十月三十二日:議論

 十月三十二日が来た。


『編入生』が部屋を出ると、『先輩』が立っていた。

「起きられたんだな」

「起きられたというか、寝られなかったというか」

「学園長が殺された」

「殺されてたって……」

「議論はロビーに集まってやるらしい。行くぞ」


 静まり返ったロビーには十二脚の椅子が並べてあった。

「遺体は教会に移動したよ。昨日と同じ噛み傷だ」

 そう言った『生物部』の後ろで、『保健委員』がしゃくり上げながら一枚の紙を取り出した。

「学園長の遺書がありました……」

『先輩』がそれを受け取って読み上げる。

「神様はいつも見守ってくれています。どうか希望を捨てないでください、か……」


「神がいるならこんなこと起こるかよ」

『元バスケ部』が吐き捨てるように言った。『剣道部』がため息をつきまじりに首を振った。

「許してやってくれ。ケガで部活をやめるまではあんな風じゃなかったんだ」

『先輩』は曖昧に頷いた。


「よし、全員揃ったことだし、始めるか」

『文芸部』の声に、十二人の生徒は一斉に椅子を引いた。



【第一回目 議論開始】




『編入生』が言った。

「ええっと、結局議論で怪しい人物をひとり決めて、投票して、処刑すればいいんだよな」

 隣に座る『先輩』が頷く。

「あぁ、人間たちは人狼を全員処刑すれば勝利。人狼たちは人間の数と自分たちの数が同じになれば勝利だ。人間と狼が二対一でも、夜の襲撃と翌日で必ずひとりずつ殺せるから、その時点で人狼の勝利になる」


『保健委員』が遠慮がちに手を挙げた。

「処刑って、まさか僕たちの手で誰か殺すんですか」

『風紀委員』が声を張り上げる。

「学園長の話を聞かなかったのか? 投票で選ばれた人間はゲーム終了時に自然死すると言われただろう」

「都合いい話だけど、手を汚さなくていいのは助かるね」

『吹奏楽部』が肩を竦めた。



「俺、話していいか?」

『映研部』が立ち上がった。

「昨日、学園長の前でカードを選んだ。俺は占い師だった」

「占い師って……」

『編入生』の呟きに『先輩』が小声で返す。

「毎晩ひとり選んで、相手が人間か人狼か知ることができる役職だ。ちゃんと説明は聞いておけ」


『映研部』がひとりの生徒を指した。

「昨日の朝遅れてきた奴の中からひとり占った。『図書委員』は人間だったぜ」



「それが本当なら喜べたんだが……」

 潔白を言い渡されたはずの『図書委員』は暗い表情で立ち上がった。

「占い師のカードを受け取ったのは俺だ」


「占い師がふたり?」

『編入生』が呟き、『保健委員』が明るい声を出した。

「二倍早く人狼が見つかるってことですね!」

「馬鹿!どっちかが偽物だってことだ!」

『風紀委員』が怒鳴るのを横目に、『図書委員』が言った。


「俺が占ったのは『文芸部』だ。人間だった」

「当たり前だろ」と『文芸部』が歯を見せて笑う。

「疑いが晴れたところで、先輩としてみんなを導いてやれ」

『保健委員』が「同じ三年生じゃ……」とふたりを見比べた。

「こいつは留年してる」

「あっ、バラしやがった」



「留年よりもっとマズいことがあるよ」

 騒ぎを横目に見ていた『生物部』が立ち上がった。

「ふたりとも偽物だ。占い師のカードを引いたのはボクだから」

 全員が息を呑む。

「ボクが占ったのも『文芸部』なんだ。あの状況で一番落ち着いて見えたから。結果は人間だったよ」

「おれ、疑われてんなぁ」

『文芸部』は肩を竦めた。



「占い師が三人ってことは、全員順番に処刑すれば終わるよな。人狼は二匹だから、ひとり本物で後は人狼だろ?」

『編入生』の背を『先輩』が叩く。

「馬鹿!人狼以外の敵の話も聞いただろ。人間だが人狼に味方する奴がいる。嘘の報告で議論を惑わし、占われても処刑されても人間と出る厄介な存在。それが狂人だ」



「俺も占い師全員処刑に賛成だぜ。本物が死のうが、片付く人外の数のが多いんだ」

『元バスケ部』の言葉に、『剣道部』が返す。

「それもいずれ考えるべきだが、まだ情報の少ない初日にやることじゃない。霊能者がいるなら出てくれないか。まとめ役がほしい」


『美術部』が手を挙げた。

「俺が霊能者だ。わからない奴のために言うと処刑された者が人間か人狼がわかる」

 一瞥された『編入生』と『保健委員』は俯いた。

「お前が霊能者かよ」

『映研部』が笑い、『美術部』が眉をひそめる。

「幼馴染だろうと偽物だったら容赦しないからな」


「何か、みんな昔から仲良さそうでいいよな」

 小声で呟いた『編入生』に『先輩』は議論に集中しろと囁いた。



「えっと、今日は占いの誰かに投票するんですか?」

『保健委員』が言い、『風紀委員』が彼を睨む。


『吹奏楽部』が溜息をついて言った。

「もうさぁ、『編入生』と『保健委員』両方殺そうようよ。残しても役立たないし、後になって処刑の回数間に合わなくなったらどうすんの。何もわからないふりした狼かもしれないし」

「ごめんなさい、でも、狼じゃないです……」

『保健委員』が泣きそうな声で言った。

「俺も違う」と答えた『編入生』に、吹奏楽部が嘲笑を返した。

「じゃあ、何で議論の邪魔ばっかりすんの? 今日はこいつらのどっちか処刑で決まりね」



「俺はお前の方が怪しいと思うけどな」と、『先輩』が腕を組んで言った。

「こいつらは何とか話そうとしていたが、お前はほぼ会話に参加しなかった。それなのに、まとめ役の『美術部』を差し置いて議論をまとめた。自分に集まる票を別のとこにまとめたいだけなんじゃないか?」

『吹奏楽部』の反論を待たず、『美術部』が手を叩いた。

「もうすぐ投票時間だ。今日は各自が怪しいと思った人物に入れる。いいな?」



『編入生』は投票用の紙とペンを握りしめた。

「怪しいのは『吹奏楽部』だし、俺のことも疑ってる。でも、『保健委員』が本当に何もわからないふりをしてる狼だったら? 彼とばかり話してる『風紀委員』も気になる。それから急に霊能者に出るように言った『剣道部』も。どうすれば……」



【投票開始】

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