#43

 

「う、うめぇ……」


「それは良かったです」


 愛理さんの料理が美味しかったのか、がっついている。

 まあ正直愛理さんの飯は美味い。

 だから立凛のようになってしまうのも分かる。


「これ毎日食べてるのか貴様はぁあああ!」


「そうだな」


「たまーに凛斗さんが作ってくれますけど、基本私ですね」


「凛斗料理できる……だと」


「普通の誰でも作るようなやつだけどな。雪みたいにこんな完璧なのはできん」


「ん~じゃあ夕ご飯は凛斗さんに作ってもらいましょうか!」


「ナイスアイディア」


「おい」


 別に料理するのは面倒と思っているだけで嫌いじゃないが……

 どうせ拒否権など最初から存在しないので、仕方がない。


「そういえば、凛斗、雪っていつも呼び合ってるの?それぐらい自然なんだけど」


「いや本名呼びだな」


「私は本名ですけどねー」


 確かに苗字が雪上なので雪と呼んでも本名なんだよな……

 どちらの意味で言ったのかは分からないが、多分愛理さんのことだ。両方だろう。


「立凛さんと話しているとたまーに凛斗さんのこと間違えそうになるんですよね」


「まあ立凛にならバレても大丈夫だろう」


「そんなん言ってるといつか身バレするよ」


 正直俺は身バレしても個人勢なので、どうにかなる。

 本当にどうにもならないのは、愛理さんのような事務所勢だろうな。


「私は身バレしたら終わりですね、家的にも」


「もしかしなくても有名?」


「お答えできかねます」


 それは答えを言っているようなものだぞ。

 まあ有名と言っても多分恐らく立凛が思っている以上に有名だ。

 日本では知らない人がいないと言えるくらいには有名だろう。


「ちなみに顔写真とかネットにばら撒いたら……」


「首を飛ばしますね、物理的に」


「こっわー……」


「雪上愛理」で調べればネットに結構写真あるけどな……

 ちなみに気になって俺は調べたが、誰もVtuberだとは思っていなそうだった。

 まあVtuberの身バレなんか大体が声でバレるので、名前と顔だけでは分からないだろうし、雪姫雪花と雪上愛理ではテンションや声のトーンが全くといっていいほど違うので、言われたら多少気付くレベルだ。

