第6話 受付嬢カーミラ

「ぐっ…が…」


首の辺りを掻きむしり必死にロープを外そうとする。ロープを爪で引っ掻く事に締りが強くなっていき意識が薄らぐ。


「ぐ…かは…」


爪を立て首を掻くことで意識の喪失を防ぐ。

だが首元から溢れ出る血によってロープは滑りますます解けにくくなっていく。




「…うふふ…」


そんな束縛者を見て狂気の笑みを浮かべる黒衣のローブを着た何者かはゆっくり歩いて近づいてくる。


「…101匹殺すのは大変だと思っていたけど…」


ローブの者は束縛者の足先に滴る血液をペロリと舐める。


「…貴方ならあと79匹分ぐらい簡単に稼げそうで良かったわ…ねぇ、『死の番人』さん…?」


ゴロゴロと雷鳴が鳴り響き割れたステンドグラスを通して雷光に照らされるカンパネラ聖堂内。


そこには無数の首吊り死体と共に吊るされ、苦悶の表情で首を掻き毟るルカの姿があった………。









ーーーーーーー15時間前に時は戻る。



「…よし、着いたね。」


中央ギルドのすぐ側にある裏路地に着いた二人。ルカは先程購入した変身薬をカバンから取り出し、コルクを抜いて口の中に流し込む。

全然美味しくないと話題の変身薬だが、ブレイクの作る薬は何故かとても美味しいのだ。多分ヤバいのが入っているからだろう。




ゾクゾクゾクと体が震え、体が段々と別の姿へと変わっていく。始まりは足先から頭の頂点へ段々と。


30秒もするとルカは元の白髪の性別不明な14歳という見た目から、25歳前後の華奢な女性へと変貌した。

…ブレ爺め…………。

この変身薬はとても美味しいが、爺好みのタイプの女にしか変化しないという絶望的な欠点を抱えていた。


はぁ…仕方ない。まぁいいかとこのまま行くことを決めるルカ。


「じゃ…行こうか」


そう言ってカーミラの手を引くルカだったが、カーミラはその場から動こうとしない。


どうしたのだろうか。大人なお姉さんになった自分に違和感を持ってしまったか。などと考えていると、

「あの…あれ…飲みたい……」


完全に忘れていた。そう言えばあんな物も買っていたなとカバンから『語尾がニャになる薬』を取り出し渡すと、カーミラは口に全て流し込んだ。


「…………ぷはぁ…」


美味しそうに頬を紅潮させ満足そうな表情。


「じゃあ行くよ……ん、なんか変だな。行くわよ、カーミラ」


姿に合わせ口調を変えてみたルカはその姿のまま中央ギルドへと向かって行った。








「ようこそ聖エストリル王国中央ギルドへ!」


眩しい笑顔で冒険者に挨拶する受付嬢。




「本日のオススメ任務は薬草採取となっています!おっと、まだ冒険者の方では無かったようですね!冒険者登録から行いますか?」


「あっ…ぁ…あの…」


「はい!ご要件をどうぞ!」


変身薬を飲んでから5分後、ルカはハキハキと元気な挨拶をする受付嬢の笑顔にやられ反応に困っていた。

代行者、死の番人とも呼ばれるルカは陰キャであった。

常日頃から目のクマが取れないリリガーノや明らかにヤバい人の雰囲気が漂うアキハなど変人ばかりと接してきたルカにとって表ギルドの看板受付嬢は光が強すぎた。


「あっ…あの…。アリスさん…アリス・ブラックローズさんはいるかしら…?」


「はい。分かりました!アリスですね。すぐお呼びします!」


「お願い…するわ………」


姿に合わせた変な口調だがルカはもう後戻り出来なかった。このままがんばるぞ…。ルカはそう心の中で小さく自分を勇気づけた。


待ち時間、ルカ達は表ギルドの様子を見ていた。

ワイワイガヤガヤと活気のいい表ギルドには多くの冒険者たちが集まり、任務一覧を確認する者やギルド内に併設された酒場で盛り上がる者、パーティ募集をしている者などでとても混雑している。そんな活気にやられたのか、カーミラはルカのすぐ側で小さくなっている。



