1時だョ!全員集合

 それから俺たちは適当に出し物をぶらついたあと、俺の店番の時間になったから解散することになった。

 というわけで今は着替え中だ。運がいいことに三組の近くには空き教室が二つあり、男女それぞれの更衣室にすることができていた。

 午後一時ということもあり忙しくなってくるかと思ったが意外と客は少ない。どうやら正午にほとんどの人が昼食を済ませたらしかった。例に漏れず俺と白井もすでに食っている。

 これなら楽ができそうだと思いながら執事服を袖に通し、喫茶店として装飾されている三組の教室に入った。


「あ、西園寺くん、こっちこっち!」

「ああ、今行く」


 キッチンの方から同じくキッチン担当の女子生徒に呼ばれ、俺は少し早足に行く。


「えっと、俺の仕事はある?」

「今は人少ないからねー。キッチンとしての仕事はないかな。さっきチャーハンの注文がニ個あったからあの席に持っていって」


 そう言って女子生徒は数人の女子のグループに指を差す。今はこのグループしか客はいないみたいだ。


「了解」


 お皿に盛られたチャーハンを二つ手に取り、執事然と持っていく。

 ……まあ、コスプレ喫茶だし多少は意識しないとね。

 それにしてもこのチャーハン、文化祭としての出し物だから仕方ないとは言え、少し物足りない出来だと俺は思う。

 まず具材が質素だ。超質素だ。卵、米、カットした魚肉ソーセージ、冷凍のネギ、以上!

 それらを炒め、塩コショウをこれでもかと振る。簡単に手早く作るにはこれがベストだと結論づけたらしい。にしても塩コショウ振りすぎなんだよなぁ。若者は濃ければなんでもいいと思っているのかね。

 とまあそんな風に俺の中で批判は絶えないがこれが意外と人気みたいだ。もしかしたら俺は馬鹿舌なのかもしれない。……やっぱり若者は濃ければなんでもいいのか? (by若者)


「……お待たせしました」


 一応キザっぽく持っていく。正直恥ずかしい。


「ありがとうございまーす」

「では、ごゆっくり」


 左手を右胸に当て、軽くお辞儀をする。確か執事の挨拶はこんな感じだったはずだ。


「ね、あの人カッコよくない?」

「だよね!」


 立ち去り際、女子生徒たちがコソコソと話している内容が耳に入った。

 ……フッ、決まったぜ。

 まあ、あれだ。カッコいいと言われて嫌な気になる男なんていないだろ。うん、素直に嬉しい。嬉しいわ。やっぱ俺、昔と比べてカッコよくなったんだよなぁ。


「何ニヤニヤしてんの? きっしょ」

「……すいません」


 俺に毒舌を浴びせてきたのは葉月だ。葉月もこの時間帯担当のホールで、コスプレをしていた。が、


「やはりウェディングドレスではないのか……」

「ちょっ! やめてよそのこと話すの!」


 正直あれはインパクト絶大だったからなぁ。

 葉月は顔を真っ赤にして俺を睨む。が、そんな姿さえも俺は可愛らしいと思ってしまった。

 葉月は黒のワンピースに、同じく黒のとんがり帽子を被っている。魔女のコスプレだ。

 魔女と言ってもおどろおどろしさはなく、宅急便の少女のような可愛さだけがある。そんな姿で顔を真っ赤にして睨まれるんだから、可愛らしいなと思っても仕方ないよね!

 と、そこでドアが開いた。新しいお客さんだ。


「いらっしゃいま――」


 挨拶をしようと視線を葉月からドアの方へ向け、そこにいた女子生徒二人を一目ひとめ見て俺は咄嗟に顔を隠した。


「あ、花梨かりん! その衣装可愛いね!」

「うん! 似合ってる似合ってる!」

「あ、ありがとう」


 なんで、なんでここにいるんだ? 動悸が収まらない。冷や汗がツー、と首筋をう。

 今来た人たちは中学の頃のクラスメイトだった。

 葉月は俺を一瞬怪訝そうに見て、すぐにクラスメイトだった女子生徒たちを席に案内する。対して俺はキッチンへと逃げるように向かっていった。


「あれ? 西園寺くん、オーダーあるの?」

「いや、ちょっと休憩しに」

「もう、サボりは感心しないな」

「ハハッ、まあちょっとだけだから」


 キッチンを担当する女子生徒の苦言を適当に聞き流し、俺は意識をあのグループに集中させる。客が少ないのもあってか、会話を聞き取ることができた。


「えっと、注文は何にする?」


 葉月が女子生徒二人に問う。


「うーんと、じゃあオススメで!」

「オススメは無いかな」

「えっ何それウケル!」

「自分のクラスのことなのに酷いねぇ」


 良かった。どうやら俺の話題は出してないみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。

 ……オススメが無いのは俺も同意だ。


「ところでさ、さっきの執事服の人、めっちゃカッコよかったね!」

「え?」


 え?


 葉月がこぼした言葉に危うくハモってしまいそうになったが、喉まで出てきた言葉を気合で飲み込んだ。それにしても、あれ? 俺の存在に気づかれた? でも俺が俺だって気づいてない? ん?


「いいなぁ、あんなイケメンがクラスにいるの。私の学校なんていい人全然いないよ」

「えっと、ああ……どうだろ……」


 なんだその反応は。

 まあ、気づかれてないならそれでいい。中学の頃の俺を知ってる人がいるとか最悪すぎるからな。

 けれど、気づかれる可能性も十二分にある。客は少ないし当分葉月に任せても支障はないだろう。俺はここで待機しとくか。

 そんな感じで楽観的に考えていたときが俺にもありました。

 新しい客の来訪を告げるドアを開く音が教室に響く。


「よーっと、あれ? 西園寺くんは?」


 声を出したのは宮野先輩だ。宮野先輩以外にも、橘先輩、水野さん、盛岡がいる。演劇部全員集合だ。

 ……なんて日だ!


