第23話 本気

 阿形あぎょうに襲われた菜月は、まだ動かない。

 棄てられた人形のようだ。

 早く介抱する必要があるが、化け物の二人が、そう簡単には許してくれないだろう。

 菜月を助けたければ、全力で排除するしかない。


 鹿目征十郎しかめせいじゅうろうは、何やらゴソゴソとレインコートの下をまさぐっていた。

 内緒でタネを仕込んでいるのだろうが、ライターを失くした喫煙者のようだ。


 様子をうかがっていた吽形うんぎょうが、瞳をパチクリさせている。


「なんだこいつ? まったく痺れてないのか!?」


 吽形は、鹿目の左頬ひだりほほを捉えた、先ほどの一撃のことを言っているのだろう。帯電していた拳による熱い一撃だった。

 鹿目の身体は、確かに麻痺した。

 ともすれば心臓まで止まってしまいそうな、激しい衝撃だった。

 だが、建御雷神タケミカヅチノカミの加護を受けたレインコートは、電気に対して耐性がある。すぐに動けるようになった。


 従って、次は鹿目の番。


 加護の力を破壊の力に変える番だ。

 知り合いの神様を総動員して、小さな奇跡を起こしてもらう。

 変換には強い祈りが必要だ。ここからが鹿目の真骨頂だ。

 

 青空駐車場には一陣の風も吹いていないが、酷く汚れたレインコートが勝手に背中にはためいた。

 内側には、うろこのようにびっしりと金属の矢尻が付いている。


 鹿目は唸った。

 

 意識を集中する。

 不可能を可能に変えるイメージを紡ぎだす。

 急に鼻から、血がボタボタと落ちた。気力が削がれて、目の前が暗くなる。

 まだだ、もっとだ。

 空想が現実と成るまで、祈り続けるのだ。


 ――願いは届いた。


 鹿目が両手を結んでピストルの形を作ると、金属の矢尻が、前にならえをしたように、一斉に起きあがった。

 

 銃身に見立てた人差し指を、菜月の近くに居る阿形にむける。そして弾いた。

 弾丸のような勢いで、レインコートから無数の矢尻が飛び出していった。空中を飛び回りながら螺旋を作り高度を増す。やがて、遥か上空まで昇ると、星のようなきらめきを見せて落ちた。


 摩訶不思議な光景だ。

 この世の物理的法則を、全て書き換えるような動きだ。鳥でも、空を同じようには進めまい。直線的、または曲線的。それらの動きを織り混ぜて、煌めく矢尻は敵に殺到した。


 己に向かって来る飛来物を、先ずは避けると選択した阿形は吽形の元に向かう。

 脱兎がごとく走り抜けた後に、無数の矢尻が地面に刺さるが、勝手に地面をほじくり返して、朱いスカジャンの背中を追い掛け始めた。恐らく、この矢尻は、標的を捉えるまで止まらないのだ。そういう仕掛けで動いているのだ。


 立ち止まって阿形と吽形は、矢尻の群れに囲まれた。

 全方位から襲われるが、固い拳で弾き返した。絶え間なく両手を動かし、時には肘や足などを使って、襲い来る殺意を追い返す。

 化け物じみた超人的な動きだった。いや違う。すでに化け物なのだ。奈良を滅ぼしにやって来た。この世ならざる者たちなのだ。


「面白いなぁ! 阿形! この神使しんし思ったよりやるじゃねえか」


「馬鹿が! 油断するな!」


 阿形と吽形は、お互いに声を掛け合う。

 吽形に至っては、愉悦が顔に浮かんでいた。


 いくつかの矢尻が弾かれて地面に落ちていた。飛ぶ力を失った可哀そうな矢尻だ。やがて土塊つちくれのように崩れていく。

 鹿目は祈り続けた。

 鼻血が止まらない。

 顎から伝って地面に落ちる。

 朦朧とする中、向こうで倒れている女性を気にした。

 相変わらず、動かない。

 彼女の心臓が、動いているのか分からない。


 右腕で顔面の血を拭った。


「……くたばれ」


 鹿目が呟くと、それまで不規則に空を飛び回っていた矢尻の群れが、一瞬の静止の後で姿を消した。視覚の異常かと化け物二人は狼狽うろたえるが、そうではない。建御雷神タケミカヅチノカミの力を借りて鹿目が隠したのだ。誰にも見つけられないように、気が付けば喉笛を掻っ切れるように……。


 阿形が叫んだ。


「吽形よ。これはいけない。身を守れ!」


 阿形と吽形は、同時に地面を殴り付けた。土が舞い上がる。更に力を込めて何度も殴る。沢山の土が、まるで、壁のようにせりあがった。

 ――ボッ! ボッ!

 聞き慣れない音がしたかと思うと、その即席の壁に、大きな穴が幾つも開いた。

 そこを通過していったのであろう。見えない破滅の矢が化け物の身体に刺さった。


「ウオオオオ!!」


 叫び声が聞こえた。

 もっと喚けと、鹿目は思った。

 

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