第39話 激闘

 足場が揺れる状態でも、鹿目征十郎しかめせいじゅうろうが、存分に踏みしめて太刀を振るうと、勢い良く突っ込んで来た怪鳥イカルの翼を、根元から切り離す事が出来た。切り離された翼は、緑の体液を撒き散らして荷台に落ちたが、残った本体は通りすぎて国道沿いの廃業したレストランにぶつかった。

 翼を除けば、人間の胴体と同じぐらいの大きさがある怪鳥から、ゴォーと激しく炎が立ち上るが、焼き加減をいちいち確認している暇などない。次から次へと、白黒マダラ模様の怪鳥が、鹿目達を乗せて走る軽トラを襲ってくる。目が回るほど忙しかった。

 

 鹿目はレインコートの内側から、幅広のナイフを幾つか取り出すと、虚空へ向かって放り投げた。作り出された刃物は、ある程度の追尾機能を発揮して、軽トラを取り囲む怪鳥イカルにヒットする。数が多いので精密に狙う必要がない。空中で大きな火の玉が無数に出現して地面に落ちた。


 続いて運転席の方から、発砲音がした。千春が軽トラの窓から、猟銃をのぞかせていたので、使用する気満々なのは分かっていた。

 軽トラの走行を妨害しながら飛んでいた、左斜め前方の怪鳥イカルから、弾けたように羽毛が舞い散った。そのままアスファルトに叩きつけられる。

 鹿目は、荷台から助手席の窓に顔を近付けて、周りの騒音に負けないよう叫んだ。


「やるじゃないか千春!」


「ふん! これからやで! 行くでみんな!」


 オウ! と応じる武くん。

 国道二十五号線を西に進めば、すぐに松並木が見えてくる。松並木を北へ抜ければ法隆寺だ。だが、目の前に迫る景色は、鹿目の記憶と大きく違った。松の並木が、太い足を投げ出したように国道二十五号線まで、はみ出して来ている。

 武くんが大声を張り上げた。


「今の夢殿は、こっちから迂回せんと辿り着けへんで! 俺も久しぶりやけど、きっちり連れて行くから、しっかり働けよ神使!」


「ふん! 偉そうに」


 鹿目は悪態をつきながら太刀を振るった。残念ながら飛ぶ鳥を落とす事は出来なかったが、鹿目の口元には、小さく笑みが浮かんでいた。武くんや千春が、随分頼もしいのが何故だか可笑しくて笑ったのだが、すぐに引っ込める。

 すると足元で、男の子の声がした。


神使しんし! 僕の背中に乗るんだ』


 鹿目が下を向くと、腰にすら届かない白い雪丸と目があった。自称霊獣という、特殊なワンちゃんらしいが、どう見てもその背中に鹿目は乗れない。ぎっくり腰を通り越して、背骨を折ってしまうだろう。


「雪丸さんよ。それはちょっと無理じゃないか?」


『大丈夫だよ。見ていて』


 そう言った途端、雪丸の体毛が激しく逆毛だった。高圧の電流が身体中を駆け巡っているように、毛が尖っている。元々、体毛の長くない日本生まれの雑種のようであったが、今は違って毛が伸び放題だ。

 鹿目が雪丸の異常に目を見張っていると、雪丸の身体が風船を膨らますように、どんどん大きくなった。


「……ウヘヘ。う、嘘だろ」


 脱力感にさいなまれている鹿目をよそに、巨大化していく雪丸は、その尻で遠慮なく押してくる。あれよあれよという間に、鹿目は狭い荷台の上で、はしっこに追い詰められてしまった。このままでは、土俵際の相撲取りのように、粘りが足らずに落下する。


 ――おのれ雪丸!! 巨大化するなら広いとこでやれ!!

 鹿目は、雪丸の身体にしがみついた。持っていた太刀が道路に落ちて、後方に流れていった。


「非常事態だ! ワンちゃんが大きくなった! ぶっ!」


 鹿目の悲痛な叫びは途切れた。

 顔面が、雪丸を覆い尽くす体毛に埋まってしまったからだ。出来れば武くんに、スピードを落として欲しいと伝えたいが、どうやら無理そうである。

 新鮮な空気を求めて鹿目が足掻くと、男の子の声がした。成長ざかりの雪丸の声だった。


『神使。僕にまたがって。早くしないと車がもたないよ』


「くそ! 簡単に言うなよ!」

 

 鹿目は虫のように取り付いて、無我夢中に立派な背中によじ登る。荷台の縁を蹴って大きくなった雪丸の首に股がった。雪丸の頭から、いつの間にか一本の角が反り返って生えており、両腕で掴まる事で、ようやく姿勢が安定した。


『オオオオ――ンッ!!』


 雪丸が吠えた。

 一匹の獣が遠吠えをしているように聞こえた。

 軽トラが前後に激しく揺れ、荷台から雪丸が飛び出した。軽やかに着地を決めると、軽トラの左側を並走し始める。


 振り落とされないように鹿目は、雪丸の頭頂部から伸びる角を抱えている。しかし、腰から下は、フカフカの体毛に絡み取られて意外と安定していた。両手を自由にしても、大丈夫かも知れない。


『神使! 刀を空へ向けるんだ!』


 雪丸の指示が飛ぶ。

 首もとに股がっている鹿目からは、雪丸の頭頂部しか見えない。骨が捻れたような角が生えているが、その顔つきまでは確認出来ない。

 しかしながら、わざわざ確認しなくても、雪丸の姿形は、だいたいの想像がついた。並走する軽トラの中で、千春と武くんが、雪丸を見ながらあんぐりしている。つまりは、そういう事なのだ。


 鹿目は思いきって、両手を角から離すとレインコートの中に突っ込んだ。胸の前でクロスにさせた両手を広げると、その手には二本の小太刀が握られている。そのまま空高く掲げた。


 突如、澄み渡る青い空から、鹿目が掲げる小太刀に向かって稲妻が落ちた。ずっしりと重い、蒼白い光が刀身に灯る。小太刀は、稲妻の威力を全て受け止めたようだ。今にもはち切れそうである。

 雪丸が叫ぶ。


『振るえ神使よ! この怪鳥イカルどもは、どうやら怨念の塊だ! 早く鎮めてやってくれ!』


「ええい、くそ! わかったよ! うりゃあああ!!」


 鹿目が無我夢中で振るった刀から、蒼白い斬撃が放たれた。

 電気を帯びている。

 まるで衝撃波のような二筋の斬撃は、✕印を作りながら斜め上に向かって上昇し、太陽を覆い隠していた怪鳥イカルの大群を蹴散らした。

 鹿目は飽き足らず、狂ったように小太刀を振り続ける。全方位に向けて、鋭い斬撃が飛んだ。


 結果。

 次々と、怪鳥が空から落ちてくる。飛び散った羽と体液で、空が激しく汚れてしまった。


『その調子だ! 神使よ。このまま境内に進入するよ!』


 雪丸の声がする。

 並走する軽トラの中では、千春と武くんが、空を見ながら口をあんぐり開けていた。早く閉じてしまわないと、羽やら虫が大きな口に入ってしまいそうだ。

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