リミテーション1(2)

 夏祭りの日がやってきた。

 夏祭りと言っても河川敷に屋台が並んで、花火が打ち上がるだけのものだ。都会の夏祭りとは少し違うのかもしれない。まあ都会の夏祭りがどんなものか知らんけど……。

 花火の発数は一万五千だ。それなりに多い方ではないだろうか?

 俺達は河川敷の近くにあるコンビニを待ち合わせの場所とした。それ以外の待ち合わせ場所の案が出なかったのもあるし、現地集合にすると人混みで探しづらいからである。

 俺は紺の浴衣を着て髪をセットし、小型のショルダーバッグをかけて家を出た。

 時刻は六時半くらいだろうか。日が落ち、少しばかり暗くなってきている。夜に差し掛かってきているが暑いことには変わりない。肌着が汗を吸い取っている。そこに薫風が通り抜け心地良い。風鈴を付けている家もあり、チリンチリンと鳴る音はさながらノスタルジーを感じさせる。

 ……何故か、感傷に浸りたい気分になった。

 俺はその気持ちを水と一緒に飲み干す。

 河川敷に近づいていくと、段々と浴衣を着て歩いている人が多くなってきた。もうすぐだ。


 コンビニに着くと、白井が先に来ていた。白をベースに青色の曲線の模様が描かれた浴衣だ。メガネも相まって知的な雰囲気を醸し出している。

 うーん、こいつ頭悪かったよな?認めなくないが似合っている。まさかこいつを格好いいと思う日が来ようとは……。


「もう来てたのか」

「待ち合わせ三十分前に着くのは当たり前」

「俺の知らない当たり前だな……」


 七時に待ち合わせだから、俺が家を出たときにはもう着いてたってことか。早すぎるだろ……。


「にしても浴衣、かっこいいな。てっきり二次元のキャラが描かれてる浴衣でも着てくるのかと思ってたわ」

「んー、まあ葉月さんもいるからな。持ってはいるけど、流石にね」

「お前にも恥はあるんだな」

「俺をなんだと思ってるんだよ」

「オタク」

「クッ! 反論できねぇ!」


 それにしても持ってはいるのか。流石だ。白井って俺が思ってる以上にオタクなのかもしれない。あまりそう思えないのは白井が隠しているからか……。俺にはあんまり隠してなさげだけども。こういうのってやはり恥ずかしいのだろうか? 二人で遊びに行くときはオタクを全開にしているんだけどなぁこいつ。知らない人からはどう思われたって気にしないということなのか。それなら俺は? 白井は俺にもどう思われたって気にしないということか? ……まあ、どうでもいいか。

 うん、なんか改めて思うと今の俺、めっちゃ面倒くさい男じゃん……。

 しばらくして、葉月も来た。


「お待たせ。二人共、もう来てたんだ」


 葉月が申し訳程度に手を振る。……一目見て、ドクンと心臓が脈打った。

 葉月は髪を後ろに束ね、薄いピンクに青や白の花柄の模様が刺繍されている浴衣を着ている。電灯が葉月を淡く、美しく照らしていた。


「おおー! 似合ってる! 葉月さん可愛いね!」

「そ、そう? ありがとう……」


 白井のはしゃぎ声を聞き我に返る。葉月は顔を赤くし、上目遣いで俺のことを見ていた。

 ……これは、褒めなきゃいけないやつか。めっちゃ恥ずかしいなおい。

 心臓の高鳴りが収まらない。俺は右手の人差し指で頬を掻きながら、居た堪れなくて、空を見上げた。


「あー、まあ、似合ってるな。うん」

「あ、うん……ありがと」


 満月が出ており、綺麗だった。


 それから俺達はコンビニでジュースやらお菓子やらを買って、河川敷の方へ歩き出した。

 花火が打ち上がるのは、八時からだ。河川敷へはあと五分とちょっとで着く。かなり時間には余裕があるが、この夏祭り、かなり規模が大きく花火が凄いとされているため、たくさんの人が来るのだ。そのため、前日に席を確保する人もいるほど。そう、座るところを確保しなければならないのだ!

 まあ三人だしそこは大丈夫だと思うが……。もしものため、だ。それに花火がメインだとしても普通の夏祭り同様、射的やら金魚すくいやらはあるからね。俺はやるつもり無いけど。


 そんなこんなで談笑しながら河川敷に着いた。

 空はもう闇に染まっている。だが屋台の灯りが夜だとは思えないほどに辺りを照らしていた。


「相変わらず人多いなぁ」

「県外からも来てる人多いらしいよ」

「まじで!?」

「まぁ花火すげぇもんな」


 この夏祭り、やっぱりすげえわ。……ん? 県外から人が来ることの何が凄いのかって? こらそこ! 田舎の悪口はやめなさい!

