閉幕

 幕が下りてくるタイミングは体育館で何度か打ち合わせたから把握してある。もう大丈夫だろうなと思うが念のため薄目で確認。よし、一番下まで下りてるな。

 俺が立つと、少しして盛岡も立った。お互い顔を合わせると、すぐに視線をそらされる。終わった者同士、同じとこで話しながら待つのもありかなと思ったけどあの様子じゃ無理そうですね……。

 というか、人死が出るのを文化祭でやるのはいかがなものか……。幕でさえぎられていても重い空気が漂ってるなって感じるぞ。ま、クオリティが高ければ何でもいいのかな。橘先輩とかプロ級だし。

 とりあえず俺と盛岡は別々のステージ裏に戻った。

 俺が戻ったところには水野さんと宮野先輩がいた。次はこの二人のシーンだ。


「お疲れ様、西園寺くん」

「お疲れ様です」

「あ、どもッス。後はみんなの演技を見るだけですよ」


 俺の出番が終わったからと言って劇も終わるわけではない。……まあでも、終わった気分になるくらいはいいよね? よっしゃ、やりきったー!

 達成感ってこんなにも気持ちいいんだな。今なら何でもできそうな気がするぜ!


「ふふっ。私たちの演技、ちゃんと見ててね」

「もちろんですよ。草葉の陰から応援してます」

「草葉の陰ってあの世って意味だよ? あ、マーキューシオ死んだから誤用ではないのか!」

「先輩。早くスタンバイしますよ」


 水野さんは俺たちの場違いな会話に呆れつつ先を急かす。


「そうだね。それじゃあ行ってくるよ」

「頑張ってください」


 二人はステージに立つ。しばらくすると幕が上がった。

 ロミオはティボルトを殺したことにより大公から国外追放を宣告された。そのことをジュリエットが乳母から聞くシーンだ。

 ロミオと結婚できてルンルン気分なところに舞い込む従兄弟であるティボルトを夫のロミオが殺したという悲報。希望から絶望へ一気に落とされる。振れ幅の大きいシーンは演じてて難しいと思うが、水野さんは違和感なく完璧に演じきった。ストーリー展開と水野さんの演技が相まってジュリエットに感情移入した人も多いのではないだろうか。こうしてみんなの演技を見てるとやはり俺が一番実力が足りないのだと痛感されるな。実際、目立ったミスを俺はしてしまったわけだし。うーん、この上ない劣等感がいきなり襲いかかってきたぞ……。

 ま、過ぎたことは仕方ない。あのミス以外はかなり上手くやれたと俺自身思うし、これからもっと上達していけばいい話だ。せっかくの文化祭。ネガティブではなくポジティブに!

 劇はとどこおりなく順当に進んでいく。そしてついに最後のシーンだ。

 ジュリエットはパリスとの結婚を家族に迫られそれを拒否。そのせいでキャピュレットから勘当されそうになる。パリスとの結婚、或いは勘当を阻止するためにジュリエットはロミオが迎えに来てくれると約束してくれた日まで仮死状態になる毒を飲み眠りについた。

 事情を知らないロミオはジュリエットを迎えに行くためキャピュレット家に潜入し、霊廟で倒れているジュリエットを見つけ悲しみに暮れる。

 橘先輩は嘆いた。嘆いて嘆いて、そして、眠りについたままのジュリエットに優しく語りかける。


「僕を、僕を愛してると言ってくれたじゃないか。どうしてだ、どうして死んでしまった。もう一度目を開けてくれ。僕に愛を囁いてくれ。――ジュリエット、次はいがみ合いのない幸せな世界で一緒になろう。僕もすぐに君のところへ行くよ」


 橘先輩は瓶から薬を取る仕草をして、その手を口に当てた。そして、死んだ。

 間を経たずして、水野さんが体を起こす。

 ……しんどいな、このシーンを見るのは。

 水野さんは倒れた橘先輩に縋りつき、悲しみに暮れた。どうして、どうして、と……。

 やがて水野さんは橘先輩の腰に据えられた短剣を抜き出し、心臓に刺す。水野さんの体は橘先輩に重なった。

 幕が下りる。これでロミオとジュリエットの劇は終了だ。完全に幕が下りきったところで会場中を拍手が響かせた。


 登場人物が乳母以外全員死亡。なんという……。ただ、暗いだけの話ではなかった。儚さや美しさも兼ね備えた恋愛悲劇だ。この時代まで残っているのはやはり、ストーリーに魅せられるものがあるからだろう。

 水野さんと橘先輩が起き上がって、下りた幕はまたすぐに上がる。さて、俺もステージに行こう。

 盛岡、宮野先輩もステージに来て一直線に並ぶ。改めて客席を見るとこんなにもたくさんの人が見てたのかと実感し、恥ずかしさもあり感慨深さもある。あー、なんとも晴れ晴れしいな!

 主演を努めた橘先輩が一歩前に踏み出した。


「演劇部、ロミオとジュリエットの公演を終わります。観に来てくださり、本当にありがとうございました!」


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