第4話 吸血娘との出会い

カランコロンカランコロンと扉の鈴が鳴る。


「いらっしゃい!おう、ルカ!」


ここは熊の子亭。中央ギルドから徒歩10分ほどの距離にあるこの店はルカのお気に入りの酒場である。


「ども、眠れなくて…」


入口の扉を開き、右手で1名を表す指を立てるルカ。 仮面を付けておらず、服装も血みどろのローブから普通のシャツに着替えている。

時刻は既に深夜3時を回ろうとしていた。


「また仕事かい?変わらぬブラックさだね冒険者ってのも」


「全くですよ…」


この豪胆な口ぶりの女性は、この熊の子亭の店主のミネルヴァさん。彼女の元冒険者らしい体格の良さからこの酒場ではどんな冒険者も暴れることなく治安がとてもいいのだ。尤も、こんな時間に他の客など居ないのだが。


「ハハハまぁ頑張んなアンタは若いんだから。とりあえずエールでいいかい?」


「ミネルヴァさんもまだまだですよ。それでお願いします」


「へ、言うようになったねェアンタも」


ガチガチに固まった氷を拳で叩き割りジョッキを作っているミネルヴァはどことなく嬉しそうだ。


1時間ほど前に記憶を戻そう。

ブラッドリースライムの討伐報告の為向かった裏ギルドには、研究室から怪しい声がした事を除いて誰もいなかったのでルカは早々に帰路に着くことにした。深夜の無人となった大衆浴場に寄り血を落とす。新しく購入したシャツに袖を通し布団へと向かおうとするが、不思議と眠気を感じない。仕方ない、夜風にでも当たりながら散歩でもしよう。そう思って歩いているといつの間にか酒場に居たのだ。ルカは軽いアル中であった。


「はい、お待ちどおさん」


目の前にドン、と置かれたエール。これだ。これが堪らないのだ。枝豆が欲しいところだが我慢する。ゴキュゴキュと喉を鳴らせエールを流し込んでいく。美味い。


「相変わらずいい飲みっぷりだねェ」


片手で葉巻を吹かせながらニマニマとルカを見つめるミネルヴァ。ルカは見た目こそ14歳程の子供のような姿をしているが飲みっぷりだけで見たら親父である。


「あ、そういや」


「?」


何かを思い出した様子のミネルヴァにエールの泡で髭の出来たルカはどうしたのかと首を傾げる。


「実はアンタに紹介しときたい子がいてねェ…。おいで、カーミラ」


パンパン!とミネルヴァが手を叩くと、奥から赤のゴスロリ衣装を着た細身の少女が現れた。


「はい」


驚くほど白い肌に、透き通った深紅の瞳。美しく編まれた艶やかな茶髪のシニヨンヘア。

そして……血の匂い。可愛らしい見た目からは想像できないほどの濃い血の匂いがする。これまで多くの人を殺してきたのか、それとも……。


「ミネルヴァさん…彼女は…何者ですか?」


「…流石だね。気づいたかい、この子の匂いに」


ミネルヴァは目を瞑り、腕を組む。


「この子はね……吸血鬼なんだ」


吸血鬼。伝説上の魔族で、人間の血を吸わないと生きていけないという特性上、人魔決裂の際に絶滅したと言われていた種族。人魔決裂とは100年前に起こり未だに決着の着いていない人族陣営と魔族陣営の大戦争である。


「吸血鬼…ですか………」


ルカは驚きを隠せない。


「驚くのも無理ないさね。そしてアンタにこの子を紹介したのはね…」


「…アンタにこの子の主人になってもらいたいからさ」


「ほぉ…なるほど 主人ね…………え?」


ルカは口に含んでいたエールに溺れかける。


「ゲホッゲホ、え、?な、なんで僕が??」


当然の疑問。初対面の少女を引き取ってくれなどと言われてはいはいと二つ返事で了承する人など女神か変態紳士くらいしかいない。


「それはアンタが…死なないからさ」


不死身。ミネルヴァはルカが不死の呪いにかかっていることを知っている数少ない人物の1人であった。


「この子はね…吸血鬼の中でも『特殊』らしいんだ。1回の食事に吸う血が多すぎる。それこそ、普通の人間ならひと口で干枯らびちまうくらいにね」


『特殊』。その言葉にルカは反応し、ピクリと肩が反応する。


「…だから不死身のアンタに引き取ってほしいのさ。これ以上…この子に人を殺させない為にも」


カーミラと呼ばれた少女は後ろで俯いている。とても…痩せている。満足に血を飲んでいないのか。


暫く考えたあと、ルカはゆっくり首を縦に振った。


「………分かりました…でも、自分は冒険者です。あまり家に居れない身分なので定期的な食事というのは…とても…」


こんな少女を連れて裏ギルドの任務などとても無理である。危険すぎる。『代行者』の規約上、ミネルヴァさんにも自分が普通の冒険者ではないと告げてはいない…。どうしたものか…。


