#31

 終業式も終わりとうとう高1も終わりの時を迎えていた。


「さあ、どうする?」


「どうするもなにもこのまま帰れば良くないか?」


「え~折角だし遊ぼ?」


 陽キャ(京一、千郷)が俺の周りを囲んでくる。

 陽キャ怖い……


「今日ぐらいは私たちの家じゃなくて、誰か別の人の家に行きたいですね」


「私の家は無理よ」


「うちは大丈夫だけど……妹と弟がいるけど大丈夫そ?」


「うちも大丈夫だが……」


「僕の家はちょっと無理かも」


 選択肢が二つに絞れた。

 赤月家に行くか、塚野家へ行くか。

 正直俺としては何度か行ったことのある赤月家のほうが、あまり気を遣う必要がなく楽でいいんだが……

 結局じゃんけんで決めようということになった。


「じゃあ、最初はグーじゃんけん、ポン」


「じゃあ案内してもらおうかな?塚野家へ」


 勝ったのは千郷だった。

 千郷が連絡を取り、大丈夫とのことだったので、全員で行った。


「ただまー」


「いつきっち!おひさ!めっちゃ変わったね!」


「姉の私より先かね」


「おかえりっていっつも言ってるじゃん」


 千郷はうーんと頭を捻らせ、秋葉に目をやっていた。

 秋葉の奥にも、春と美雨が立っていた。

「お邪魔します」と言って俺たちは赤月の家へ入った。


「美雨?寝たらダメだからね?」


「うぇ~?寝させてよぉ」


「事故ったらどうするの!」


「事故って何さー」


「いやまああれは事故って言うかそれ以上に危険な感じがするがなぁ……」


 知っているであろうあの美雨の寝起き。

 危険すぎる、事故とかどうでもいいぐらいにただただ危険だ。


「なんで京一さんがいるんですか」


「俺やっぱり嫌われてるよね!?」


「そうみたいだねぇ」


「なんだその目」


 光大はどこか可哀そうな目で、京一のことを見ていた。

 まあ千郷の彼氏だからなぁ……

 千郷に懐いているここの弟妹達は、奪われたようで嫌なんじゃないかなっと俺は思っているが正しいかは分からない。


「千郷と違って礼儀正しい子がいるのね」


「あんたにゃ言われたないわ!」


「あ?」


「こえぇ……」


 お嬢様が「あ?」とか言うと裏社会のお嬢様かもしれないと思ってしまう。


「きーちゃん、『あ?』とかやめようね?」


「反射的に出るのだから仕方がないじゃない」


「反射的に出るのかよ……」


「何か文句でもあるのかしら?あなたも大概口が悪いけど」


「喧嘩売ってんのか?」


 売られた喧嘩は買うしかねぇ……

 紀里とバチバチに睨み合っていると、愛理さんに落ち着けられてしまった。


「はいはい、二人ともよそ様の家なんだから落ち着いて」


「SMプレイするのやめてね?」


「樹さんってそういう……」


「春に勘違いされるからやめてくれないか?」


 美雨が自室へ行かないように監視しながらリビングへ入れてもらいソファに座った。


「……あれ?お菓子なかったっけ?」


「ひゅ~ひゅ~」


「秋葉……太るよ?」


「うっ……」


 どうやら赤月家のお菓子は全て秋葉のお腹の中ということらしい。

 よく食うな……


「ごめん、流石に出す物ないのあれだから買ってくるね」


「俺が行くぞ」


「いや流石に……」


「私も行きます!」


「愛理さんは居てもいいんだぞ」


「行きます」


「う、うーん……じゃあお願い……お金なら秋葉があとで払うから」


「うえっ!?」


「当たり前でしょ!秋葉が全部食べたんだからなくなったんだよ!?」


「全部じゃないけど……」


「残さなかったのも悪いでしょ!」


 このままでは姉妹喧嘩に巻き込まれそうなので愛理さんを連れて、家を出た。

 正直俺が行こうと出たのは愛理さんの機嫌が悪そうだからである。

 横目に見てみるが明らか不満げな様子だった。


「千郷さんの妹さんたち樹さんにべったりでしたね」


「そ、そんなことないと思うが……」


「いつもあんな感じなんですか?」


「は、はい……」


「いつきっちとか親しいにもほどが……」と愛理さんの小言が聞こえたような気がするが、触れてはいけないような気がしたので触れないことにした。


「樹さんは私のことが好きですよね」


「はい……」


「言葉にして言ってください」


「愛理さん、好きだ」


「安心できたので、もういいです」


 嫉妬してくれるのは、少し安心できるというか嬉しいんだが、最悪な方向へ行き、刺されては元も子もないので、気をつけなければならない。

 愛理さんの機嫌が多少治ったので少し安心した。


「そういえば美雨さんの話に出てきた事故ってなんですか?」


「あー前、俺が赤月の家に行って帰ってきたとき腕に怪我してだろ?」


「そうですね」


「美雨は寝起きと寝てる最中に起こしたりすると、犬かの如く噛みついて来るんだ。それを事故って言ってるんだろう」


「なるほど……結構ヤバそうでしたもんね」


 あれをやばいの一言で片づけていいのか悩むところだが……

 愛理さんと千郷の弟妹達のことを話しているとすぐスーパーについた。

 適当に色々と買った。

 そういえば最近少し太ってきたんだよな……

 取り合えず菓子を食べるのはやめよう。

 運動しようか悩んでいるうちに、赤月家についた。


「おかえり~おっ!色々と買ってきたね。ほら秋葉お金出しなさい」


「無理ぃ!」


「今日は俺の奢りでいいぞ。秋葉お前覚えておけよ」


「こわっ……お金は払わないからね!」


「貸しだな」


「うっ……」


 全く……

 千郷に何度か謝られたが、これまでの昼飯代を払ったようなものだと思えば安いのかもしれない。


「そういえばいつきっちと雪上さんって付き合ってるの?」


「ん?そうだぞ。言ってなかったか?」


「聞いたことなかったよ」


「僕も初耳ですよ」


 前来た時は、まだ付き合ってなかったか……?

