#34

 結局愛理さんに振り回され、一日中食べ物を腹に放り込まれた。

 腹が重たい。

 もう動きたくないと思えるほど、食った。


「愛理さんってそんなに胃が大きかったか……?」


「すべて別腹なのでおk」


「……こえぇ」


 流石にもう歩くことすらままならないので、旅館へ戻り休憩した。

 愛理さんにこんな醜態を見せることになるとは……と、思ったがあまりいつもと大差ないのでは?

 このパターンがなかっただけで、いつも通りなのでは……

 愛理さんの横に立つ人間として、もう少し気を引き締めていかなければならない。


「ん~ご飯まで時間ありますし、お風呂入るにしては早いですよね……」


「すまん、愛理さん」


「樹さんが悪いわけじゃないので気にしないでください。うーん……取り合えず配信しますかー」


 ああ、そういえば最近は俺も愛理さんも配信をしてなかったな。

 Vtuberとして活動しているのにそれはどうなんだろうと世間からは言われそうだが、これまでのように時間が有り余っているようなこともなければ、一人でいる孤独もなくなった。

 今の生活が充実しすぎている。

 家で一人配信をしていた理由は、今思えば愛理さんと喋るためという目標よりかは孤独を埋めるためだったのかもしれない。

 結果愛理さんと喋れてたという……

 これが夢なら一生夢を見ていた方がいいと思える。

 そんな生活を送れていることに、感謝しなければならない。


「こんゆきーおひさー」


 いつの間にか愛理さんはノーパソを机に置き配信を始めていた。


「今日は出先で配信してるよ~あ、勿論凛斗さんいるよー」


「一人で配信しててくれ……」


「凛斗さんも配信しないと怒られるよ?」


「誰にだよ」


「私と立凛さん」


 ……言い返せない。

 新人時代から支えてもらってるこの二人には、「神木凛斗」としては正直怒られても言い返すことはできない。


「凛斗さんとゲーム配信したかったけど、今日は我慢かなぁ」


「というか勝手にこんなことして怒られないのか?」


「siveaですよ?」


『siveaだからな』


『問題なし☆』


「なにやってんだ社長」


 Vtuberをアイドル売りしているところがこんな適当でいいのかと思うが……あの社長の事なのでまあ大丈夫だろうと判断したらあとは適当なんだろう。

 実際それで問題が起きないあたり、あの人の人望を物語っている。


「その自由な態度はいいとして、もし雪に何かあったら許さないからな」


『ひんっ』


「過保護レベルMax」


「大切な人は守りたいだけだ」


「……凛斗さん?配信中ですよ?」


『立ち入ってはいけない領域だった……』


『こんなイチャコラ見せつけられてる俺らの気持ちを考えてくれ……』


『あ……お……あぁ……(語彙力)』


 自分で言った言葉を思い出してみるとなかなかに酷いな。

 少なくとも配信中に言うセリフではないな。


「最近不意打ちが多くて困るんだよねぇ……」


「雪も増えてきてるがなぁ……?結構刺激えぐぐて理性に穴が開いてる」


「ぶっ壊れろー理性なんて吹っ飛んじまえー」


『同人誌展開キタコレ?』


「社長が何言ってるんだ……」


『同人誌展開キタコレ』

『同人誌展開サイコー』

『同人誌展開神か』


「立凛?黒さん?ツキ?」


 三人衆が集まりコメ欄の流れが尋常ではなくなった。

 頼むから人の枠で暴れるな……


「立凛さんのアレ最高でしたよ!」


『いいでしょ』


『何の話?』


『私が勝手に書いたエ〇同人誌』


『公開しろ買う何円だ』


 コメ欄が立凛の同人誌販売会に変わろうとしている。


「立凛さん?売りませんよね?あれは私達の中でえへえへしておけばいい物ですよね?」


『アッハイ……』


『ゆきちゃん今度見せてね?』


「黒はいいよ?今度うちくるしその時見せるね」


「おい、なに勝手にうちにあの呪物を呼び込もうとしている」


『呪物……』


「あーあ、黒泣いちゃったー凛斗さんの女泣かせー」


「酒飲みまくって吐くだけ吐いて帰ったやつを呪物以外で何と呼べと?」


「あーうーん……」


『すみませんでした……また吐きに行きます』


『エロ』


「俺はその変態コメント見逃してないからな」


 偶にいる人の嘔吐物で興奮する変態がこのコメ欄にも居た。

 T〇itterでも偶に見かけるがあいつらはどうして何があってそんな歪みに歪み切った性癖を持ち合わせているのか俺にはイマイチ理解できない。

 世の中様々な性癖を持ち合わせている人間がいることは分かるがなかなかに歪んでいると俺は思っているが、これはマシな方だと言われたら人間はどうなってんんだとドン引きできる自信がある。

 取り合えず変態コメには、これ以上触れないことにした。


「また吐きに来たら人の家に上がるときの教育をしないといけないようだな」


「『エロ』」


「雪?黒さん?お前ら脳みそ真っピンクなのか?」


「家で教育はエロいじゃん」


『エロ過ぎて身を差し出したくなったわ』


「黒さん?そんな性癖持ってたのか?」


 ダメだこれ以上何を話してもこの二人によって性癖の話に持って行かれる気がする。

 俺の周りはどうしてこうも歪んだ人しかいないんだろうか。

 類は友を呼ぶというがまさか気づいてないだけで俺もそっち側の人間なのか?