 雪上愛理の趣味嗜好が公開されてれば分かるかもしれないが、別にそんな情報ないからな。

 愛理さんは用意周到だし、趣味嗜好ですら変えそうではあるけどな。


「……思えば凛斗さんが顔バレしたら困るんですけど」


「なんでだ?」


「次期当主の座があるんですよ?顔バレしてたら私も巻き添えでバレるじゃないですか」


「そうだな」


「そうだじゃないんですけど!?」


「じ、次期当主……」


 俺の人生の線路はもう雪上家によって思いっきり路線変更されたので逃げれない。


「まあこの話しててもしょうがないので、やめましょうかね」


「は、はい!」


「立凛さんはこれまで通り接してくださいね」


 愛理さんそれはちょっと怖いセリフだな……

 ラノベでありそうな、出会った人が位の高い人で、逆らえなかった時に相手の方から出てくる言葉だな。

 立凛は若干愛理さんに怯えながら、ゲームしたりして一日を過ごした。






「そういえば着替えってあります?」


 俺が夕飯の用意をしていると後ろの方から今日立凛を泊まらせる気満々の愛理さんの声が聞こえてきた。


「ないね、もう泊まらせる気だね」


「私のは……少し小さそうですし、凛斗さんのでも……いやでもなぁ……」


「私のこと裸で放置する気?」


「仕方ない、私の服を着させるしかないですね……お腹出ることになりそうですけど……いや、ダメだ!凛斗さんお腹フェチなの忘れるところだった」


 キャッチボールで剛速球のカーブを投げたらダメだぞ、愛理さん……

 背を向けているので、立凛と愛理さんの表情は分からないが、愛理さんは口角が上がってそうだし立凛は若干引いてる顔が見えてくる。


「余計なことは言わなくていい」


「凛斗……そうなんだ……」


「知らなくていい、というか10cmぐらいの違いならなんとかなるだろ」


「雪ちゃんのその胸の分を除いたら確かに違いはないかもしれないね……」


「そうですかねぇ……ちょっと着てみますか」


 そう言って愛理さんは、立凛を連れて行った。

 愛理さんは定期的に俺を話に巻き込もうとするから困る。

 それも触れづらかったり……

 傍から見たらからかっているようにしか見えないだろう。

 溜息をつきながら夕飯を作り、大方終わらせて盛り付けていると、二人が戻ってきた。


「飯できてるぞ」


「滅茶苦茶美味しそうなんだけど、おばあちゃんが作りそうな料理なのなに?」


「田舎育ちだからな、しょうがない」


「最高におばあちゃんの味とか家の味って感じなので好きなんですよねぇ」


 二人とも食卓に座ったので、俺も椅子に座った。


「「いただきまーす」」


 二人とも早く食べたかったのかすぐに食べ始めてしまった。

 多分味は大丈夫だと思うんだが……

 ここまで腕を振るって、作ったのなんか久しぶりだ。

 少し不安に思っていたが、そんなことは気にする必要がなかった。


「泣きそう……」


「えぇ……」


「少し違うけど、この味の優しさといい絶妙な野菜の柔らかさとか本当……はぁ、普通に昔を思い出して泣きそうになる」


 こんな反応をされるとは思ってもいなかった。

 反応に困ってしまうが……不味くないんだったら良かったし、なんか嬉しいな。


「凛斗は息子じゃなくてママだったか……」


「凛斗さん何か料理に混ぜました?」


「勘弁してくれ」


 一口一口を味わうようにして、食べていた。

 全員食べ終わり、俺が片付けようとしたら


「よっしゃー良いもん食べさせてもらったし片付けは私がやるわ!」


「客人にやらせるわけには……」


「お前は休んでろ!」


 立凛にソファーへ投げつけられ、片付けを始めてしまった。


「分担しましょう」


「ありがとう」


 二人で仕事を分担しながらさっさと片付けてしまった。


「しばらく帰ってなかったけど、今度実家帰るかー」


「あの料理でそこまでなるか」


「いやまあ結構普通に実家の料理食べたくなりますね」


「いやーにしても家事ができる夫婦羨ましいね、うちに持って行きたいわ」


「雪はダメだぞ」


「凛斗さんもダメです」


「持って行けないじゃん、まあしょうがないか……」


「結構がっかりしてるけど、別に立凛も家事できるだろ」


「私の汚部屋見てから言ってくれる?通路以外服やらなんやらが散らかってるけど」


 ゴミじゃないだけマシだろう……

 瑠璃の部屋は……思い出したくないな。

 通路以外はゴミ、ゴミ、ゴミ。

 ゴミしかなかった、あの悪臭に床や壁に染みついた落ちない汚れ、思い出すだけでも吐きそうな汚部屋よりはましだろう。

 あんなところに住んでいた瑠璃は本当マジで……