 あまり覚えていない。


「付き合ってるっていうかこの二人許嫁よ?そのくせしてまだお互いの事呼び捨てしてないのよね」


「許嫁って実在したんだ……」


「でもー実際どうだったのー?」


「愛理さんだったからよかったというか、互いに少し知っていた節があったからな。普通に……いや俺はただのヒモだな」


 思えば家事を全て任せて、学校へ行っているだけの俺は、ただのヒモなのかもしれない。

 そのうえ、愛理さん財閥家のお嬢様だもんなぁ……

 金銭面も困らない衣食住にも困らない贅沢な生活をしている。

 俺は愛理さんを敬うしかない。


「ふーん、じゃあ有坂さんと各務さんは……」


「付き合ってるわけないでしょう」


「付き合ってないよ」


「どっちも拗らせた馬鹿垂れだから付き合わないぞ」


 片方はブラコン、片方は初恋拗らせイケメン……

 初恋拗らせイケメンに関してはその初恋相手が俺の幼馴染の可能性が否定できないのが最悪なところだ。

 こいつら顔もスタイルもいいくせにどこか残念なのが本当に残念過ぎて可哀そうに思えてくる。


「樹?愛理の加護があって良かったわね」


「樹君それは話さないでくれるかい?」


「きーちゃんは分かりますけど各務さんは……」


「樹君?分かってるね?」


「あとで教える」


「はーい」


「僕はなんて人に教えてしまったんだろう……」


 紀里を黙らせれることができれば勝ちなんだがどうやらもう一名黙らせることができたようだな。


「まあ樹さんは誘っても襲ってこないヘタレですけどね」


「うぐっ……愛理さん、やめてくれそれは俺に効く」


「まあそれに関しては愛理ちゃんが可哀そうだよね……」


「俺もそう思う」


「樹さん……」

「いつきっち……」

「なるほどねぇ……」


 赤月家四人に呆れられ、この場にいる残りの人からも呆れられてしまった。

 だって推しに手を出せるわけないだろ……

 貢いで幸せそうな姿を見て幸せになるのが役目だと思っている。


「この話はやめよう」


「そうね」


「そうだね」


「別に続けてもいいんですけどね」


「愛理さん、やめてくれ」


 俺の言葉で、愛理さんはやめてくれたがこれ以上続いていたと思うと、俺の尊厳が失われていた気がする。

 家に帰ったら愛理さんの口が緩まないように、教育する必要がありそうだ。


「そういえば美雨は来年から高校か?」


「そうだね~ま、凛ヶ丘高校行くから後輩になるよぉ。先輩達よろしくね~」


「あら?ならうちの弟とその幼馴染と一緒ね」


「えっと……灰羅かいら君と瑠璃るりちゃんだっけ?」


「……ん?灰羅と瑠璃?」


「ええ、そうよ」


 ……ん?

