第42話 魔方陣は夜空を照らす 

 コンビニ『シックス・テン』に走る。


 店内に駆けこんだ。レジにノッポのセンパイがいる。


「高井さん、店長は!」


 高井さんが素早くレジから出てきた。あとを追う。従業員トイレの方向だ。いつものように地下にいるのか。


 しかし従業員トイレの前で待っている男性ふたりがいた。地下の『残留品』目当てのお客さんだ。


 高井さんは、その男性客ふたりの前にでて、両手のひらを広げた。待て、というジェスチャーだ。


「おい、さきに待ってたんだぞ!」


 お客さんが怒った。それでも男性より頭が二つは上になる高井さんが見おろすと、文句をやめた。


 高井さんが、おれに向かってうなずく。おれの様子で緊急事態だとわかってくれたのか。


 トイレのエレベーターで地下におりる。商品の並ぶ店のほうにはいなかった。山小屋のような部屋に入る。


 ドワーフによく似た坂本店長は、古めかしいダイニングテーブルにかけていた。小さな球を布で磨いている。


「店長、玲奈がさらわれた!」

「なに!」


 そのときだ。パタン! と鳩時計の扉があいた。これは災害予告時計ではなかったか?


「店長、あれは!」

「待て、数を数えろ! 1から12で災害の大きさがわかる!」


 鳩がでてきた。少しゆっくりとした動きだった。


「『ポッポー』いち!」


 聞きまちがわないよう、指を同時に折って数えた。


「『ポッポー』にぃ! 『ポッポー』さん!」


 おいおいおいおい!


「『ポッポー』よん! 『ポッポー』ご、マジで! 『ポッポー』ろく!」


 坂本店長を見る。店長も目を見ひらき、固唾かたずを飲んで鳩が鳴くのを見守っていた。


「『ポッポー』なな!」


 まだ鳴くのか! おれはあわてて鳩時計に目をもどした。


「『ポッポー』はち、ウソだろ! 『ポッポー』きゅう、止まれって!」


 ヤバイだろ、これは!


「『ポッポー』じゅう! 『ポッポー』じゅういち、クソマジか!」


 次の数秒が、やけにたっぷりと感じた。


「『ポッポー』じゅうに・・・・・・」


 店長と見合う。


「『ポッポー』」


 うん? もう一回鳴った気がする。パタン! と鳩は時計の中にもどった。


「いままでの記録では、鳴った最高の回数が『8』だ」

「店長、それって、どれぐらいの災害?」

「歴史に残る大災害だった」


 マジかよ!