 もうそんなことは起こらないと信じている。


「まあ家事の話はやめにして、一番風呂の話をしましょうか」


「まず立凛じゃないか?」


「いや、私は残り湯でいいって」


「ダメだ」


「私が一番最後です、凛斗さんの残り湯を貰うので」


 その発言はどうかと思うぞ、愛理さん。

 俺と二人の時にその話をするなら別に構わないが、立凛もいるというのに……


「雪ちゃんって結構変態だよねー」


「推しの全てを得たいだけです」


「ダメだこりゃ……まあどうせいつもそんな感じなら雪ちゃんは最後でいいってことね」


「そうだな」


 最近は大人しくなったと思ったんだがな……

 愛理さんと会ったばかりの頃は言動が、変態のそれだったのが懐かしい。


「じゃあ凛斗は……」


「次でいいぞ」


「仕方がない、一緒に入る?お湯の節約になるし」


「はい?」


「冗談」


「次、変な冗談言ったら分かってますね?」


「はい……」


 愛理さんからこれまで感じたことないような殺気が出ていた。

 いやまあ俺も立凛に一緒に入るかなんか言われて驚いたが、それ以上に愛理さんが怖かった。


「私の許可なしにくっつくの禁止です」


「あ、雪が許可したらいいんだな、俺に人権なさそうだ」


「凛斗さんは私の所有物なんで」


「あ、立凛。所有物は本当だ、普通に雪の一言で俺の命飛ぶから」


「あ、あー……奴隷?」


 待遇がいいという以外立場としてはただの人以下というしかないだろうな。

 親の会社の借金を盾にされては仕方がない。

 正直なところを言うと待遇が良かろうが悪かろうが俺に選択権というものは存在しないのだ。

 ま考えたらどちらかというと親に売り飛ばされた使用人という感じなのかもしれない。

 使用人らしいことは一切したことがないが。


「使用人のほうが近いかもしれないな」


「凛斗さんが使用人なら私は禁断の恋をしてるってことですか!」


「……凛斗も大変そうだねぇ」


 立凛の顔に呆れの表情が浮かび上がっている。

 全くもってその通りだ。


「じゃあまず立凛さん、次に凛斗さん。で、最後に私で」


「おっけー、じゃあ入って……下着どうしよ……」


「まだ服屋でもなんでも開いてるだろ……」


「雪ちゃん案内してくれる?」


「はーい、凛斗さんは良い子にお留守番してるんですよ~」


「俺は小学生じゃないんだぞ」


 愛理さんは立凛を連れて、部屋を出た。

 やっと落ち着いたので、少し気休め程度に休む時間ができた。






「雪ちゃんエロ過ぎて普通に鼻血出るかと思った」


「私より私の幼馴染のほうがどちゃくそエロいですよ」


「マジで?気になるわ」


 二人で風呂あがって出てきたと思えば、何とも反応しづらい会話を繰り広げていた。

 さっき下着を買ってきた二人が帰ってきたと思ったら何故か二人で入ることに決めていた。


「これがその幼馴染なんですけど……」


「……え?同い年?」


「はい」


「美」


「はい?」


「これは見た瞬間理性の箍が外れるというか存在したらダメじゃない?」


「それは思います」


 多分紀里の事なんだろうと思いながら、二人の会話を聞いていた。

 愛理さんはなんというかまだラノベで出てきそうな可愛くてスタイルのいい美少女。

 紀里はラノベで出てくるかもしれないが、どちらかというと『美』。他に欠点がないか探したくなるほどのレベルではある。

 愛理さんと紀里が並んだ時のこの世ではない感は、否めない。

 まあ正直なところを言うと俺は愛理さんの性格と言動に惹かれたような気がする。

 なのでどっちのほうが好きと考えてしまうと、天秤が最初から大幅に傾いたままの意見を述べることになってしまうので俺は、客観的に見たそのままの感想を述べる。


「ちなみに凛斗さんはこの人に踏まれたりドMプレイしてますよ」


「望んでしているわけでもないし、まずまずあいつが勝手にやってることだろ!」


「美少女の無駄遣い。まあ凛斗も顔がいいから絵になるけどこうなんていうかなかなか凄いね……写真撮って美術館に飾ったら何かの展示品と間違えられるんじゃない?」


「そんなわけないだろう」


「まあ、もう絶対にやらせませんけど」


 愛理さんのおかげで紀里に踏まれたりはなくなったからか、一瞬だけ懐かしく感じてしまった。

 いや懐かしく感じるのは正解なのかもしれないが、思い出すべきことではないような気がする。

 というか今考えればあれ俺が灰羅と瑠璃と仲良くしていたのが気に食わなかったかそれに近い理由でされていたのだろうな。

 用は、あれはただのブラコンによる理不尽極まりない行為だということになるな。

 今だったら紀里を殴ることができるだろうか?