 気付きたくなかったことを気付いてしまった気がする。


「凛斗さんいじってるときが一番楽しい」


『異論は認めない』

『うんうん』


「雪はまだしも残りのお前ら覚えておけよ」


『俺らの命も危ない感じ?』

『やばそう』

『逃げる?』


「画面越しだからって逃げられると思うなよ」


「凛斗さんのそのセリフは洒落にならないって……」


『あーまずい』

『私達はもう終わりだね』

『うーん、何か逃れる方法は……』

『無理だよ社長』


 俺と面識のある四人は、諦めの道を選んでいるらしい。

 本当に逃がさないかと言われたらただの冗談なので別に気にも留めないが、愛理さんに害を与える存在は逃がさん。

 死んでも追いかけてやる。


「凛斗さんが悪い顔してる……」


「顔に出てたか?」


「そりゃもうばっちり」


『終わった……』

『この人生一片の悔いあり』


「悔いあったら死のうとするな」


『いや~凛斗に目を付けられたら終わりだってばっちゃがいってた』


「未来でも見えたのかそのばっちゃは」


「日本に古くから伝わる妖怪か何かだったの?」


「んなわけ」


 もしそうだったら自分が怖くて寝れないわ。


「まあこんなヘタレが妖怪だったら日本は平和だね」


「雪?急に包丁で刺してくるのやめてくれないか?痛いぞ」


『ヘタレ』

『ゆきちゃんがかわいそー』


「痛い所を……」


「もっと愛情が欲しい」


「まだ足りないのか……」


「女子なんか愛に飢えてる生物だもん、一生愛を注いでくれないと死んじゃう生物なんだよ?」


 そうなのか……

 俺は知らないほうがいい事をを今知った。

 俺と愛理さんでボケたりツッコんだり普通に雑談したり、いつもより楽しく雑談配信をした。


「さーてそろそろ凛斗さんとイチャコラしないといけないから終わるね~」


「変な言い方をするな」


「まあ本当は予定があるから終わるだけなんだけど」


「付け足しが遅いぞ」


「じゃあおつ~」


 愛理さんはそう言って配信を閉じた。

 久しぶりの配信だったが愛理さんとやったおかげか楽しく終わることができた。


「いや~終わりましたね~」


「敬語に戻るの早いな」


「切り替えは重要ですし」


「敬語じゃなくてもいいんだなぁ……」


「恥ずかしいので嫌です~慣れちゃいましたし~エッチしてる時なら敬語やめてもいいですよ?」


「さりげなく変なことを入れてくるのはやめてくれ俺が反応に困る」


 とんでもない発言をちょくちょく入れてくるあたり敬語でもちゃんと愛理さんだということを感じる。

 俺は一つ訊きたいことを思い出したので愛理さんに訊いてみることにした。


「そういえば明日はどうするんだ?」


「え?あー……色々と巡って帰ろうかなと思ってますけどいいですか?」


「別に愛理さんが決めたことに俺は従うだけだから気にしないが」


「樹さんは犬なんですか?」


「わん」


「……樹さん?ノリがいい樹さんは樹さんじゃない。誰だ貴様ー」


 どうやら俺はノリが悪い人間だと思われているらしい。

 実際そうなので言い返すことはできないが。

 どういうノリなのかがイマイチ掴めないことが多くどう反応すればいいのか分からないのと単純に羞恥心が勝ってしまうので俺はあまりそういうノリがいいと言われることはしない。

