第19話 嘘つきは損失の始まり

「坂本店長、では、15時からは難しいですが、学校が終わればすぐこちらに」


 玲奈がドワーフ店長に言い、その坂本さんがうなずいた。


 これで、玲奈のアルバイト先はコンビニ『シックス・テン』に決まった。これ思ったけど、やっぱり店名が『シックス・ナイン』は無茶だよ。履歴書の職歴に恥ずかしくて書けないじゃん。


「時給はあまりだせねえが、1200円でひとつ頼む」


 坂本さんが頭をさげた。えー、おれには780円って言ったのに。


「おめえも来い、どうせ暇だろ」


 坂本さんがおれに言った。


「えー、だって780円だもんなぁ」

「じゃあ、おめえも調理するか?」

「できまへん」

「だろうよ」

「だって、780って最低賃金より下っぽい」

「じゃあ880円にしてやる」


 じゃあってなんだよ、じゃあって。


 ただ、アルバイトが決まってないのも確かだ。おれは百万貯めて、親父から玲奈を描いた絵を買い取るという目標もある。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「じゃあ、ってなんだよコノヤロー」


 坂本さんが怒ったフリをしたので、思わず笑えた。なんでだろう、朝に会った教頭先生と歳はさほど変わらないのに、坂本さんとは話せるなぁ。


「あっ、坂本さん、トランプの情報いります?」


 魔道具の話をしていたときに、坂本さんは『記録に残っている』という言い方をした。『残留物』とは、さまざまな別世界のものだ。こういう道具屋さんは情報を集めているような気がした。


「おう、助かるぜ。っておめえ、もう開けたのか!」


 そうでした。もらったの金曜、今日は月曜。おれは笑ってごまかす。


「面白そうな話が聞けそうだな。情報の換わりに茶をだそう」


 そう言って坂本さんがだしてきたのは、アンティークショップにありそうな年代物のティーカップだ。ただし外側に描かれた模様は、つたの葉っぱのようだが、よく見ると炎だ。


「魔法のティーカップ?」

「こいつぁ、『メドゥーサのティーカップ』と呼ばれている」


 えっ、なんか、いい予感しないんですけど。


 そのティーカップをテーブルに三つだし、その内の二つにティーバックを入れた。そして、ヤカンから水を注ぐ。


 ガタガタガタガタ! とティーカップが揺れだした。


「さ、坂本さんこれ」

「おう、そろそろ出てくるぞ」


 出てくる? 小さく震えるティーカップを見ると、側面になにかが浮き上がってくる。やべえ、キモイ。人の顔っぽい。うっすら見える顔が濃くなってきた。長い髪。女性か?


 いや髪じゃねえ。蛇だ!


「メドューサやーん!」


 怒りの表情のメドューサが、くっきり側面に現われたと思ったらパッと消え、カップの震えも止まった。


「よし、いいぜ、沸騰した」


 機能が無駄すぎる!


 おれは恐る恐るティーカップを取った。中をのぞくと、あれ、ほんとに紅茶ができている。


「あまり、食欲をわかせるがらではありませんね」


 玲奈の感想に賛成!


 坂本さんが小さな木皿を持ってきてくれたので、その上にティーバックをだす。


「おう、じゃあ、そのトランプの話を聞こうか」


 ずずずっと、坂本さんがティーカップを口にしてすすった。


「あれ、坂本さん、紅茶?」

「おう、紅茶だ」


 めっちゃ芋焼酎の香りするんですけど!


 まあ、それは置いて、トランプの話をすることにした。


「出たのはクローバーの13です」

「クローバー、そしてキングか」


 おれはうなずく。


「キングの絵柄だと思ったら、手にはハンマーでした」

「王様がハンマー? じゃあ雷神か」

「ええ、んで、おれは感電して気絶です」

「なに、所有者への攻撃か?」


 坂本さんが急にけわしい顔になった。


「わたしの予想では、トランプを信じていなかった勇太郎に、効果を知らしめたと思いますが」


 玲奈が説明を加えたが、坂本さんの険しい顔は変わらなかった。


「ちょっと急ぎで同業者に連絡取っていいか?」

「同業者に?」

「ああ、こりゃ、アンチ・アイテムかもしれねえ」


 坂本さんの言う『アンチ・アイテム』とは、所有者に危険がおよぶ可能性のある道具のことらしい。


「道具ってな、必ず使う人の役に立たねえといけねえ。そうじゃねえ物は、おれら道具屋がこの世から消す」


 道具屋にもポリシーがあるんだと感心したが、あせってきた。これは残り七つとなった『ピンチのトランプ』をこの世から消せ、ということではないか。


「坂本さん、おれは害になってないですよ」

「それはたまたまだ。ランダムで危険になるなら道具とは呼べねえ」


 坂本さんが立ちあがる。悩んだ。いやでも悩むところじゃない。ここまでだ。はらを決めないと。おれのせいで、まちがった方向にいく。


 おれは立ちあがり、ふたりのいるダイニングテーブルから距離を取った。


 床に両膝を折って正座する。大事なのは背筋。やや反り返るほど気合いを入れて背筋を伸ばした。


「なんです勇太郎?」

「おい、おめえ、なにやって」


 両手のひらを床につけた。ここだ。


「ごめんなさい。ウソついてました」


 そして深々と頭をさげた。


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