「すいません、お待たせしました~」


そう言って受付カウンターの奥から現れたのは一人の女性。この人が恐らくアリス・ブラックローズだろう。真っ黒なツインテールが特徴的な可憐な女性だ。表ギルドの受付嬢の衣装であるミーデルという青色の民族衣装がとても似合っている。



「私がアリス・ブラックローズです。貴女様が私の救世主さまですか…?」



救世主さま。両手を合わせ目をうるうるとさせたアリスがルカのことをそう呼んだ時、肝心のルカはというと…口をポカーンとさせていた。


「きゅ…救世主…さま…??ぼ…私が…?」


突然の出来事に思わず素が出そうになるルカ。


「ええ…!私の救世主さま…!かの恐ろしい魔物、ブラッドリースライムから私の村を救ってくださった英雄…!」



「あ…あはは…それほどでも…あるかも…」


なんだその件のことか、と理解するルカ。素直に褒められることが少ない代行者にとってここまで褒めてもらえることは滅多にない。

そのためルカは一瞬でデレデレになっていた。


「…………ん」


裾を握っていたカーミラの力が強くなった。

ごめんごめんと小声で謝るルカだったがカーミラは頬を膨らませたままそっぽを向いてしまった。悲しい。



「すいません…アリスさ…………どうかしました?」


カーミラからアリスに目線を移すと、アリスはじっとカーミラを見つめていた。真剣な表情で。


「ア…アリスさん…?」


アリスの目の前で手を振ってみるも真剣な眼差しはカーミラから微動だにしない。


「……ルカさん」


「は…はい」


名前教えたっけなと思いつつも真剣な表情のアリスに気圧されるルカ。


「…………カーミラさん本日限りでいいので受付嬢にしませんか!?!」


口早に叫ぶようにそう言ったアリスは目をキラキラと輝かせてルカの手を握る。


「ほら…!あの任務もありますし…ね?!それがいいと思うんですそうしましょうよ!」


「わ…私はカーミラがいいなら…それで…」


ルカがそう言うとアリスの瞳はぐんとカーミラへと移動する。


ルカが恐る恐るカーミラを見ると、普段無表情なカーミラの顔が悲しみとも驚きとも取れるような顔をしていた。

ごめん……売ってしまったよ…。



…5分後。



「キャー素敵ですぅ!!!」


アリスは狂喜乱舞と言った様子でカーミラを小型魔法映写機で撮りまくっていた。


「…………ぅう…」


青のミーデル・ギルド受付嬢衣装を着たカーミラは恥ずかしそうにもじもじしながらルカを見つめる。


ルカが爽やかな笑顔でサムズアップをするとアリスに、


「ほらそんなことやってないで、ルカさんも撮ってくださいよ!」


と怒られてしまった。


「あ…あの任務は…」


「そんなのこれ撮ったらすぐ行きますから!いいから撮ってください!!!」


「は…はいぃ…」


ルカは何故かアリスに弱かった。



??時間後…




「…では、私たちは別の任務をしてきます。カーミラさん、任務の程お願いしますね」


アリスがそう言って任務に向かうまで、実に2.3時間ほど掛かったのは秘密である…。

大量に現像されたカーミラの写真がアリスのカバンに一杯になっていたのも秘密である…。


受付嬢衣装から真っ白なローブに着替えたアリスは重そうなカバンを背負い表ギルドの入口とは反対側へと向かう。


頑張れと小さくカーミラを応援したルカは、アリスの後を追っていった…。




アリスの後を追い、暫く細い廊下を歩くと、突き当たりに扉が1つ待っていた。


「任務の説明を致しますね、では中へ。お先にどうぞ、救世主さま」


部屋の扉が開けられる。が、中は真っ暗で何も見えない。


「あの…アリスさん明かり付けてもらっても…」







その時。


ゴン、と後頭部に強い衝撃が走る。


「んぇ………?」


視界が赤く染っていく。


突然の出来事に反応が出来なかったルカは地面へと転がる。

グッと腕に力を入れるが…起きれない。


この効果…まさか…催眠魔法…?アリスが?一体何故?


なんど力を入れても立ち上がれない。次第に催眠の効果は強くなっていく。



まず…い…。意識…が…カーミラ…。


ぐらりと揺らぐ混濁した意識の中で、最後にルカが見たのは、


悪魔のような笑みを浮かべるアリスだった…。

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