君の気持ち

「あ、もちろん慎也から聞いたんじゃなくて、あたしが勝手にそう思ってるだけだけどね」


 紬さんはそう前置きし、続きを話す。


「あたし、文化祭の日に慎也に酷いこと言っちゃってさ。あたしが演劇部に入部するって言ったときも微妙な反応だったというか、今すぐにも辞めそうな感じがしたっていうか……」

「なるほど……」

「あ、酷いこと言ったって言っても慎也だって酷いんだよ! ……まあ、それであたしが悪くないなんてことにはならないけど」


 確かにこの状況なら退部という選択肢を取っても違和感はない。むしろ自然だ。

 大切な幼馴染と、その人を振った俺。同じ空間にはいたくないだろう。俺だって紬さんといるのは気まずいし……。

 そう思い立ってふと気づく。

 ――そういえば俺には退部という選択肢が一切出てこなかったな。

 一時的に部員が増えたときも煩わしいとは思いこそすれ、辞めるという考えには至らなかった。

 橘先輩の「西園寺が演劇を好きになってくれて嬉しいよ」という言葉を思い出す。

 ……そうだ、こっちの問題もあるんだよな。

 打ち上げいつにしよう、なんて憂慮は頭の隅に追いやって盛岡の問題に思考を戻す。


「――でも、それが盛岡の選択ならいいんじゃないかな」

「……」

「あ、いや、俺はそう思うってだけで……」


 紬さんは悲しげに目を落とす。これじゃあ俺が悪者みたいだ。


「……まあ、実際そうか」

「えっ?」

「ごめん、なんでもない」


 正直、俺には盛岡を引き止めたいという気持ちは持ち合わせていない。なんせなにかあるたびに突っかかってくるんだ。こっちの方もいい気はしないさ。

 ――やめたいなら勝手にやめればいい。

 そんな残酷な言葉が浮かんできた自分に辟易した。


「あっ、でも部員がこれ以上少なくなると廃部になるかもしれないよ! だからさ、御行みゆきくんも慎也しんやを引き止めてよ!」

「……確かにその可能性は考えてなかったな」


 盛岡が抜ければ部員は三人となる。

 この人数だとさすがに学校も黙ってはいないだろう。


「やっぱり引き止めるしかないか……」


 結論は出た。正直気乗りはしないけど。

 紬さんはパッと笑顔になって、俺の両手を掴む。

 えっ、ちょっ!?


「ありがとう! それじゃあ作戦会議だね! 慎也をいかにして退部させないか、考えよう!」

「あっ、うん……」

「えっ」


 紬さんは俺の反応を訝しんで上目遣いで覗き込む。女の子の柔らかく、温かい手のひらの感触に紅潮した俺の顔を。


「ぁ――ッ!?」


 気づいてから、バッと手を離し後ずさる紬さん。その頬は少しずつ赤く染まっていき、それを隠すように前髪を弄りだした。


「その……急に触ってごめん」

「い、いや少し驚いただけだから」

「そっか」


 モテることに慣れて勘違いしてたけど、女の子への免疫はあまりないんだな……。

 思えばボディータッチなんてほとんどされたことないし、したこともないし。

 いやぁ気まずいなァ!


「えっと、それじゃ連絡先を交換しましょ! その、作戦会議のために」

「あ、そうだね。了解」


 演劇部のグループチャットには登録してるけど個人では交換してなかったからな。何かと便利だし、登録しとこう。

 俺と紬さんは互いにスマホを取り出し、連絡先を教えあった。その最中、


「えっ、御行くんの登録してる人少なくない?」

「ちょっ、何勝手に見てんの!」


 俺のスマホを覗き込む紬さんからシュパッと距離を取る。

 なんてことだ、俺がファッション陽キャだってバレちまったぞ!? 恥ずかしい、きっと明日からいじめられるんだ。アイツは高校デビューの陰キャだって……。


「まあ、友達は量より質だから」


 負け惜しみでしかない言い訳をする。俺にはこの返しが精一杯だ。


「んー、確かにそうかも」

「おっ、わかってくれる!?」


 天使だ……! 天使がいるぞ!


「うん! まあ、友達が多いに越したことはないけどね!」

「最後にぶっ刺してくるじゃん……」


 上げて落とすとはこのことか。思っていたよりも絶望感があるな。


「まっ、まあいいさ。こうして友達が一人増えたことだし」

「友達、ね……」

「えっ? あっ……」


 暗いトーンになった紬さんにハッと気付かされる。

 ――好きな人に友達としか思われてないのはなんだかんだでくるものがあるよな。


「えーっと」


 この空気、どうしよう。なんて言うのが正解だろう。

 悩みあぐねていると、紬さんは表情を明るくして俺に顔を向ける。眩しい、笑顔を。


「友達以上になれることを、望んでるよ?」


 これは、卑怯だ。

 俺の心は氷解して、すぐさま熱くなっていく。

 鼓動のリズムを上げながら、同時に自己嫌悪した。

 俺っていつも気遣われてばかりだな。俺はいつも気のきいた言葉をかけることができない。


「まあその、今は友達ということで……」

「えへへ、わかった!」


 紬さんは背を向けて廊下を走り出す。階段の陰に消えると忘れ物をしたかのようにちょこっと顔だけ出して、「また明日!」と立ち去っていった。

「うん、また」すでに見えなくなった紬さんに返事をした。


「また、傷つけてしまったかな……」


 笑顔に隠した本音を掘り出してやることができなくて、悔やんだ。

 窓から見る空は茜色に染まっていた。

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