 ……いや普通に殴り返されるか永眠することになるな。

 馬鹿なことは考えないほうが身の為か。






 立凛、愛理さん、俺は愛理さんのPCの前に座っていた。


「じゃ、始めますよ」


 愛理さんが配信開始ボタンを押してオープニングを流した。

 立凛を見てみると、緊張しているのか固まっていた。


「はーい、こんゆきー」


『『こんゆきー』』


「今夜はゲストにならないゲストが一人そして本当にゲストになる人が来てるよ」


「まあ俺はゲストにならないか」


 いつもというわけではないが最近は高確率で俺が呼び出されているので、ゲストにならない。


「こんゆきーゲストにならないゲストの親でーす」


「立凛さんでーす、今日は三人で配信でーす」


「よろしくでーす」


 どういうノリなんだこれは。

 俺は良く分からず何もできずにいた。


「いやーまさか私も雪ちゃんの配信に来ることになるとは思ってもなかったねぇ」


「いや~凛斗親衛隊としてやっぱり来てもらわないと」


「なんだそれは」


「初期から見守ってるメンバーなんで間違ったことは言ってないはずですけど?」


 それはそうだが……

 本当に初期メンなのであっているし、ずっと配信にいてくれた二人だからあってるんだが……

 どう扱えばいいのか分からないが、雪花の配信で適当なこと言うと面倒なことにもなりそうだから勘弁してほしい所ではある。


「今日は凛斗さんを語る会か、立凛さんを語る会か、普通に雑談ですけどどうします?」


「それはもちろん普通に雑だ……」


「凛斗を語る会でもいいけど、配信映えしなさそう」


「うんそれ本人の前で言わないほうがいいぞ。心にクリティカルヒットしたぞ」


「なので立凛さんを語る会……」


「凛斗よりはマシかもしれないけど、酷いと思うなぁ」


 こいつら俺を泣かすつもりなんだろうか?

 思っていたよりも扱いが酷いうえに、いちいち辛辣なのが余計心を刺してくる。


「まあ普通に今日したことでも適当に話します?」


「まあそれが一番平和的で色々と話せるからね」


「前座として俺を殴るなよ」


「いや~良いサンドバッグがあったら殴りたくなるよねー」


 良い笑顔で俺の方を見ながらそう言った。

 要は俺は都合のいいサンドバッグということか。

 俺ってあまり立場がないよな……

 まともな立場を与えられたことがあるかと考えてみるが、あまり……ほとんどないんじゃないか?