そうルカが頭を悩ませていると…

ドーーン。勢いよく扉が開いた。


「強盗だァァ!金を出せェェ!!」

なんと突然、ビュビュと片手剣を振り回した3人組の暴君が乗り込んできたのだ。前言撤回。とても治安の良い酒場とは嘘だった。


やれやれ何時だと思ってるんだ…と腰の魔弾銃に手をかけようとすると、

「待ちな」


ミネルヴァに手を停められた。


「いい機会だ。あの子の強さ、見てみるといい」


そういってミネルヴァはルカにウィンクをした。


「な…何話してんだォラァァァ!!」


動転した1人の暴君がルカの元へと突進する。片手剣を振り上げ、ルカの首を両断しようと振り下ろ……そうとした片手剣は、カーミラに片手で止められ、握り割られてしまった。


「…ひょぇ…」


強盗がか弱い声を出すのと同時に、カーミラの拳は強盗の腹部へと刺さり、不憫な強盗は勢いよく吹っ飛んだ。そのまま酒場の扉を突き破り、向かいの川へと転げ落ちて行った…。


「な…何しやがる!!」


吹き飛ばされた仲間を見て、やけくそになった強盗がカーミラに同時に襲いかかる。


突進してきた1人を両手で抑えるも、武器を片手剣から小銃に変えたもう1人の強盗は、カーミラの腹部に向かって弾丸を発射する。


当たる…!そう思いルカが席から立ち上がった瞬間、カーミラの背中から紅色の片翼が飛び出した。まるで血で出来たようなその翼は、カーミラの体を覆い弾丸を防ぐ。そして、翼を仰ぐことによって生まれた推進力で勢いよく前方へ飛び出したカーミラは強盗2人の腹部に鋭く拳をねじ込ませた。


声も出すことなく店の外へと吹き飛ばされ、そのまま強盗は星となった……。


ふぅ、と口から息を吐き構えを解く。背中に展開していた紅色の翼はパァンと破裂するように空気中に霧散した。


「……………!…」


はっと我に帰り、扉が木っ端微塵になっていることに気づいたカーミラはミネルヴァに深々と頭を下げ謝罪をする。


「…ごめんなさい…………」


「別にいーわよ扉の一つ二つ。

それより、ルカ。どう?あの子…強いでしょ?」


…確かに強かった。冒険者にでもなればすぐにsクラスまでは行けるような実力がある。というか僕の身体能力を遥かに上回っている。この実力なら裏仕事に連れて行っても問題は無さそうだ…。


「強い…ですねぇ………」


ルカが感嘆したその時、頭を下げていたカーミラはガタン、と突然膝から崩れ落ちた。


「!?!」


「血が足りなくなったか!」


急いでカーミラに近寄るルカとストックされた血を取りに行くミネルヴァ。


「大丈夫か…!?」


「あ…う………」


ルカの腕の中で横たわるカーミラは先程よりもずっとやせ細っていて弱々しい。先程の攻撃で力を使ってしまったのだろうか。彼女から血の気が引いていく。


「血が…血が足りないんだな?」


急いでシャツの腕を捲り、爪でガリッと皮膚を抉る。そして流れ出てきた血をカーミラの口に当てるが、カーミラは飲もうとしない。人を殺すことにトラウマがあるのだろう。仕方ない。ルカは優しく頭を撫でながら呟いた。


「大丈夫。僕は不死身だから。だから…好きなだけ飲んでいいんだよ…」


拒否していたカーミラの力が少し弱まったのを感じ、滴り落ちる血液を口に強引に入れる。

カーミラは弱々しくルカの傷口に口を当て、ちゅうちゅう、と血を吸っていく。


だんだんと肌に生気が戻っていくカーミラと対照的に、だんだんと細くなっていくルカ。


ぷはぁと血を満足に吸い尽くしたカーミラ。その顔は少し紅潮して色っぽく、痩せていた体も瑞々しくなってきた。


「美味しい…血………久しぶり……」


瞳が少しトロンとしたカーミラは動かなくなったルカに抱きつく。


「………ありがとう………こんなに……美味しい……」


干からびていたルカの体は赤い血煙の放出と共にみるみる回復していき、その血煙が晴れると、中から元々の姿と変わらぬ平穏無事なルカが現れた。


目を覚ましたルカは自分の体に抱きつき、涙を流すカーミラに少し驚きながら、


「よかった…元気になった…かな」


抱きつくカーミラの体にそっと手を当て、ポンポンと肩を叩く。



「………やっぱりアンタに任せて正解だったみたいだね」


奥の部屋からとても小さな血液の小瓶を持ってきたミネルヴァはカーミラとルカの様子を見て嬉しそうに表情を崩す。


「その子を…カーミラを頼んでもいいかい?あんまり喋らない子だけど、アンタと一緒にいるその子、とっても幸せそうだよ」


「…わかりました」


そう返事したルカの腕の中では、幸せそうな顔をしたカーミラが眠っていた。




………場所は変わって深夜4時、聖カンパネラ聖堂 某所。


「嗚呼……嗚呼…!!!女神エストリルよ…!!!貴女に贄を捧げます…どうか…どうか私を…!貴女の…お傍にッッ…!!!!」


ローブを身につけた狂信者は声高らかに女神へと祈る。まるで悪魔礼拝のようなその祈りには、狂気と悲哀が混ざっているに聞こえる。


エストリル王国の上空に広がる不穏な黒雲の切れ間からふっと指した月光によって聖堂内は照らされた。

女神エストリルを象ったステンドグラスから入って来た光は、恐るべきものを照らす。

なんと、そこには。天井から首を吊られ無惨な姿で捧げられた人間が大量にいたのだった………。

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