 なんか俺の後輩の幼馴染二人組と一緒の名前だな。


「こいつらか?」


 俺はスマホを開き、その二人の映っている写真を出した。


「そうよ。……あら?私の弟ってこと知らなかったのかしら?」


「知らなかったな」


 確か高1始めの頃は、少しそうなんじゃないかと疑っていた頃もあったがあまり似てない点を取り赤の他人だろうと決めつけていた。

 まさか本当に姉弟だとは……


「あー見たことあると思ったけどあの二人か~」


「愛理さんは俺のスマホを勝手に見るな」


「灰羅と瑠璃からはあなたのこと聞かされていたわよ」


「マジかよ……」


 灰羅からは紀里のことを聞かされたどころか、姉の存在すら聞かされたことがなかった気がする。

 最後に会ったのももう一年前なのであまり覚えていないが聞かされた記憶はない。


「ま、美雨ちゃん。うちの灰羅と瑠璃と仲良くしてあげてちょうだい」


「まぁ、仲良くなれたらなるね~」


「あいつらも凛ヶ丘か……」


 世界狭すぎんだろ。

 愛理さんと出会ってから何度も何度も思ってきたが、かなり狭いようだな。

 まあ騒がしくなるというか楽しくはなりそうだな。

 残りの時間は、ゲームしたりして思う存分楽しんだ。









「楽しかったですね~」


 家に帰り、リビングのんびりとしていると愛理さんがそんなことを言ってきた。


「そうだな。まあ愛理さんにヘタレとか言われた時はかなり焦ったけどな」


「んふふ~樹さんの焦る様子は見てて楽しいので好きです」


「あまり喋らないでくれるか?」


「じゃあ私に手を出せば解決しますよ?」


「推しに手を出すのは……」


「私は雪姫雪花じゃないですよ?」


 愛理さんのほうが、一枚上手のようだ。

 確かに愛理さんは雪上愛理であって雪姫雪花ではない。

 でもなぁ……


「じゃあ樹さん的には、私とシたいですか?それともシたくないですか?」


「……それはまあ愛理さんの事好きだし……したいに決まってるが……」


「樹さんが可愛い……」


「おい!んぐっ!?」


 頭の後ろに手が来ると、一気に抱き寄せられ愛理さんの胸に顔が収まった。

 柔らかい……

 思ったより感触がよくこのまま寝てしまいそうなところではあったが普通に息ができなくて死んでしまう。


「ん~初心な樹さんが久しぶりに見れて私は満足です」


「放してくれ」


「聞こえないですね~」


 同じ柔軟剤を使っているはずなのに、愛理さんからは妙にいい香りが漂ってきて脳が蕩けてくる。

 愛理さんから感じ取れる体温が、妙に心地いい。

 ほとんどの感覚を支配された俺は、段々理性が崩れるのを感じると同時にこのまま寝れるような睡魔に襲われているのも感じた。

 何故かこうされていると落ち着く。

 うとうとし始めたところで、愛理さんは離してしまった。


「樹さん成分補充完了!」


「……なんだそれは」


「あれ~?樹さん本当はもっとしてもらいたかったんですか?」


「クソガキ感出てきたな」


「樹さんにクソガキって言われた……」


「……すまん」


「ふんっ」


 愛理さんは、背を向けそのままリビングを出ていってしまった。

 ……言い過ぎたか。

 愛理さんを追いかけるように扉を開けると、


「はぁ……」


「こんなことで怒るわけないじゃないですか」


 気づいた頃には、愛理さんは俺に抱き着いていた。

 久しぶりにひやひやした。


「まあちょっとは嫌でしたけどぉ?」


「すみませんでした」


「樹さんってプライドがないですよね」


「はい、中学生時代に頭下げておけと、黒瀬さんから習ったので」


「一期生の人たちは、参考にしちゃいけないですよ……」