 そう思えるくらいにはないと言えるだろうな。


「まず最初会った時の話でもするかね。凛斗は会ったことがあったから今回は別に言わないけど、雪ちゃんは……見たとき綺麗可愛い舐め回したいと思うくらいだったね。うん」


「気持ち悪いな」


「いやまあ私、凛斗さんと初めて会ったとき……カッコイイ!でも反応可愛い!食べたい!てなってた」


「お、おう……」


 ツッコミを入れようとしても二対一では、中々かない様がないというか……

 コメ欄をチラッと見てみたが、ツッコミが役に立たないせいでツッコミ不在とまで言われている。


「配信見てた時はこいつが凛斗の推しかと思っていたけど、普通に私も推しそうになったわ」


「雪良いよな」


「まあ推しとか言ってるくせに、私が参加して声出しても一切気が付く気配なかったのはいまだに許してませんけどね」


「いやまあなんか凄い既視感は覚えてたけどな」


 コメ欄からも『最低』だの『ダメだこいつ』だの言われている。

 既視感は覚えていたが、誰か分からないという感じだったので雪姫雪花だとは一切思っていなかった。


「ファン失格です。でも、私が雪姫雪花って言ったらどうなるのかなーっていう期待はあったので許します」


「良かったね」


「そういう立凛はどうなんだ」


「ん?いやまさかねーと思ってたぐらい」


 ……あの時の俺は本当に馬鹿だったのかもしれない。

 いやまさかそんなことあるわけないとすら思ってもいなかった俺は本当にファン失格なのかもしれない。

 勝手に一人で萎えそうになった。


「脱線したから話戻すけど、二人に会って顔いいなって思ってたら雪ちゃんから大金渡されそうになってお嬢様感じたよね」


「あれは正当な対価です」


「そういうことじゃないと思うぞ。お嬢様感じるのは分かる」


「ヒモになりてぇってなったけど、どっかの誰かさんが先に居たんだよねぇ」


「残念だったな」


 俺は愛理さんに一生養ってもらう。

 人間は一度天を見てしまうともう戻れないからな。


「で、今日は何するのかなーって思ってたら二人とも何も決めてなくてさ」


「雪が会いたいって言っただけだからな」


「まあその時に決めたらいいかなって思ってたので」


「そしたら二人の家に行くことになったんだよね」


「何もしないで解散じゃ面白くないですし、ご飯食べるだけってのもちょっと違うなーって思ったので」


 まさか立凛がうちに来るとは思ってもいなかった。

 あの切り替えの早さはまだ覚えている。


「実際行ったら貧富の差を感じたんだよね。金持ちって羨ましいって」


「siveaの奴隷になったらお給料弾みますよ」


「勘弁してください」


 本当に嫌そうな顔をしている。

 今のsiveaはブラックではないが、あそこで働くとなると責任感に追われるからな……

 昔はどうだったかって?残業は当たり前だし、終わらないとニコニコの社長が横に座ることになるからな……

 鬼畜上司や鬼よりも怖いかもしれない。

 トントン拍子で話が進んでいく。


「で、それから何も知らずにオフ会がしたいって話になったんでしたっけ?」


「そうだね、多分そしたら皆が皆驚いてハチャメチャなことになったかもねって」


「……あとは立凛さんが凛斗さんのことをお持ち帰りしそうだという話とか」


「あれはただの偏見じゃん」


「でも立凛さんがそうじゃなくても、凛斗さんは狙われやすいので、ちゃんと見ておかないといつの間にかホテルの中かもしれないのが怖い所ですね」


「まーそれは確かにねぇ……」


「それも偏見だろ」


「偏見……偏見ねぇ……」


 二人はそんなことないと言いたそうな顔をしている。

 ……心当たりというかなんというか近しいものは思い出したくないがあるが、それを言っては愛理さんに色々と言われそうなので俺は黙っている。


「……まあ、それから少ししたらお昼になったんでしたっけ」


「雪ちゃんのご飯マジで美味しかった。レストランの料理食った感じ。でもそれ以上に凛斗の夕飯が印象的だったなー」


『凛斗飯作れるのか』とか俺が飯を作れることに対して驚きの声がちらほらと見える。

 まあいつもは愛理さんのヒモムーブしているからな。

 何もできないと思われていても不思議ではない。


「マジ実家の味。お前ら凛斗の飯食ったら全員泣くぞ」


「本当に実家の味なんですよね」


「まあ美味しいならいいんだが」


「今度凛斗の飯食べるだけの会でも開く?」


「阿保か、やるわけないだろ」


「リスナーの胃を掴んでいくスタイルの配信者ですか……」


 本当にし始めたリスナーも出てきてしまった。

