幸せを映す水

 シュッ、シュッと赤ペンをワークの上で走らせる。ページを一枚めくり、チェックを入れていたところまで赤マルを付け終わった。


「ふう」


 俺は手を組んで椅子の背もたれに寄りかかりながら背中を伸ばした。

 夏休みが始まって一週間、とりあえず課題を終わらせることができた。

 乱雑に写された答えに全て赤マルが書かれている数学のワークを見て満足感を覚える。たとえそれが良くない行いだとしても、作業的なことだとしても、それを終わらせたら達成感は湧いてくるものなのだ!

 これでしばらくはノートとペンとはおさらばだ。一応休み明けテストの対策はするつもりだが夏休みは始まったばかり。存分に遊びつくそう。


 俺は自分の部屋から出て、リビングへと行った。

 今は午後三時、リビングは電気が点いておらず、誰もいない。

 甘奈は、相変わらず部活だろう。運動部は大変だな。まあ演劇部もかなりハードになってきてるけど……。

 そして平日だから両親もいないと。

 ふむ、夏休み中は自分で昼ご飯を作ることになるのか。自炊できなくはないけど面倒くさいな。

 俺は冷凍庫からチャーハンを取り出し電子レンジで温めた。


 チャーハンを食べながらスマホを突いているとラインが届いた。演劇部のグループラインで、橘先輩からだった。

 明後日あさって明々後日しあさって、海かプールにでも行かない? という内容。


「え?」


 急だから驚いた。こういうのってもっとこう、何週間も前から予定を立てるものだと思うんだけど……。

 それにしても海かプール、ねえ。海はあまり好きではないというのが本音。てか水着持ってないし。とりあえず返信はみんながどういう返事をするのかを見てからにしよう。

 ……うん、我ながら卑怯だな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 本日、日曜日の午前十一時、俺達は今、遊園地にいます。

 最終的にプールがある遊園地に行こうということになってみんなが全員で行くムードでした。俺だけ行かないとかできるはずもなく……。

 九時にバス停に集合、一時間揺られて遊園地に到着。それからみんなで絶叫系を乗りまくった。

 ……酔うよ。本当にしんどい。

 女性陣みんな余裕そうで恐怖を感じました。おわり。

 夏休みシーズンの日曜日ということで子供連れの家族や、俺達みたいな学生のグループで賑わっている。

 俺はベンチに座ってその賑わいを、まるで別の世界にいるかのような感じで眺めている。俺の隣に骸骨、そのまた隣に盛岡も同じように座っている。

 先輩と水野さんは三人でお化け屋敷に入っている。俺達が座っているベンチもお化け屋敷の近くということで骸骨が座っているのだ。

 うん。骸骨の両隣に男子学生二人が座ってるってなかなかに滑稽だな……。

 俺はバス酔いとアトラクションでグロッキー状態。だからお化け屋敷には入らずに休憩している。盛岡はお化け屋敷が好きじゃないらしい。全然怖くないけど面白さが分からんと言っていた。

 本当は怖いだけのくせに、とおちょくったら脚を思い切り踏まれた。酷い。

 俺はタオルで汗を拭って五〇〇ミリリットル入ったペットボトルの水を飲んだ。


「なあ、あの三人をお化け屋敷に行かせて良かったのか?」

「どういう意味で?」


 俺は盛岡の言ったことが理解できなくてペットボトルから口を離し、疑問を投げかけた。


「どういう意味で、て……お前まさか気づいてないのか?」

「え?なんのこと?」


 盛岡はため息を吐いてなんでもないと言った。

 なんか俺だけ仲間外れにされてるみたいじゃん。あの三人を一緒にしちゃいけない理由なんてあるんかな? うーん分からん。

 それから俺は盛岡に鬱陶しく教えろよ、と言って軽くあしらわれてた。

 そんな最中、三人が戻ってきた。宮野先輩が俺達二人を見て、あ! 仲良くなってる! と言った。

 俺達はお互い、仏頂面をして、宮野先輩にクスクスと笑われた。解せない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 午後一時、人が増えてきた。

 開園してすぐに入ったからいろんなアトラクションを早くに楽しめたけど一時間待ちとかが普通になってきたのだ。

 ということでようやくプールです。水着です。昨日、黒の水着を買いました。

 まさか俺がこんなリア充イベントに参加することになるとは……。友達と遊びに行くのは俺にとってはビッグイベントなのだ!(白井は除く)

 橘先輩と盛岡、腹筋が割れてた。俺だけ筋肉ないのなんか恥ずかしいよ……。まあ、部活で筋トレしてるし俺もいつか割れるだろう。

 そんな希望を胸に秘め、家でも筋トレしようと決意した。

 ちなみに五回くらい筋トレしてた時期があったが三日坊主になるのが良い方なくらい続かなかった。今回は何日続くかな?

