第26話 犬が走る
奈良と言えば……。
ええっと……。
奈良と言えば……?
「あれ? 奈良と言えば何だ?」
愛車のシエンタを転がしながら、
鹿目は今、大和川に架かる橋を東へ渡って、赤の点滅を続けている信号の下を通り抜けた所だ。
菜月のお使いの為に、お隣の
車で観光に来た家族連れは、まず、渋滞に
旅行とは、元来そういうものだと思えるならそれでいい。だが、せっかく来てもらったのだから、次もまた来てもらえるように、気分良く帰ってもらうべきだ。
鹿目は、どうでもいい事を考えているのに気が付いた。
魔都化が進んでいるせいで、国道を走る車など、ほとんどいない。
渋滞など異次元の出来事だった。
助手席や、収納スペースに段ボールが積まれている。
充分な量とは言えないが、菜月から頼まれた食材を残らず集めることが出来た。車が故障して立ち往生なんて事も無かった。
順調と言えるだろう。
汗水垂らして働いていると、奇妙な充実感に包まれて、鹿目は知らずのうちに笑顔になる。
運転席側にはドアが付いていないので、スピードを落としながら車を走らせていた。
帰りにまた法隆寺の
暫く走っていると、鹿目の視界の右隅に白いものが映った。
サイドミラーが右側にはないので、気付くのが遅れて接近を許してしまったと思った。
急いで振り向き正体を確認すると、雑種と思われる白い犬だった。大きさはそこまで大きくない。荒い息をつきながら、鹿目のシエンタと並走している。今にもこっちに飛び移ってきそうな勢いだった。
「ワンちゃん。危ないから離れてくれよ」
風の音に負けないように鹿目が声を出すと、ワンと一言、犬は返事をするように吠えて鹿目を追い抜いて行った。
速度計を見ると四十二キロだった。
犬は、こんなに速く走れるのかと鹿目は驚いた。
白い犬は、矢印のように進みながら、鹿目の車の前を右から左へと横切る。百メートルぐらい先に見えてきた法隆寺の松並木にさっさと辿り着くと、そのまま南大門へ続く参道に消えていった。
一連の動作が全て、どこぞの諜報部員のように洗練されて見えた。
「お、お~い……。そっちには法隆寺がいるぞぉ。危ないから気を付けてねぇ……」
まさか、化け物が憑りついた法隆寺も、犬一匹を本気で相手にする事はあるまいと、鹿目は松並木の前を通り過ぎる。
過ぎる際に、参道の途中で立ち止まって、舌を出している白い犬が見えた。
一瞬であったが、犬の両脇に生えている松の並木が、動き出したような錯覚がした。
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