 俺はやる気がないのでやらないぞ。

 本当にやることになったら何百人分作らされることになるんだか……


「胃を掴まれた辺りで、お風呂に入ることになったんだけど、雪ちゃんは変態だったけどスタイル良いしエロ過ぎて鼻血出すところだった」


「立凛さんもいいほうなんですよね。身長高いし」


「おい凛斗羨ましいぞ。あの体触りたい放題なんて」


「勘弁してくれ」


 コメ欄は盛り上がっているが俺は頭が痛い案件である。

 確かに愛理さんのスタイルがいいのは認めるしかないというか認めさせていただくが、女性がそんな話をしていると、それに関して触れるのは中々男にはつらい。


「だからヘタレなんだろうねぇ……そう思わない?雪ちゃん」


「全くその通りです」


「はい……」


 何も言えない……

 事実ヘタレなのは俺も自覚しているからだ。


「と、配信が始まるまではこんな感じ」


「ん?面白いコメントがありましたね『寝る時どうするの?』。そりゃ勿論川の字じゃないですか?」


「俺はソファーで寝るからな、それにベッドに三人も入らないだろ」


「え?両端の二人が真ん中の人に抱き着いたら寝れますよ」


 嫌な予感がしたし、普通に考えて俺はソファーで寝るべきだと思ったので言ったのだが不味い方向に流れている気がする。

 勿論配信の中だけの冗談かもしれないが、愛理さんは冗談で済まさない時があるからな。

 特に俺をからかうときとか。


「真ん中は雪か」


「面白い事言うようになったね凛斗」


「俺は何が何でもソファーで寝るからな」


「ハーレムしなくていいんですか?」


「しなくていい。俺は雪だけがいい」


「それは照れますね~えへへ」


「こいつらぁ……」


 立凛は呆れたような顔をしていた。

 コメ欄も『イチャイチャすんな』とか『甘すぎる』というコメントが目立つ。


「いつもこんな感じなの?」


「凛斗さんたまーに言ってきますよ。そのおかげで心臓に悪いんですけど」


「うわぁやってるわ」


「やってるわってなんだよ」


 心に思った事を言って何が悪い。

 普通に恥ずかしいのであまり言わないだけだが、喜ぶ愛理さんの姿を見ると言ってやりたくなるんだよな。

 ただ最近は羞恥心がだんだんと消えているような気がしている。


「あ、やば……」


「ん?」


『練習サボって何イチャイチャしてんの』


 愛理さんがモニターに向かって指を指したので何事かと見てみると、コメ欄に希華がいた。


「確か今練習中だよな?」


『休憩中、みんなで見てる』


「何してるんですか……」


『イチャイチャすんなって、イチャイチャするくらいならさっさとこっち来いって』


「今日はおやすみでーす」


 正直一日やらないだけでかなりプレイには影響するタイプなので、本当は毎日しなければならないのだが、立凛放置してゲームするのも変なので今日は二人して休むことにした。

 連日続けてやっていたのでやっと休めるという感じだった。


「そういえば凛斗って大会初めてだよね」


「そうだな、普通に緊張してる」


『オンライン大会で良かったね、オフラインだったら面倒くさいから』


「プロがそんなこと言って大丈夫なんですか……」


『めんどい、ただその一言』


「会場行ってリハーサルやって、本番やって何度も行ったり来たり本当オフラインは……」


 そういえば愛理さんは何度もライブやってたな……

 ライブ終わりには『もう配信したくなーい』ってよく呟いていた気がする。


「ライブとか本当面倒くさそうだな」


『マジで面倒。凛斗も一回経験したほうがいい』


『オフライン大会来る?』


「勘弁してください」


「凛斗さんをどこかに連れて行くことできませんかねぇ……事務所所属だったら無理矢理連れて行くこともできたのに」


 個人勢の特権ではあるが、普通の配信者だったら是非と言うだろうな。

 自分の名前を広める絶好の機会ではあるが、俺は別に伸びたくて配信をやっているわけではない。

 なので別に出る必要がない。


「凛斗さん確定で入れる大会かライブ開きますか」


「伝手でもあるの?」


「ちょっと待て、雪は本当に出来るからやめてくれ」


『人手足りなかったら連絡くれれば何とかするよ』


『個人なら結構知り合いいるし、事務所所属も出ていいならうちからも』


「乗り気なのやめないか?」


「よっしゃー私も頑張るかー」


 愛理さんが本気になったら本当に実現してしまうし、プロゲーマーや有名な配信者が連れてくる人なんておこがましくて話すこともできないような人を連れてきそうで困るんだが。