「店長、でも『13』って、壊れてるんじゃ」

「外の様子を見るぞ!」


 店長の言うとおりだ。


 エレベーターで上がるのかと思ったが、奥の簡易キッチンのほうにいく。


 簡易キッチンの壁に、ハシゴのような金具が付いていた。マンホールなどで見るやつだ。いや、ほんとにそのハシゴの上、天井には丸い穴がある。


「緊急用だ。あそこから地上にでれる。ついてこい」


 店長と一緒にハシゴを登る。かなり長い距離だった。しばらく昇ると行き止まりになった。店長が下から押す。フタのようなものが動き夜空が見えた。


 昇ってみると地上だ。敷地内ではあるが、コンビニの裏手。さきほど店長が押したのは、マンホールのフタだった。


 周囲を見る。住宅街になにも変化はない。雨も降っておらず、強風や竜巻といった気配もなかった。


「店長、やっぱり時計が壊れてたんですか」

「いや、壊れたのは時計じゃねえ」


 店長は真上を見あげていた。


「世界が、壊れかけてやがる」


 おれも夜空を見あげた。今日は分厚い雲だった。その隙間から星がチラチラ見える。


 いや、星ではない。


「店長、おれの目が狂ってなければ」

「ああ、街の灯りだ」


 雲の隙間に見えるもの。それは飛行機から夜の町を見下ろしたような光のツブだ。二列に並ぶ光は、道の外灯にちがいない。


「店長、このままいくと・・・・・・」

「どっちの世界も、ぶつかって消えるだろうな」


 マジか。なにが起きているんだ。


「あれか!」


 そう声をあげた坂本店長は、真上ではない方角を見ている。それは駅のほうだ。


 なにを見ているのかわかった。夜空の黒い雲に、大きな魔方陣が映っている。下からの光が反射していた。


 店長が素早くスマホでなにかを見た。


「いま新月だ。だれかが、無理矢理にミッシング・リンクを起こさせようとしてるのかもしれん!」


 どこから魔方陣の光が発しているのかわかった。玲奈についたトランプの光が消えた場所。建設中のビルだ。


「おい、こっからでも、わかるぞ。とんでもねえ魔力が放出されてる」

「瀬尾です。あの吸血族、魔力が足りないと言ってました」

「おい、玲奈ちゃんをさらったのがそいつなら」


 そうか、死神と同じ。魔力の充電器だ。


「玲奈に魔力はないのに!」

「いや、眠っているだけだ。同じ魔族である吸血族なら、その引きだし方も知っているのかもしれねえ」


 あり得る。室田夫人では気づかなかった魔王の波動を、吸血族の瀬尾は気づいた。


 くそっ、そうか。室田邸もそうだ。吸血コウモリが落とした魔石。あいつは手下のコウモリに魔石を集めさせていたのかもしれない。


 おそらく、あの雲に反射した魔方陣の下には、玲奈がいるはず。それは建設中のビルの屋上か!


「店長、あの魔方陣を壊せば、この現象は止まりますか?」

「いや、壊しかたが重要だ!」


 坂本店長が早口に説明した。魔方陣には数字がいくつも書かれている。それは、なにかの方程式にのっとっているらしい。使う魔方陣ごとに使う数式がちがうと。


 壊すのは、その方程式の『答え』になる数字でないとダメだと。


「ちがうのを壊すと?」


 疑問に思って聞いた。


「数式の途中にある数字が消えてみろ。悪くすれば答えの数字は無限大になり、それは魔力の暴走を意味する!」


 なんて面倒なんだ!


 とてもじゃないが、魔方陣に書かれた数字には法則性なんて見つけられない。魔法の世界まで数式か。くそだ。数学なんて、くそくらえ!


 ・・・・・・いや、待て。数学か。


「店長、室田さんの、ご主人!」

「おお、数学の教師か!」


 室田邸へ駆けだそうとしたおれを、店長が止めた。


「おめえの荷物を持ってくる。丸腰で乗りこむつもりじゃねえよな」


 それもそうだ。炎のナイフなどを入れたリュックは、下の山小屋部屋に置いている。


 自分で取りにおりようとしたら、坂本さんが言った。


「あの魔方陣を、スマホで撮れるか?」

「たぶん、なんとか!」

「数字がわからねえと、意味がねえ。全体を撮って、部分ごとも撮れ。そのあいだに、わしが荷物を取ってくる」


 まったくもって正しい。いまは雲に大きく反射しているが、雲がなくならないとも限らない。メモするならいまだ。


 スマホを取りだし、全体を撮影する。そのあとにズームだ。部分ごとに撮っていく。


 撮り終えたが、坂本店長はまだ来ない。少し待つと、さきほどのマンホールに似た穴から店長がでてきた。


「よし、持ってけ!」


 店長が昇りきる前にリュックを地面に放った。駆け寄り自分のリュックを持ち上げる。


「重っ!」

「なにかの役に立つかもしれねえ。店の商品をいくつか入れておいた」

「あざす!」

「わしも一緒に行くべきかもしれんが」


 穴からでてきた坂本店長が顔を曇らせた。おれは首をふった。店長は道具屋だ。戦う役目じゃない。


「おまかせあれ。玲奈を助け、吸血族と魔方陣、まとめてぶっ飛ばしてきます!」


 店長は、おれの顔をじっと見つめた。


「な、なんすか?」

「まさに、オルバリスの子だな。あの親父も最後の聖戦に出陣するとき、おめえみてえに、笑って出陣したと、伝説に残っている」


 最後の聖戦って、どんだけよ親父。


「帰ったら、ちくわ弁当二個、希望します!」


 店長が笑った。


「オルバリスとは、またちがうな。ああ、とっといてやる。気をつけてゆけ勇者の息子よ」


 おれはうなずき、まずは室田邸へと駆けだした。

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