アウマクアの花

まくら&砂糖

不思議な目をした少女

「一人でいたら危ないのはみんなそうだよ。一緒に行こ?」


 ずぶ濡れの男に声をかけたのは、不思議な目をした少女だった。

 男の名は甲田良幸(こうだよしゆき)――通称、オリビアという。オリビアというのは仕事で使っている名前で、職業は占い師だ。

 彼の占いの腕は並レベルだが、独特のキャラクターで一部の客に人気が高かった。

 突然この街にやってきて占い師などという職を始めたオリビアにとって、ファンがつくのは願ってもないことだ。

 この日も、いつも通りオリビアの元へ通う客の相手をして、終業の予定だった。

 閉店間際に一人の女がやってきたこと以外は、いつも通りであった。

「あら、初めての方ですね。なにを占えばいいかしら。前世? 恋愛? 仕事運?」

「占いは結構ですよ。今日はあなた自身についてお話を聞きたいんです、オリビアさん。……いえ、“甲田さん” と言えば分かりますか?」

 本名を口にされたとき、オリビアは言いようのない嫌悪感に襲われた。

「どうしてその名前を……。たしかに、占いが目的ではないようですね」

 苦虫を噛み潰したような表情で、相手を睨む。これは厄介な相手のようだ。

「まあそう怖い顔をなさらず。私の友達があなたの大ファンなんです。それであなたを調べて……」

「そういうのがご飯のタネなのね」

 少し軽蔑を込めて投げかけた。

「お話が早くて助かります。どこまで世間に知られるかは、あなたのお話次第……。これ以上は事務所まで来ていただけるとありがたいのですが」

「行かないと調べたこと全部バラすって言うんでしょう。いいわ。先に言っておくけど、お金はないわよ」

「ご心配なく」

 事務所兼自宅のアパートの外階段を降り、夏を感じさせる湿った空気の中を進んだ。

 用意されたバンに乗り込むと、やや乱暴に扉が閉められた。車には先程の記者だけでなく、関係者が複数人乗っている。

 オリビアが俯きながら座席に座っていると、突然後部座席からタオルのようなもので首を絞められた。

「ちょっと……! なによッ、どういうつもり……!」

 必死に抵抗するも、突然のことで上手く対処することができなかった。首にいくつもの引っ掻き傷を作りながらタオルのようなものを外そうとしたが、最後には意識を失ってしまった。


 オリビアが次に目を覚ましたのは、時計が十二時を回った頃だった。

 眩しいフラッシュが点滅していたのをよく覚えている。

「……なによ、これ」

 オリビアの服はズタズタに引き裂かれ、乱暴に引き摺られたのか、あちこちに擦り傷ができていた。

 現在地も事務所などではなく無人倉庫であるし、オリビアの事務所で言っていた事とまるで違う。

 終いにはガムテープで後ろ手に縛られている。

「××市で人気急上昇中のイケメン占い師が実は家出同然で逃げ出した御曹司……なんて、そんな小説みたいなことあると思う?」

 キャハハハ、と後ろの方で声がしたが暗くてよく見えなかった。

「ねえ御曹司さん、今からでもお家に連絡してみたらどお? そしたらきっと、お互いハッピーだと思うな~」

「最初にお金はないって言ったわよね。こんな馬鹿げたこと、今すぐやめて貰える?」

「ここまで来ておいてやめて貰えると思う? やっぱお坊ちゃんは思考が違うのかな? ねえ、写真のデータって実はすっごく高いんだよ。世間知らずのお坊ちゃんにはわからないかなあ。これはね、チャンスなの。私たちはお小遣いを貰える、あなたは恥ずかしい写真が出回らなくて済む。ね?」