「取り合えず色々やることになったから、リスナーの皆もよろしくねー」


「待て、このまま終わったらガチみたいな……」


「ガチなんで。じゃ、おつゆきー」


「おつゆきー」


「おいちょま……」


 愛理さんが俺の言葉を無視するかのように、配信をやめてしまった。

 しばらくはコメ欄が流れるので見ていると、本気にしているリスナーが結構いて困るんだが。


「ほ、本当にやるのか?」


「やりますよ。スポンサーは無限に確保することできますし、うちの名前使えば会場も色々な場所取れると思いますよ」


「顔出しするんだったら、私に相談してね。衣装用意できる会社にいるし。それに私から大きめで有名な会社が参加する企画案出せたら給料上がるし」


 愛理さんも立凛もやる気満々だ。

 まあ立凛の場合は給料目的な気がしないでもないが……

 しばらく父さんの会社にでも逃げようか……

 雪上家の名前使ったらもしかすると一年以内というか半年以内には本当にできかねん。


「大会終わったら、企画書作ってお父さんに話さないと」


「顔出しさせるの?」


「どういう内容にするかにもよりますね。取り合えずどっちでも行ける方針で」


「おっけー話進んだら私に連絡してね。こっちも社長に訊いてみるから」


「了解です。一応後で会社名だけ教えてもらっていいですか?」


「了解。おっ金お金~」


 やっぱりどこかに逃げようか……

 どこに逃げるのが一番安全で楽だろうか……

 どこにいても雪上家から逃げることは不可能に等しいかもしれないが。


「まあ今はオフ会を楽しみましょうかね」


「怖いって……」


「さて川の字か」


「俺はソファーだって言っただろ」


 配信の後片付けを終えた愛理さんと立凛を無理矢理寝室へ連れて行き、中に入れたあとそのまま逃げるように自室へ籠った。

 ソファーで寝たほうがまだ体が痛くなくて済むが、よくよく考えたらあの二人になにされるか分からないし、逃げるのなら自室のほうがいいと思いソファーは諦めた。


「DMがうるせぇ……」


 スマホの通知が鳴りやまない。

 こうやって発表だったり重要な時以外DMが来ないので通知を切っていないことが仇になった。

 多分さっきの配信の詳細を訊きたい人間のDMなんだろうが俺も知らんからな。

 スマホの通知を切って、椅子にもたれかかった。


「はぁ……」


 ああいう愛理さんの勢いは好きだし、勢いで新しいことを知ることができるのはいいんだがいかんせん面倒くさい。

 今回の大会は参加する人はまったく緩くないが、大会のノリは緩い。

 でもまあもし本当にやることになったら全力でやるか……

 ちなみにどんな形であろうと絶対に愛理さんは出してやる……

 まだ確定してないことを考えても、疲れるだけだな。

 疲れていたのか、そのまま目を瞑って少ししたら寝てしまった。






「やりすぎちゃいましたかね?」


 途中一瞬だけ本当に嫌そうな顔を見せたから不安になった。


「まあいいんじゃない?どうせ凛斗、雪ちゃんが引っ張らないと何もしないだろうし」


「やっぱり樹さんって自分から物事をするような人じゃないですよね」


「まあそうだね……最初の頃とか大丈夫かこいつって思ってたけどこっちが勝手にやればちゃんとやってくれるから引っ張っていかないとなぁなんて思ってたし」


 大会とか自分から絶対に出ないので、今回はいい機会になると思って無理矢理入れた。

 立凛さんの言う通り、こっちが引っ張ればついて来てくれる人。

 だからこそ無理矢理にでも私はライブなり大会なり開く。


「よくよく考えればヘタレなのってそこら辺からきてそうだね」


「……誘っても襲ってこないんで多分あれは性欲が理性に勝てないだけです」


「思春期のくせに我慢を覚えるなんてねぇ……」


「まあ最近は崩れかかっているので、多分もう少ししたらダムが崩れますよ」


 最近はちょっと突っついただけで、逃げようとするからもうそろそろだと思ってる。

 会った頃は、まだ耐えてる感じであれはあれで可愛かったけど今は照れが表に出てきてそれはそれで可愛いと思ってる。


「雪ちゃん的にはいいんだね……」


「他の人にホイホイついて行くような人とは思ってませんけど、他の女に取られるの絶対に嫌なのでやっぱり手を付けておきたいですよね」


「ラブラブだねぇ~」


「立凛さんはいないんですか?そういう人」


「んー女の子にはモテるんだけどねぇ……」


 立凛さんは高身長で雰囲気的にはどちらかというと白馬の王子様系。

 壁ドンして顎クイしたら堕ちそうな女の子は結構いると思う。

 でも性格が黒みたいな食い散らかしてそうな性格なので、微妙なラインではある。

 まあ女の子もイケるタイプだったら知らないけど。

 そういえば樹さんの幼馴染似の各務さんの初恋の人も王子様系で売っていたような記憶がある。


「いい人に会えるといいですね」


「ん~まあ一生独身でもいいんだけどね」


「結婚したり恋人になったりが面倒くさいタイプですか?」


「まあね。一人でいたいときも多いし絵描く時とか集中したいから」


「いい感じの距離感の人に出会うのって難しいですよね」


 私の場合は親が許嫁を勝手に用意していたけれど、それが樹さんで本当に良かったと思っている。

 他の人だったら家族と縁を切ってでも逃げただろうなぁ……

