第38話 指令、アメ玉奪還せよ

「こちらアルファ、オーバー」

「こちらブラボー、現地にて待機。オーバー」

「こちらチャーリー、いまから接近する」


 昼休み。おれは自分の教室、1-Aをでて廊下を歩いた。C組前の廊下には、小林さんがだれかを待つように壁にもたれて立っている。


 歩きながら、それとなくC組を見た。廊下側のあいた窓から中が見える。一番うしろ、奥からふたつ目。いた。中条くるみ。


「こちらチャーリー、目標確認」

「や、山河くん、コールネーム、やっぱり要らないよ」


 聞こえたのはアルファ、室田先生の声。


「いや、名前をつぶやくとまずいかなって」

「こんな小さい声、だれも聞こえないわよ!」


 廊下にいる小林さんが、こっちをにらんだ。


「小林さん、種がちょっと出てる!」

「えー! ちょっと待ってよ」


 小林さんが鼻の穴を下からぎゅっと押した。


 これはヒマワリの種に見えて『テレパスの種』という魔導具だった。ドワーフ坂本店長のおすすめで、長距離でもコソコソ話ができるというので買ってみた。


 問題は、自分の声をひろおうとすると、耳ではなく鼻に入れる必要があることだ。


「私のタネ、大きいのよ!」

「小林、文句言うな、先生来たぞ!」


 室田先生がこっちに来る。そしてその前を玲奈が歩いていた。


 玲奈がおれに気づき手をふる。偶然会ったてきな感じをよそおう。C組の前で、おれたちは立ち止まった。


「あー、いい天気だね」

「そうですね」


 おれと玲奈が会話すると、すぐに小林の声が入った。


「なによ、その会話! もっと自然に」

「無理言うな!」


 小林に向けて小声でささやく。玲奈は言葉を続けた。


「春はあけぼの、ようよう白くなりゆく、と言いますが・・・・・・」


 うん? なんの話だ。


「勇者、きょとんとするな!」

「いや、玲奈の言葉の意味がわからん」

「じゃあ、わかる話にしなさいよ!」

「くそっ、やっぱり玲奈にもタネつけとけば良かった」

「ダメ。玲奈ちゃんの顔でそんなことできないでしょ!」


 テレパスの種を鼻に入れようとした玲奈を「美への冒涜ぼうとくだ!」と止めたのは先生だ。小林もそれに大賛成だった。


 すれちがう人を見た。こっちをチラっと見て去っていく。玲奈は群をぬいて目立つ。この任務に不向きだったか。


「それに、紫だちたる雲の細くたなびきたる。というのも・・・・・・」


 やっぱり、なに言ってるかわかんねぇ。


「きみたち、枕草子まくらのそうしの話をしているところ悪いが・・・・・・」


 おう、室田先生が追いついた。そして玲奈の話は枕草子だったのか。


「きみの髪は、染めてるんじゃないのかな? 前から気になってね」


 室田先生が玲奈に聞いた。先生の鼻、右側がふらんでいる。タネがしっかり入っていた。先生のも大きいな。ちょっと痛そう。


 これは作戦だ。室田先生が一年の廊下を通りがかり、気になったから聞いてみた、という芝居。


 玲奈が、自分の長くストレートな銀髪を手に取った。


「これは地毛です。お調べになるなら、ひとふさ切って、おわたししましょうか?」

「そ、そこまではいい!」


 先生が一瞬マジで引いた。まあ、玲奈が自分の顔を切ったのを間近で見た人だからな。


「先生、ナウ!」


 小林の声が入った。先生が横を向く。中条くるみは、ジャム入れのような小さな瓶をだしていた。フタをあけ、中からアメ玉を一個取りだしているところだ。


「きみ、その、お菓子はなんだ!」


 先生がC組の教室に入っていく。騒ぎに人が集まってきた。遠巻きから見物する。


「えっ、私、あの」

「私物の飲食物は、持ち込み禁止だ!」

「これは、その、お弁当です!」


 中条くるみ、それは無理がある。のどアメという言い訳も使えないだろうが、よりによって弁当は無理がありすぎる。


 見物人にまじり、少し近づいてアメの瓶を見た。


 うおっ、手作りのアメだと思いきや、瓶の中に入っているのは切った金太郎アメだ。しかも髪が黒ではなく茶色。あいつ、金に物を言わせて薬入りってだけでなく、なおかつ自分の金太郎アメを作ったのか。アメになった瀬尾の顔がいっぱい。キモイ。


 室田先生は、きりっと怒った顔で中条くるみを見つめている。やさしい先生が精一杯の演技だ。


「お弁当に見えるわけがないだろう!」

「ほ、ほんとです!」

「では、こんな弁当を作ったのか、親御さんに聞いてもいいか!」

「うわーん!」


 中条くるみは机につっぷし、大声で泣き始めた。


 まずい。先生がうろたえている。


「先生、心を鬼に!」


 小声で言った。先生がうなずく。うなずいちゃダメ。


「これは没収する!」


 先生が机の上にあるガラス瓶を取った。


「先生、やめて! それは大事なものなんです!」

「ダメだ。校則で決まっている!」


 帰ろうとした先生の足に、中条くるみがしがみついた。


「先生、返してください!」

「き、きみ、足を離してくれ!」

「返してください!」


 中条くるみは半狂乱で泣きじゃくり、大声をあげた。これはまずいぞ。ちょっとした修羅場だ。


「よし、おれ行く!」

「えっ、山河くん?」


 小林の声が入ったが無視する。室田先生に駆け寄り、手にしていたアメの瓶をもぎ取った。


「ゆ、勇太郎くん?」


 先生、思わずおれの名前言っちゃったよ。三年の先生が一年生の下の名前を知っているのは不自然だろうに!


 おれは素早くふり返った。廊下側の窓、あれだ!


「そこどけ!」


 さけんで窓に向かって走る。


「ライトへの打球、ランナーは三塁を蹴った!」


 言いながら投球ステップに入った。 ガラッ! と窓があく。玲奈だ。やっぱり気づいてくれた!


「バックホーム!」


 窓から投げたガラス瓶が、放物線を描いて飛んでいく。学校の裏手は、道一本へだてて山すそになる。山の中へ、アメの瓶は消えていった。


 おれは教室へ戻った。


「さあ、センコー、証拠はなくなったぜ?」


 おれの演技にお題目を付けるなら『同級生をかばうヤンキー』これだ。


「あんた、なにしてくれてんのよ!」


 うおっ! 鬼の形相で、中条くるみがせまってきた。


「くるみちゃん、落ち着いて!」


 止めたのは小林。ナイスフォロー。でも、鼻からタネはのぞいている!


「き、きみ、ちょっと職員室に来なさい!」


 おおう、室田先生のフォローも入った。先生が口元を隠す。


「山河くん、逃げて。ぼくは追わない」


 なるほど、そういう流れか。


「へっ、捕まってたまるかってんだ!」


 こんな感じでいいかな。なんかちがう気がするが、言い捨てて駆けだした。とりあえず階段を降り、中庭を走って横切る。


「ハックション!」


 ・・・・・・あっ、タネ飛んでっちゃった。まあいいか。

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