「あたしにお金はないし、もう家とは縁がないわ。狙いを間違えたわね」

「じゃあこの写真が出回ってもいいんだ?」

「それは……」


「ねえねえ、身体で払って貰うのはー?」

 後ろの誰かが提案した。

「アハッ! それ最高じゃん。私らこんなイケメン見たことないもんね」

「動画とっとく?」

「あーし三脚持ってるよー」

「じゃあそこ設置しといてよ」

「いいもの持っててよかったねえ、“良幸”って名前もウソじゃないかもね」

「その名前で呼ばないで!」

 オリビアはこれから行われる事よりも、名前を口にされる方が嫌だった。

 暗闇から徐々に人影が一つ二つと実体化し、こちらに近づいてくる。

「がっ……!」

 突然、頭を何かで殴られた。

 あまりの衝撃に脳震盪を起こす。くらくらと揺れる視界に、どんな顔の人間が近づいているのかわからない。

 履いていたものを下ろされ、情け無い姿を晒す。脚を開いたままの状態で押さえつけられた。

 抵抗しようと思っても、先程の衝撃でうまく力が入らない。さらに、抵抗する意思を見せると、殴る蹴るの暴力を受けた。

 どんなに嫌でも、刺激されればそれだけ反応してしまうというもので、特に舌を使われた時には、思わず大きく身を反らしてしまった。

 絶え間なく刺激され続け、嫌だ嫌だと首を振りながら果てていくのは本当に屈辱的だった。

 幾度となく果てさせられ、ぐったりとしたオリビアを見ては楽しそうに笑う声が聞こえる。

 一度解放されたかと思うと、今度はうつ伏せの体制を取らされた。そして、足をガムテープで固定される。

 もはや抵抗する気力すらなくなったオリビアは、ほぼされるがままだった。

「ねえ、男の人って後ろが気持ちいいって本当なのかな?」

「……は?」

「ほら、よく言うじゃん。後ろは女よりも何倍も感じるって。前の方はすっかり萎えちゃったしさ、試す価値あると思わない?」

「……思わないわ。早く解放して」

「そう言わずにさ、楽しもうよ? せっかく気持ち良くしてあげようって言ってるんだよ?」

「結構よ」

「感じてたくせに」

 その言葉と共に、言いようのない感覚がオリビアを襲った。ぬるぬるとして冷たい、そして人肌の何かが挿入ってくる。

「う、く……あっ……!」

「あはは! すごーい! やっぱり初めてだからきゅうきゅうだねえ」

「何……するのッ、これ以上は……ダメっ……」

 指用のゴムを装着し、ローションで滑りを良くした指はずぶずぶと奥へ入っていく。

 必死に押し出そうと身体が反応するも、それとは反対に指の付け根まで挿入ってしまったようだ。

 そこから乱暴に中をかき乱される。

「あぁっ! いや……。っん、ぁう……」

「ほらほらもっと声出して! 我慢なんかしちゃダメだよ?」

「誰が……はしたなく喘ぐもんですかっ……ッぁああ!」

「頑張ったらご褒美もあるから頑張ってよ」

「……はぁっ、ん、ぁッ、いらない、そん……なの」

 声を必死に我慢するオリビアに痺れを切らしたのか、激しく指を出し入れされた。そして特に弱いところを探られる。

 自然と口から出る声が大きくなっていくのが分かった。普段は誰もいない倉庫に、オリビアの艶めいた声が響く。

「もうやめ……っ、うあっ、あぁああ、ひぁ……!」

 必死に身を捩らせながら、快感から逃れようとするもオリビアを突き上げる手は止まらなかった。それどころか、逃げ惑う姿を楽しんでいるようにも思われた。

 ひとしきりオリビアを弄んだあと、彼女らが取り出したのは針のない注射器だった。

「頑張ったご褒美。ほら口開けて?」

「はぁっ、はあ、ああ……?」

 注射器には美しい青色の液体が入っている。

「あぁ……、うっ、んん……。うぐッ!?」

 辛そうに息をするオリビアの口に、注射器を無理矢理差し込んだ。

 透き通るような青色の液体が注入される。

 これは劇薬か媚薬か、あるいはもっと他の――……。そんな思いがオリビアの脳内を駆け巡った。強烈な甘味と僅かな苦味が口に広がる。吐き出す事もできず、オリビアは謎の液体を飲み下した。

 次第に頭を殴られた時のようなくらくらとした感覚に襲われた。現実か幻覚かはわからないが、再びチカチカとフラッシュが焚かれる。激しい頭痛がしたかと思えば、抗えないほどの眠気がやってくる。