 まあお父さんだったら嫌だって言ったらやめてくれるからそんなことする必要はないかもしれないけど。


「普通に雪ちゃんが羨ましいよ。推しが自分の事推してて付き合えるんでしょ?最高じゃん」


「それは凛斗さんもそうなんですよね~まあ立凛さんだから言いますけど、実は許嫁なんですよね」


「はぇ~金持ちの家は結婚まで強制されるのか……まあ凛斗で良かったね」


「推しを毎日見れて養える。そして可愛がれるしからかえるし最高か」


「羨ましいなぁ……」


 人生の中で一番幸せな時間がこれからも続くって考えると本当運が良かったと思う。

 今回の件で嫌われなければいいんだけど……

 樹さんに嫌われたらどうすればいいのか分からなくなってしまいそう。

 立凛さんが私の頭を撫でてきた。


「まあ大丈夫だよ」


「私そんなに顔に出てましたか?」


「うん、結構出てたね」


「凛斗さんにもよく顔に出てるって思われてるのかなぁ……」


「いや気づいてないでしょ」


 樹さんはあまり気付かない俗に言う鈍感タイプだからなぁ……

 私がどれだけ推してます!好きです!というのを遠回りに言ってもまったく気づかなかった頃が懐かしい。

 あの時配信にいた立凛さんは呆れてたような気がする。


「雪ちゃんが可哀そうだなぁ」


「まったく鈍感ヘタレで困りますよ。まあ偶に察しがいいからよくないんですけど」


「好きにした女の子をさらに好きにするのはちょっとよろしくないね。まあ単に雪ちゃんがそういう人が好きなのかもしれないけど」


「凛斗さんじゃないと好きになれません」


「ダメだこりゃ」


 バカップルが過ぎると言いたげな呆れ顔をしていた。

 異性としてここまで意識したのは樹さんが初めてだし……


「まあ凛斗さんの初恋が私じゃないのは不満ですけど」


「そうなんだ、初恋かぁ」


「立凛さんはどうなんですか?」


「好きな人はいたけどねぇ……身長小さくて可愛い系が好きだったからね。あはは……」


 乾いた笑いが聞こえる。

 絶対に言わないけれど、立凛さんの見た目だけで言うと恋愛物の負けヒロインという感じがする。

 いい人と出会えるように心から願う。


「凛斗さんは世話が焼けるタイプが好きなんだろうなぁ」


「なんだかんだ言って家事とか好きそうだもんね」


「でも、面倒くさいから養われたいタイプでもあるんでしょうねぇ」


「めんどくさ……」


 私が風邪ひいたときとか心配してくれてたけど、世話焼きなところが出てたのか落ち着いてたしなぁ。

 本当に面倒くさいタイプだけどそういうところが好きになちゃった私も大概である。


「雪ちゃんもそんな感じでしょ?」


「分かります?」


「羨ましいわ。そんなこと普通あり得ないもん」


 本当にそう思う。

 私も許嫁がここまで相性いいと思ってなかったし、一緒に住んでて苦にならない人がいるとは思わなかった。

 まあ一緒に住んでるせいで、青春って感じの恋が絶妙に出来てないのはちょっと悔しいけど、それ以上の恋愛ができてるとは思う。

 ……でもやっぱり学校でしか会えなくて、通話とかで気を紛らわそうとしてもどうしても会いたくなっちゃうという感覚は知りたかったかもしれない。


「雪ちゃんは眠くない?」


「立凛さんが寝たら寝ようかなって思ってますけど」


「じゃあもうちょっと喋ろっか」


 恋愛の話をしていたら全然寝れなくてかなりの間喋ることになってしまった。

 こういう体験ができて良かったなぁ。






 俺が起きても二人はまだ寝ていたのか部屋から出てこないので、先に飯を作っていた。


「遅かったな、飯できてるぞ」


 二人が寝室から出てきた。

 夜遅くまで起きていたのかまだ眠そうに欠伸をしている。


「朝ごはんまでごめんね」


「どうせだ、食ってけ」


「凛斗さん朝のキスは」


「いつもしてないだろ」


「……凛斗さんが寝てるだけですもん」


 少し恥ずかしそうに俺の知らないことを口にしていた。

 どうやら俺が朝寝ている間にキスされているらしい。

 いつも愛理さんのほうが先に起きているので、当然気付くことなどできない。

 まあ本当事なのか知らないが、単にキスしたくなったのでキスした。


「朝からイチャイチャしてんね」


「樹さんエネルギー満タン!……あっ」


「……おい」


 いつもの調子で愛理さんが喋ってしまったので、とうとう本名を言ってしまった。

 まあ正直いつかバレることだとは思っていたし、バレたところで立凛だから大丈夫だとは思っているからいいんだが。


「ふーん、まあ一回聞かなかったことにしてあげよっかなぁ」


「まあいつかボロ出るしもういいだろ。そんなことよりさっさと飯食ってしまえ」


「あんまり気にしてないんだね」


「まあいつか分かるだろって思ってたしな」


「樹さんにあとでお仕置きされちゃう」


「諦めてネタに昇華するな」


 愛理さんは諦めたのか、嬉しそうに冗談を言い始めた。

 これ以上面倒なことにならなければもうどうでもいいか。

 その後は、特に何か起きるわけでもなく朝食を食べた立凛はそのまま帰った。

 あと、愛理さんには本当に困る場面でボロを出さないように、釘を刺すように注意をするだけで終わらせた。

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