 今回はまあ愛理さんだしと思いしてみたが意外に思われてしまった。

 扉がノックされ何かと思うと飯が運ばれてきただけだった。

 そういえばもうそんな時間か。

 あれだけ食べてまだ多少腹がいっぱいだが、飯のにおいで食欲は湧いた。

 飯を運んできてくれた人は出ていくと、早速愛理さんが、


「じゃ、いただきまーす」


「よく食えるな」


「今日ぐらいはいっぱい食べたいですもん」


「そうか……いただきます」


 旅館の様子からもさながら風格のある場所だと感じていたが、料理も伊達じゃないらしい。

 見た目は勿論の事、味も匂いも品を感じるものばかりだった。


「ん~やっぱりここのは美味しいですね」


「そうだな」


「樹さんさっさと食べないと私が全部貰っちゃいますよ」


「……愛理さんの胃はどうなってるんだ」


「全部別腹です」


 本当にそうなのかもしれないと思えるぐらいには今日は沢山食べている。

 逆にそれだけ食べられることが羨ましいと思える。


「あーそうだ、樹さん。お風呂なんですけど一応浴場があってそっちに行くか部屋についてる露天風呂に入るかなんですけど……」


「……部屋についてたか?」


「ほら外にあったじゃないですか」


「ああ、あれか……」


 来た時に愛理さんと少し中の様子を見て回ったときに、かなり大きめの四人家族が入っても余裕そうな風呂を見かけたのを思い出した。


「一緒に入りたいな」


「ですよね~じゃああそこ入りましょうか」


「思えばここは別なのか」


 旅館とは繋がっているが、部屋、風呂それ以外にも様々な物がついていて他の部屋とも距離が多少ある。

 かなり値段が張るようなところだがそこは流石の雪上家という感じがする。


「隣ともかなり離れているのでかなり大きな声出さなければお風呂でナニしてもバレませんよ」


「脳みそ真っピンク過ぎないか?」


「いやこれだけで変な想像した樹さんのほうがピンクな気がしますけど」


「じゃあ愛理さんは何を考えたんだ?」


「…………いや~まあ?うーん」


 誤魔化すどころか別の言葉も見つかってない。


「あー……さっさとご飯食べちゃいましょうか」


「可愛いな」


「からかわないでください!」


「話を振ってきたのはそっちなんだがなぁ」


 愛理さんは食事のスピードを上げてさっさと食べ切ってしまった。

 俺は腹がいっぱいだったが少し急いで食べた。

 あまり昼に食わなければ良かったと思えるぐらいには美味しかった。


「ご飯も食べ終えたことですし……お風呂入りましょうか」


「謎の間を付けることで謎の演出をするな」


「謎で誤魔化すのやめません?」


「いや謎だから謎って言っただけだぞ」


「酷いですね……」


 正直に答えてからかわれるよりかはましだろう。

 まあ愛理さんの考えることは、大抵分かるので謎の意味は分かる。

 どうせ愛理さんのことだ、何かやらしい事でも考えているのだろうな。

 愛理さんに引っ張られ脱衣所まで連れていかれた。


「今日は樹さんに虐められたのでサービスしてもらわないと困ります」


「さっきの一件を虐めというには無理があるぞ」


「私が虐められたと思ったので虐めです」


「理不尽」


 愛理さんだから許せる理不尽。

 理不尽なことに変わりはないが認めてしまう。


「さて樹さんお風呂に入るためには服を脱がないとですね」


「じゃあ俺は一回出るか」


「えー」


「知らん」


 不服そうな顔をされてもどうしようもない。

 少し経ち愛理さんが「入って良いですよ」と声を掛けてくれたので、俺は脱衣所に入り服を脱いで風呂場に出た。

 どうやら少し見誤っていたのかもしれない。

 普通に四人が余裕とか思っていたがもっと広かった……