 観光名所なんてほとんど無いし遊べるところも無いのだから。これが自然あふれる土地ならそれがアイデンティティになるけどそういうのも無いからね……。


「どうする? とりあえず屋台見て回るか?」

「うん、そうしようか」


 花火が上がるまで時間がかなりある。俺達はぶらぶらと談笑しながら歩き続けることにした。

 食べ物や飲み物が売ってある屋台はそれなりに人が並んでいる。屋台の数も数え切れないくらい多いんだけどなぁ。ちなみにだが、向かい側の河川敷にも屋台が出ている。川を挟んでいるが人々の賑わいがこちらまで漂ってきているのだ。非日常、それをひしひしと感じる。


「お、射的があるじゃん。……待って、景品にプレステあるぞ! やべぇこりゃやるしかねぇ!」

「倒れるわけ無いだろ……」

「倒れなかったら詐欺だね」


 白井の言葉にスキンヘッドの厳つい店員の眉がピクッと動いた。……いや怖いよ。白井、何余計なこと言ってんだよ。


「お客さん、やるかい?」

「おうよ!」


 白井が百円玉を二枚、店員に渡しコルクライフルを手にした。右手のみで持ち、バランスを取る。左目を閉じ、驚異の集中力で銃身を安定させた。何故だろう、オタクが射的をしているだけなのにこちらまで緊張感が漂ってるくる! ……というかこいつ、コミュ力高いのまじで何なん?こうしてみるとただの気のいい陽キャじゃん……。

 白井は深い息を吐き、その引き金を引いた。銃口から弾丸が放出される。その弾丸が見事、プレステへとヒットし――


「ぐあああ! はじかれたあ!」

「へい、お客さん。弾丸はまだニ発残ってるぜ?」


 くっそー、と言いながら白井は弾丸を詰めていく。謎の緊張感は解けた。


「まあ、他の狙えよ」

「しゃあねえ、そうするか」


 そう言って白井は容易くグミを撃ち落とした。それが普通であるかのように軽々と……。


「え?うんま……」

「おう、こりゃすげぇ!坊主、上手いじゃねえか!」

「フッ、まあな」


 イキり始めたけどかっけえ……。


「ほんとに凄い……」

「フッ、まあね」


 めっちゃイキってるけどかっけえ……。


「ほら、このグミ、二人にやるよ」


 なんかイケボになっててかっけえ! 白井しか勝たん!


「……俺のこと馬鹿にしてない?」

「え?なんのこと?」

「いや、まあいいや」

「見てたら私もしたくなったな……」

「お? マジ!?」

「ほう、お嬢ちゃんもやるのかい?」


 葉月は店員にお金を渡して、銃を手に持った。しっかりと左手で銃身を支え、姿勢良く佇んでいる。正しく、明鏡止水と表現するのが最適だろう。

 そして、発砲音と共にお菓子が倒れた。


「なっ!」

「おお!」


 店員が目を丸くする。まあ、二人連続で景品取ったら驚くわな……。


「葉月、お前もかよ」

「え?」

「いや、すげえなって」


 俺、化け物に囲まれてね? 射的ってこんな簡単だったっけ?

 葉月の佇まいのかっこよさもあり、見物人が増えてきた。葉月は意に介さず、弾丸を装填する。

 それから、白井と同様、容易く景品を倒していった。見物人が感嘆を漏らす。


「やった。三つとも当てれた」

「やば……」

「凄いよ! おめでとう!」


 気づけば、拍手に包まれていた。それに気づいた葉月が顔を赤くし、下がる。そして、


「御行もやれば?」

「は?」


 とんでもないことを口走った。


「おう、お前さんもするのか。なんだか面白くなってきたな!」


 見物人が一気に盛り上がった。正にここはスポーツが行われる会場。選手は俺。……地獄かな?

 というかなんでこんな熱気にあふれてんの? て思ったけど俺、顔だけは良かったな。イケメン=何でもできるの法則! うん、自分でイケメンとか言うのきついわ。


「ええい、しゃあない! どうにでもなれ!」

「まいど!」


 そして俺はこの場を絶対零度にしてやった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 人は相変わらず多いが、それなりに開けていて、いい感じに花火が見えるであろう場所を見つけた。俺はバッグからレジャーシートを取り出し地面に敷く。


「はぁ……死にてぇ」

「いや、まあうん。……どんまい」


 俺は恥辱に満ちた先の光景を思い出す。

 見事に外れるコルクの弾丸。期待の行き場を失くした観衆。憐れみの籠もった視線。誰一人、言葉を発しなかった。……静寂だった。


「もう、消えたい……」

「まぁまぁ」


 白井が苦笑いしながら応える。成功させた奴に慰められても虚しいだけだぞ。


「花火まで後どれくらい?」


 葉月が話題を変える。

 

「まだ三十分くらいはあるね」

「あー、じゃあ俺なんか食べもん買ってくるわ。何か欲しいもんある?」

「え? みんなで行ったほうが良くない?」

「いや、全員がここを離れるわけにはいかんだろ……」

「あー確かに」


 まあこの空気に堪えられなくて早く一人になりたいというのもあるけど。


「うーん、とりあえず焼きそば三つでいいか? 三人分となると一番持ちやすそうだし」

「うん。それでいいよ」

「んじゃ行くわ」


 俺は二人と別れ、屋台の方へ戻る。少し前に焼きそばが売ってある屋台を見つけていたのだ。俺はそこへと向かった。

 多種多様な屋台が出ている。お面や金魚すくい、りんご飴など。

 そういえば昔、りんご飴が好きだったな。気づけば食べなくなっていた。りんご自体の味がなぁ。何と言うか、瑞々しさが感じられんのよね。ちっちゃい頃、飴の部分だけを食べてた記憶がある……。金魚すくいはやったことねえな。金魚飼えないし。あれ、持ち帰らないとかできるんかな? 若干興味ある。まあやらんけど。

 お祭り、だなぁ。


「あれ、みゆ君?」

「え?」


 突然、聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 振り向くと、人混みに混ざってただ一点、俺の方を向いている青色の浴衣を着て赤い花柄の団扇うちわを持った男がいる。


「……りゅうちゃん?」


 そこに居たのは、小中での友人、高田隆盛たかだりゅうせいだった。










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