 オリビアは液体を口にしてからほんの僅かな時間で再び意識を失った。


 気がつくとオリビアはジメジメとする雨の中、何処かの団地のゴミ捨て場でぐったりと倒れていた。

 先程の行為は全て記録されていた。これが家に知られたら、一体自分はどうなるだろうか。

 それとも、再び彼女らの相手をさせられるのだろうか。これから何度も、何度も、何度も。

 どんな事を想像しても、最悪な未来しか見ることができなかった。

「ねえ、大丈夫?」

 突然降ってきた純粋で幼なげな声に、オリビアは驚いて視線を上げた。

 真っ白なワンピースに、鮮やかな黄色のレインブーツを履いた少女が、大きな目を見開いてこちらを見ていた。

「……あなたこの辺の子? こんなところに一人でいちゃあ危ないでしょ……。あたしの事はいいから、早く帰って」

「一人でいたら危ないのはみんなそうだよ。一緒に行こ?」

「一緒に……って、どこへ」

「いいところ知ってるから」

「せっかくのお誘いだけど、生憎あたしは今忙しいのよ」

「忙しそうには見えないよ? もしかして立てないの? だったら支えてあげる」

 こんな小さな少女に、大人の自分を支えるだけの力などあるはずがないと、オリビアは思った。

 今は誰にも関わって欲しくない。この少女にも、だ。

 しかし、こんな路地裏に子どもを残して立ち去れるほど、オリビアは幼稚ではなかった。

「……大通りまでなら、一緒に行ってもいいわ。そこからは自分で帰るのよ」

「はあ。子ども扱いには、もう飽きたよ」

 その言葉と共に、少女の背後に大きなものが現れた。それは、巨大な蜥蜴の尻尾のようだった。ずるりと音を立てたそれは、オリビアをいとも簡単に持ち上げた。

「ちょっと……! 下ろしなさいよ! 何よこれ」

「自分の尻尾だよ」

「尻尾ってどういう……」

「だから、自分の尻尾。器用じゃないけど、力はあるんだ」

 少女はオリビアを持ち上げたまま、雨の中をビニール傘をさしながらぴちゃぴちゃと歩いていく。

 オリビアが覚えているのは、尻尾のひんやりとした感覚と、少女の足音、それから闇夜には似合わない鮮やかな黄色のレインブーツだけだった。

 オリビアが気がつくと、何処かのアパートらしき部屋の中にいた。

「今日はもう寝た方がいい……けど、雨に打たれちゃったし、まずはお風呂かな。ちゃんと沸かしてあるから、入ってきたら?」

「あ……ああ、そうね。頂くわ……」

 オリビアはこの不思議な部屋と少女に疑問がなかったわけではないが、泥と傷だらけの身体をどうにかしたかった。

 シャワールームは至って普通で、まるで長年自分が使っていたかのような感覚さえあった。

 湯船に浸かっていると、今日の悪夢のような出来事が忘れられるような気がする。

 浴槽から出ると、脱衣所にはきちんと着替えが用意されていた。

「なんなのかしら……」

 何から何まで不思議な出来事だが、オリビアは嫌な気がしなかった。

「あ、おかえり。ちゃんとお風呂入れた? ……そう、よかった。ちゃんと再現できてたみたいだね。ほらお布団敷いたから、湯冷めしないうちに寝よう?」

「あ、ちょっ……。どうなってるのよ? せめてここはどこか教え……」

「いいから、いいから! はい、おねんね! それとも、子守唄が必要?」

「……要らないわ」

「じゃあ、ゆっくり休んでね」

 その言葉と共にオリビアが目を閉じると、あっという間に眠ってしまった。まるで催眠術にでもかかったかのように。


 次の日、夏を感じさせる強い日差しに目を覚ましたオリビアは、自分の隣に見知らぬ少女が寝ているのを見て、絶叫した。

「えっ、えぇえーーーーーーーーッッ!? やだ! あたし未成年誘拐の罪に問われるわ!?」

「んんー……。なんだようるさいなー……」

「はっ、あ、あなた! どこの子!? どこから来たの!? お父さんやお母さんが心配しているんじゃなくて!? 今から警察に行って自首しないと……!」

「なんで?」

「なんでって! 未成年のあなたをどことも分からない場所に連れ込んで一晩明かしてしまったのよ!?」

「自分、子どもじゃないし」

「は?」

「親とか分かんないし」

「え?」

「ここ、ほぼ自分の部屋だし」

「あ?」

「だから、じしゅ? っていうのしなくていいし、誰も心配してないから安心して」

「そ、そうなの……」

「そうだよ。あっ、自己紹介がまだだったね。自分はマクア。見た目はこんなだけど、立派な大人だよ。きっと、あなたよりも年上」

 マクアと名乗った少女は、昨晩オリビアを持ち上げた大きな尻尾を見せて微笑んだ。

「こんな事もできるんだ」

 マクアはそう言うと、背中から自由自在に動く触手を出して見せた。

 あまりの事に驚いたオリビアは、その場で腰を抜かして口をぱくぱくと動かしている。

「襲ったりしないから大丈夫だよ?」

 あっという間に尻尾と触手を仕舞って見せたマクアは、いたずらっぽく笑う。

「あなたの名前は?」

「あたしは……。あたしは、オリビアっていうの。職業は占い師よ。得意なのはタロットと占星術。よろしく」

「よろしく、オリビア!」

 二人は固い握手を交わす。

 これからオリビアの身に降りかかる事を、彼は見通せていなかった。

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