俺と僕の入れ替わり

「……翔馬の奴、何してたんだ」


 翔太は学校の階段を上がりながら無意識に呟いた。昇降口で人格が入れ替わった瞬間、体がふらつき膝から崩れ落ちそうになった。呼吸の荒さと額の汗から翔馬が走ったのは確かだ。時刻を確認するとホームルーム開始五分前。いつもは二十分前に着くのに翔馬は十五分も何をしていたのか。


 教室にはクラスの生徒ほぼ全員が来ていた。学校内で翔太の二重人格に気付いている人間は自分の知る限りいない。父からは「担任には伝えておいた方がいい」と言われたが拒否した。体育の授業を除けば人格は翔太なので、学校生活にはほとんど影響はない。そしてなりより、他人にはあまり知られたくない、というのが最大の理由だ。

 翔太は席に座り、隣にいる少女――佐倉麻衣まい一瞥いちべつした。翔馬とは記憶が共有されていないため、スマホのメモ帳で情報のやり取りを行なっている。翔馬は大半「特になし」なのだが三ヶ月前、興味深い情報をメモ帳に記していた。

 

 翔馬は別の高校に通う佐倉芽衣という少女と途中まで一緒に通学しているらしく、芽衣には双子の姉がいるという。その姉の名前は佐倉真衣。絶対とは言い切れないが同一人物と見て間違いないだろう。

 芽衣が翔馬――つまり自分――と真衣がクラスメイトであることを知っているのか。佐倉姉妹がお互いの情報を共有しているのか。どちらもイエスなら警戒しておく必要がある。現時点ではまだ二重人格のことはバレていない。とはいえ、油断は禁物だ。

 

 真衣は読書中だった。何度も見る光景。と、ふいに目が合った。


「……何?」

「あ、いや……何読んでるのかなぁって」


 本にはブックカバーがつけられている。真衣はページを開いたまま、抑揚よくようのない声で言った。


「『ジキル博士とハイド氏』……知ってる?」


 翔太はなぜかドキリとした。共通項があるからだろうか。


「……そりゃあ、有名な作品だし。読んだことがなくてもタイトル知ってる人は多いと思うよ」

「坂井君は読んだことある?」

「小学生のときにね。今は全然」

「そう……」


 真衣にはあまり関わらない方がいいかもしれない。そんなことを思ったところで、真衣は自らの口端こうたんを指差して翔太に言った。


「口、ご飯粒ついてる」

「ご飯粒?」

 

 翔太は左の口端に触れる。確かについていた。周りからかすかに笑い声が聞こえる。もう少し早く言ってほしかったが気付かなかった自分に非がある。家を出る前に父から指摘はされなかった。となると翔馬の仕業としか考えられない。だが翔馬が外で食事などするだろうか。


(……もしかして)


 ピンときた翔太は鞄を開き弁当箱を確認する。二つの弁当箱のうち片方が空になっていた。翔馬は父が余分に作った分を消化していたのか。学校に着くのが遅かったのはそれが原因だろう。下手をすれば遅刻だったが間に合ったのだから良しとしよう。

 

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