 そんなことを思ってるうちに、女性陣が来た。

 水野さんはラッシュガードを着ていて肌の露出を避けており、宮野先輩は胸元がガッツリと見えるイエローのビキニを着こなしていた。

 制服の上からでも正直分かっていたけど宮野先輩、大きいな……。


「おまたせ~」

「ああ、じゃあまずは昼ご飯を食べようか。それともプールで少し遊んでからにする?」

「プールに入ろうよ!」


 ということでプールに入ることになった。たくさんの人がごった返している。


「人がゴミのようだ」

「どしたの? 急に」

「すいません」


 なんか言いたくなった。それだけ。

 というかここまで人がいるとなかなか遊べないよなぁ。まあそもそもプールでの遊び方を俺は知らない。プールなんて小学校以来だしね。


「あれ? 心美ちゃん、ラッシュガード着たまま入るの?」

「え、はい。そうですけど……」


 水野さんが困惑した表情をしているとそんなのもったいない! と言って宮野先輩が水野さんの背中に抱きついた。


「せっかく可愛い水着を着てるんだから見せびらかさないと!」

「え、ちょっと先輩! や、やめてくださいよ!」


 宮野先輩は水野さんの背中に豊満な胸を押し付けながら、首元にあるファスナーに手をかけた。

 宮野先輩に背後から抱きつかれながら顔を真っ赤にして少しばかりの抵抗をしている水野さん。この二人の姿はなかなかにエロティックだ。

 うーん良くない、良くないぞこれは。目が離せられない。

 男の人っていつもそうですね! と今の感情を誤魔化すために俺は心の中でふざけたことを言う。けれど目線が吸われていくのだ。

 ……男だもの。しょうがないじゃん。

 やがてファスナーは全て降ろされ、水野さんの水着姿が露わになった。


 ……息を呑んだ。

 ヒラヒラのフリルがついたブルーのビキニだ。

 透き通っている白い肌、くびれのあるウエスト、そして露出は少なく宮野先輩ほどではないが、その存在をしっかりと強調している胸元。

 恥ずかしそうに赤面している姿が可愛らしい。

 俺はその姿に見惚れていた。


「おーい西園寺くん? 可愛いのは分かるけどそんなに女の子の水着姿を見つめるものじゃないよ」

「え? あーいや、見つめてなんてないっすよ」


 宮野先輩は咎めるようにニヤニヤ笑いながらそう言って、水野さんは耳まで真っ赤にしている。

 ホントあっぶねぇ! 宮野先輩が言うまでずっと見つめてるところだった。なんかこっちまで顔が赤くなってる気がする。熱くなった顔を冷ますためにもプール入ろ。


「俺、先にプール入りますね」


 顔を見られないようにみんなに背を向けてプールへ行く。そのまま脚だけを少し入れて冷たさに慣らせ、プールの中に入った。

 ヒュー冷てえー。

 とりあえず人の少ない、端の方へと行く。やっぱりプールってどうやって遊んだらいいのか分からんな。これ俺だけじゃないよね? プールの正しい遊び方を本として出したら売れるんじゃない?ベストセラー待ったなし。

 そんなことを考えながら、周りに人がいないのを確認して水中に潜った。

 十秒程して俺は水面から顔を出す。

 燦々と降り注ぐ日差しが水しぶきを輝かせる。家族だったり恋人だったり友達だったり……たくさんの人が今、大切な人と素敵な時間を共有し、キラキラと輝いて幸せそうだ。そんな光景を見て俺はやっぱりこの空気には馴染めないなと思った。


「えいっ!」

「え?」


 バシャッと俺に水しぶきがかかる。何が起こったのか理解するのに少しばかり時間がかかった。

 水しぶきが飛んできた方を向くと水野さんが手を前に出していた。

 これはつまり、そういうことだよな? えーこういうときってどんな反応したらいいんだろ? やり返してもいいんかな?


「あ、えとごめんなさい……。宮野先輩にやれって言われて……」

「あぁ、そっか」


 宮野先輩がプールサイドで俺達の方をニヤニヤ笑いながら見ている。

 先輩達が俺達を遊びに誘った理由、今なら分かる。本当にいい人達だな。


「おりゃ!」

「きゃっ!」


 俺は少しばかり強さを弱めて、水野さんに水しぶきをお見舞いしてやった。


「先にやったのは水野さんだろ? 文句はないよな?」

「ぅ、この!」


 俺達は笑っていた。そう、俺は心から楽しかったんだ。こんなの、いつぶりだろうか。

 それから先輩達と盛岡もやって来てみんなで遊んだ。これで仲が深まったのなら、いいな。心からそう思った。










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