男の設定に変更だよ」

「了解。多少罵声を浴びせるわ。聴き流してね」

「了解。まりちゃんが戻ってくるよ」

 伊集院が言うと、真由美が立ち上がった。

 まりは両の手でグラスを持ち、抜き足差し足の歩調で戻ってきて、伊集院の前に座った。

 マネージャーが提灯奉行のように追いている。

「へいっ、お待ち」

 伊集院の前に丼を置いた。

「申し訳ない。姫のご機嫌取りで注文したんだよ」

 丼を真由美の前に移動した。

「まぁ、系列店の売り上げに協力しているから、よしとしますかね」

 伊集院には、嫌みに聴こえる。両の手を併せ拝み倒していた。

 マネージャーが笑顔をへつらって戻って行った。

 真由美が席を立ち、

「狭苦しいから、移ろう」と言い、伊集院を隣の四人掛けに移動してもらい、隣をキープする。

 まりは自分のビールグラスだけを持ち移動した。


「まりちゃんはどうして、科学者を目指したの」

 真由美が場の空気を感じ取り、伊集院と絡ませようと発言する。

「答えは必ずあります。辿り着けない自分が赦せない、そんな自分がいます」

「本心は違うのかい」

「誰がどうやって答えを出すのかが知りたかった。のだと気付きました」

「それが正しいか解らないんじゃないかなぁ」

「一説に充分な答えが必ずあります」

「言い含められちゃったんだね」

「目に映らなくても、液化すれば存在を確認出来るのです」

「見えてる人が居るかも知れないよ」

「お金が掛かることが出来ないのが、大学の研究なのですよ」

「なら、見えるようにすれば良いんじゃないかなぁ」

「わたくしなんかが、選ばれることはありません」

「誰が選ぶのかなぁ」

「神々様です」

「まりちゃんが言う神々様が、生贄を望むかしら」

 麺を完食した真由美が口を挟んだ。

「僕の知ってる女性が、キスは神々様が人の内にある邪悪を吸い出す儀式。と教えてくれたんだよなぁ」

「わたくしに、その方を紹介して戴けませんか」

「純粋な心の持ち主にしか、会わないらしいわよ」

「それならば、生贄を欲する神々様と、なにも変わりませんね」

「何方も正義。理不尽がまかり通る現在に、正解はないのかも知れないわね」

「なら、一説でも良いんじゃない」

「そうですね。所詮、歯車は歯車でしかないですものね」

 沈黙が空気を澱ませた。


「まりちゃん。ごちそう様して出て来てねぇ~」

 マネージャーが丼を下げに来て、絶妙のタイミングでチェンジを促した。

 内面を隠したまま、笑顔を診せるまりが退席して行った。

 二人が肩を撫で下ろしていた。


 数日後

 真由美が伊集院にメールを送っていた。

 内容は、


 今週の土曜日十四時に、元住吉のサンマルクカフェに集合して下さい。

 すーさんからの大事なお知らせが有ります。

             真由美


 Ps

 中里さんに伝えて下さい。

 不参加・欠席は無しです。


 伊集院は直ぐに中里と連絡を取った。

「俺にも、宇宙の徘徊へと言ってくれないかなぁ」と、ことの重要性を軽んじている。

「最悪を想定して措かないと、大惨事になるかも知れないよ」と、伊集院が釘を刺していた。

 返信メールを送ってから、妄想にうつつを抜かした。

 



 

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