馬男

ハクセキレイ

第1話

「あ、いらっしゃいませー」

レジカウンターの向こうで皆本さんが笑う。俊輔は片手を上げて挨拶を返し、弁当と野菜ジュースの入ったカゴを渡す。

「お弁当、温めます?」

「うん、お願い」

はーいと緩い返事をして、皆本さんは弁当を電子レンジにセットする。

皆本さんの髪の毛が揺れる。赤く染められた髪。よく見ると内側がオレンジ色に染まっている。緑色の制服によく映えている。

「ねぇ、その髪って二色に染めてるの?」

「あ、気付きましたー?そうなんですよー。インナーカラーって言ってー。かわいいでしょー」

皆本さんは常に間延びした口調で話す。俊輔はかわいい、かわいい、と適当に返事をする。

職場から最寄りのコンビニエンスストア。俊輔はいつもここで昼飯を買う。そして弁当を温める僅かな時間、皆本さんと会話して過ごす。

皆本さんはコンビニの店員だ。下の名前は知らない。名札に「皆本」とあるので、皆本さん、と呼んでいる。バイトなのか、社員なのかも分からない。そういえば、年齢も知らない。多分、二十代だろう。派手な髪に派手なメイクという奇抜さと、小柄で丸い体型に人懐っこい性格という絶妙なアンバランスさに惹かれ、常連はみんな皆本さんに声をかける。俊輔も気がつくと彼女と緩い世間話をするようになっていた。

「それじゃ、お会計は……676円です」

「あ、ごめん、コーヒー追加していい?」

「はいはいー。レギュラーですか?」

「うん、レギュラーで。ほら、今日寒いからあったかいもの飲みたくてさ」

「まだ10月なのに急に寒くなりましたもんねー。あ、だからフリース着てるんですねー、かわいいー」

「あぁ、これ?職場でね、何年か前に揃いで買ったんだよ。今朝あんまり寒いんで引っ張り出してきたの」

俊輔はシャツの上に着たネイビーのフリースを広げて見せる。かわいいでしょー、と皆本さんの真似をしてみる。

「いいですねー。はい、カップはこちらです。それじゃ、コーヒー追加で……786円です。コーヒーもいいですけど、カフェラテもおいしいんで今度ぜひー」

支払いをしたところで、弁当を温めていた電子レンジが鳴る。皆本さんは流れるように弁当を取り出し、袋に詰める。

「ありかとうございましたー」

レジ袋とコーヒーカップを受け取って、カフェマシンに向かう。背後で、喋ってないで早くしろよ、という低い声がする。俊輔は思わず身をすくめる。後ろにお客を待たせていたのか。申し訳なくてこっそり様子を伺う。

「お待たせしてすみませんでしたー」

皆本さんの間延びした謝罪に思わず笑みが漏れる。見ると皆本さんは平気な顔でレジを打ってる。最近の若い子は強いなぁ。

50も近くなると、娘くらいの皆本さんがあっけらかんとする姿を頼もしく思う。俊輔は彼女が眩しくて仕方がない。そのまま強くいてほしい。本当にそう思う。

そんな事をぼんやり考えながら、カフェマシンのボタンを押す。

「あ、間違えた」

カップには白いスチームミルクが注がれていく。コーヒーのボタンを押すはずが、カフェラテを押してしまった。カフェマシーンの上に置かれたメニュー表を見る。

『コーヒーレギュラー……110円』

『カフェラテ……165円』

差額は55円。ため息をつく。皆本さんの方を見るとちょうど手が空いたところだ。俊輔は頭をかきながら再びレジに向かう。

「うけるー」

恐縮する俊輔を皆本さんが笑う。

「お客にうけるーはどうかと思うよ?」

「他の人には言わないですもん」

「そりゃそうだろうけど」

「えー。じゃあ、やり直します」

皆本さんは軽く深呼吸する。

「……ボタンの押し間違いですね。かしこまりました。こちらのレジで差額のお支払いをお願いいたします」

「うわ、なんか嫌だ」

「でしょー。だからこれでいいんですー。それにカフェラテおいしいんですよー。ラッキーでしたねー」

「いや、差額払うからラッキーじゃないよ」

「確かにー」

背後から咳払いが聞こえる。振り返ると、緑の制服を着た中年男性が立っていた。皆本さんが、あ、と声を上げる。多分、皆本さんの上司か何かだろう。

「えっと、じゃあ、55円頂戴しますね」

俊輔は差額を支払って、そそくさとコンビニを出る。車に乗り込み、カフェラテをすする。

「あ、うまい」

ほらー言ったでしょー、という皆本さんの声が聞こえてきそうで、俊輔は一人で吹き出した。



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