終わりは必ずやってくるから

「そうだ! 文化祭終わったらさ、打ち上げしようよ!」

「打ち上げ、ですか」


 部活動が始まる前、衣装に着替え終わった宮野先輩が唐突にそう言った。


「そうそう! 文化祭終わってすぐにしようかなぁって思って! 大丈夫かな?」


 打ち上げ、というとリア充イベントで、俺には縁のないことだと思っていたが……実を言うとクラスの人にも打ち上げを誘われている。そっちも文化祭が終わってすぐを予定していた。

 まさかお誘いがダブルブッキングするとはな。こういうときは素直に高校デビューを実感するよ。ちなみにどちらを取るか、俺の中ではすでに答えが出ている。


「ええ、俺は大丈夫ですよ」

「え、ホント!?」


 俺が答えると宮野先輩は満面の笑みを咲かせた。俺が間髪入れずに答えたのが予想外だったのだろう。俺はこういうのがあまり得意ではないし、みんなで遊園地に遊びに行ったときも渋々だったから。


「盛岡と水野さんは?」


 とりあえず二人に話を振る。


「ま、大丈夫だ」

「はい、私も行けます」


 案の定の答えが返ってきた。


「良かったあ。やったね、橘!」

「そうだね」


 橘先輩は宮野先輩に優しく微笑んだ。

 先輩二人が嬉しそうにしていると、俺まで嬉しくなってくるな。

 文化祭は二日間開催され、演劇部は二日目の午後一時に体育館で劇をする運びになっている。そんな文化祭はもう二日後まで差し迫っていた。

 演劇部の三年生は文化祭が終われば引退となる。本番まであと三日。先輩の引退が刻々と迫る中、俺はより良い舞台にするために自分のことで必死で、他のことを考える暇はなかった。けれど、こうして文化祭が終わったあとの話題を出すと、どうしても先輩の引退が現実味を帯びてくる。

 俺が演劇部に入ったのは七月の上旬だ。先輩と出会ってからはまだ三ヶ月しか経っていない。でも俺がこの三ヶ月間、演劇部で活動し続けてこれたのはひとえに先輩の人柄が良かったからで、俺はこの演劇部で過ごした日々を好きでいる。

 先輩の引退を話題に出すと、湿っぽい雰囲気になるから代わりの言葉を口にしよう。


「楽しみですね、文化祭」

「うん!」


 宮野先輩は大きく首を振った。


「ま、そのためにはもうちょいやれるとこまで技術を上げないとな」

「んなこたあ分かってるよ。盛岡も台詞ミスをいい加減なくせよ」

「うっせ」

「あはは……相変わらずだねぇ二人共」


 チッ、盛岡のせいでいい雰囲気が台無しになっちまった。宮野先輩を困らせてしまったではないか。

 しかし盛岡の言ってることも事実だ。俺が一番実力が足りないことくらい、理解している。

 いまいちマーキューシオというキャラを掴めていないし、小さな動きでも粗が目立つ。

 橘先輩は、そこまで思いつめなくてもいい、人に見せても恥ずかしくないくらいの実力はあると言っていたけど、やるからにはより良いものを提供したいのだ。まあ、あと二日で上達できる程なんてたかが知れてるが。


「あー、もっと上手くなりてえ」


 俺のぼやきに橘先輩がピクリと反応した。


西園寺さいおんじ、君が演劇を好きになってくれて嬉しいよ」

「え? ああ、どうなんでしょ?」

「好きだからこそ、上手くなりたいと思うものだからね」


 ……俺のぼやきはみんなに迷惑をかけたくないからという理由だ。でも、もしかしたら、


「そうですね、演劇。好きになりました」


 それもこれも先輩たちと水野さんのおかげだ。

 本番まであと三日。やれるだけのことはしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る