「ほら、新しいお客さんだよ。西園寺くん行ってきて」

「あっあっ、……行ってくる」


 渋々演劇部面々の方へ行く。なるべく顔を隠しながら……。


「いらっしゃいませー。って、なんでみんなして来たんすか」

「いやいや、偶然水野ちゃんと盛岡くんに会ってね。最初は水野ちゃん含めた三人で回ってたんだけど、盛岡くんに会ったら今は西園寺くんが店番をしていると言うじゃない!」

「盛岡め……」


 俺が恨みを込めて盛岡を睨むが、当の本人はどこ吹く風だ。

 橘先輩がにこやかに話しかける。


「執事服、似合ってるよ」

「はい、似合ってます」


 水野さんも橘先輩に続いて言ってくれた。


「あ、あざます」


 席、案内しますね、と言って俺たちは移動した。ドア付近で立ち話もなんだからな。

 移動している途中、心なしか視線を感じた。まさかあの二人に気づかれたか? と不安に思うがどうやら違うらしい。視線の正体は店番をしているクラスメイトたちだった。

 なぜだろう、と疑問に思い四人を見る。別に衣装で来たわけでもなくみんな制服だ。特段変わった様子なんてないはずだが……いや、一つあった。

 演劇部として活動してるから俺にとっては日常なのだが、他の人から見たらある意味異質とも取れる。盛岡はクラスでは俺以外誰一人として絡んでいない。俺自身、部活が同じだからたまに話す程度だ。だから珍しいのだろう。盛岡が誰かと一緒にいるのが。

 とりあえず中学のクラスメイトに正体がバレたわけではないと安堵する。

 それから俺は席に座った四人に注文を取って、キッチンに向かった。もちろん顔を隠しながら。

 葉月も注文を終えたようで、二人同時に到着した。

 キッチン担当の生徒に注文内容を言いながら、俺もキッチン担当なので料理に参加する。まあ料理と言えるものなのかは審議が必要だが……。

 俺が適当にこなしている中、葉月が他の人に聞こえないくらいの小声で話しかけてきた。


「ねぇ、二人と顔合わせたくないの?」

「まあ、同じ中学の人はちょっとな……」

「そっか。じゃあ二人は私に任せて」

「おう、ありがとう。今日はあの二人と回ってたんだな」

「うん」


 葉月の優しさが染みるぜ……。

 だがこれで話が終わりというわけではないらしい。葉月は少し躊躇ためらったあと、意を決したように俺に疑問を投げかける。


「あのさ、あの四人……盛岡くん、だっけ? もいるけど……あの人たちとは知り合いなの?」

「ああ、まあ」


 盛岡に対する認識が薄すぎて笑いそうになった。まあ関わりがなければ同じクラスの人でもそんなもんだよな。


「みんな演劇部の人たちだよ」

「ふーん」


 なんだか歯切れの悪い返事だな……。まあいいや。

 俺たちは出来上がった料理をお客の元へ持っていった。


 ◇ ◇ ◇


 結局あれからはニグループだけが来て店番の時間が終わった。前の時間帯と比べるとかなり楽だったのではないだろうか。

 一通りの片付けをして各自解散となり、俺は着替え終わって葉月と廊下で話していた。


「葉月はまたあの二人と回るのか?」

「うん。御行みゆきは?」

「俺はどうしようかね。朝は白井と回ってたけどあいつが今どこにいるか分からないしな……。まあ適当に時間を潰すよ」

「そっか」


 それにしても中学の頃のクラスメイトが来るとはな。……俺も、りゅうと雨宮さんを誘えばよかっただろうか。

 いや、俺にそんなことができるわけないか。いつまでも勇気が出せない愚か者なんだから。


「ねぇ、御行」

「ん?」

「もしかしてさ、文化祭楽しくない?」

「え……」


 葉月の言葉に思考が止まった。ちょっとずつ、ちょっとずつ葉月の言った言葉を反芻して俺の気持ちを整理する。


「……いや、楽しくないわけではない。ただ、こういう祭りって言えばいいか。そういうのをどうやって楽しんだらいいのかを忘れてしまったんだよ。夏祭りのときもそう。俺は心の底では楽しみ方がわからなくて困惑していた」


 まあ、夏祭りのときはいろんなことが起きすぎて楽しむ余裕がなかったというのもあるが。ベタなことを言えば俺の世界は一度色を失ったのだ。もう一度色を取り戻したところで、過去とはまた別物になっている。人との接し方も、行事の楽しみ方もわからないでいた。


「ていうのが一つ」

「もう一つ、理由があるの?」

「ああ」


 少し、呼吸を整える。


「……俺さ、明日劇をやるんだよ」

「演劇部の……」

「そう。初めてなんだ。人前でやるの」

「緊張してる?」

「そりゃあな。それに、先輩たちのためにも、絶対に失敗したくはない」


 先輩にとっては高校生活最初で最後の大舞台だ。台無しになんてできようか。


「そっか」


 窓から外を見る。晴天の下、壇上の上でバンドを組んで演奏している男女グループが見えた。あの人たちは、どんな気持ちで演奏をしているのだろう。楽しいのだろうか。それとも何かを賭けて、必死の想いなのだろうか。

 青春だなと思う。


「御行」

「ん?」

「明日、頑張ってね」


 窓から差す日差しが葉月を包んでいて、その姿は慈愛にあふれていた。綺麗だな、と思った。

 少しだけ俺の顔がほころんでしまう。


「ああ、頑張るわ」


 葉月のおかげで心が軽くなった。

 決意を胸に、俺は明日の成功を願う。






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