「樹さんとはこの大きいのもいいですがあの小さいのに入りたいんですよね」


 愛理さんが指さした先には人が一人入れるぐらいの大きさしかないつぼ湯があった。

 個室の風呂にこんなものもあるのか……

 思っていたよりも銭湯のような場所だった。


「まあ取り合えず大きい方に入りましょうか」


 二人でさっさと体を洗ってしまい、早速温泉に浸かった。


「あぁ……」


「樹さんそんなおじさんっぽいこと言いますっけ?」


「久しぶりの温泉だからな……」


 お湯につかった瞬間、全身の痛みや違和感が抜けたような気がした。

 愛理さんが肩を寄せてきてこてんっと俺の肩に頭を載せてきた。


「樹さんがおじいさんになっても一緒にいれますかね?」


「大丈夫だろう。愛理さんいないと俺生きられなさそうだし」


「ふーん、樹さんは私がいないとダメなんですね~」


 愛理さんはからかうように言ってくるが実際本当の事だ。

 ここまでダメ人間にされると抜け出そうにも抜け出せない。


「えい」


「お、おう……」


「今重いって言おうとしましたよね」


 急に胡坐の上に愛理さんが乗っかってきて反射的に重いと言ってしまいそうになった。


「……いやそんなことないぞ」


「絶対思いましたよね」


「愛理さんは軽いだろ」


「じゃあお姫様抱っこしてください」


「今は無理だな」


「ふーん」


 ここでお姫様抱っこなんかしたら普通に滑って事故る。

 仕方がないので愛理さんのお腹に手を回して優しく抱きしめた。

 愛理さんの体に触れているからか睡魔が降りてきた。


「あとでもっと甘やかしてくれたら許します」


「はい……」


「えへ~」


 可愛すぎて語彙力が溶けていく。

 夜空を見上げていた愛理さんが俺の手を触って離すと空に手を上げた。


「ここの夜空綺麗ですよね」


「そうだな……」


 都会だったり観光名所は光が強くて夜空があまり綺麗に見えなかったりするものだが、ここは程よい光が入るだけなので夜空が綺麗に映る。

 俺にとって愛理さんは星なのかもしれない。

 圧倒的な高みにいてそれを見て綺麗と思う。

 傍にいるがやはり何か離れているような感覚。


「樹さん大丈夫ですか?」


「大丈夫だ」


「これ以上離れないので大丈夫ですよ」


「俺ってそんなに感情分かりやすいか?」


「だって樹さんが考えてるときに急に腕に力が入ったんですもん、そこまでされると大体わかりますよ」


「無意識だった……痛くなかったか?」


「別に……あ、やっぱり痛かったのでもっとしてください」


「冗談が言えるなら大丈夫そうだな」


 俺にとってその冗談は、心を軽くしたような気がする。


「さてあっち行きましょうか」


「二人で入るには狭くないか?」


「大丈夫です」


 無理だと思いながら立ち上がり壺湯に向かった。


「樹さんが先に入ってください」


「はいはい……」


 入るとずっとこぼれていたお湯が勢いを増して外へ出た。

 少し窮屈だが安心感がある。

 俺が入ったのを確認すると愛理さんも入ってきた。

 俺が入った時と同様にお湯が出て、愛理さんが俺の上に乗ってきた。


「狭い」


「ちょっと窮屈ですね」


「ちょっとどころの話じゃないが」


「まあ樹さんと触れられる面積が多くなったので私としてはよし」


 窮屈で今にも抜け出したいが愛理さんが乗っかってしまっているので出たくても出れない。

 もう一つあるというのに……まったく……

 可愛いのでしょうがないと割り切ってしまった。

 しばらく一緒に入ってのぼせる前に上がってしまった。

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