 ごもっともだ。

 全員何か常識が欠けている人たちである。

 正直関わった時点でアウトな気がするが、既に俺も愛理さんも関わってしまっているので、手遅れだった。


「あ、そういえば黒瀬さんが今度うちに来ますよ」


「……帰らせろ」


「え、でもコラボですし……」


「なら酒は飲ませるな」


「無理に決まってるじゃないですか……」


 だよな……

 勝手に酒持ち込んで置いていくような人間に「酒持ってくるな」と言っても勝手に持ってくるのが目に見えている。

 世話になったとはいえ黒瀬さんがダメ人間なことに変わりはない。

 本当なら家に入れたくないが、コラボという単語を出されては引くしかない。


「樹さんも巻き込むのが一番の策ですかね?」


「それしたら流石に炎上する」


 百合に挟まったら全方向から火炎放射器で炙られる。

 炎上して灰になりそのまま消えていく俺の姿が、安易に想像できた。

 元々愛理さんとの関係を明かした時点で炎上していてもおかしくはなかったから、あまり不用意に動くことはできない。


「まあ、前回のようなことにはならないようにしますから、それで許してください」


「だといいがなぁ……」


 黒瀬さんは、正直言っても聞かないだろうと思っている。

 どうしようか考えながら夕飯を作り愛理さんと一緒に食べた。


「樹さん久しぶりに一緒にお風呂入りませんか?」


「無理だ」


「なんでですか?」


 それは理性が飛んでしまうからだと言えば愛理さんは、強引にでも連れていくだろう。

 そう思っていたが、予想外のことを口に出された。


「まあどうせ理性がうんたら言うんですよね」


「……わかるのか」


「はぁ……」


 愛理さんがため息をついただと……

 愛理さんがため息をつくところなんかほとんどいや全く見たことがない。

 今回は流石に怒らせてしまったようだ。


「高校生なんですからもう少し欲望のままに動いたらどうなんですか?」


「愛理さんがいい例だな」


「ぬー」


「一緒に風呂入るか」


「最初からそう言えばいいんですよ」


 色々と考えるべきことは多くあるような気がするが、もたもたしていたら愛理さんにまた怒られてしまうので風呂に入る準備をした。


「遅いです」


「頭洗ってやるから許してくれ」


「何ですかその言い方は、あと頭だけですか?」


「背中と頭を洗ってあげるので許してください」


「背中だけですか?」


 今日の愛理さんはいつにも増して我儘な気がする。

 ……一回出るか。

 そういえば愛理さんがまだ服を脱いでいないことに気づいた。


「なにしているんですか?」


「いや、愛理さんまだ脱いでないし一回出ようかと」


「じゃあ脱がしてください」


「自分で脱げ」


「辛辣」


 このままだと話している最中に脱ぎ始めてしまいそうなので、さっさと脱衣所から出た。

 愛理さんに「入っても大丈夫ですよ」と言われたので、戻って服を脱いだ。

 浴室に入ると、愛理さんが仁王立ちで待ち構えていた。


「取り合えず樹さんの体を洗いますね」


「頼んだ」


 愛理さんはご機嫌そうに、俺のことを座らせ、背中側に回った。

 シャワーを手に取ると、俺に向かってかけてきた。


「愛理さん?」


「頭洗いますよ」


 愛理さんはシャンプーを手に取った。

 少し泡立ててから、髪と髪の間に優しく手を入れてきた。

 弱すぎず強すぎず丁度良い加減で、愛理さんは俺の頭を洗った。


「樹さんなんかあまり体型変わってないですよね」


 愛理さんが体を洗い始めると、ふとそんなことを呟いた。


「ん?そうか?最近愛理さんのせいで肉がついてきた気がするんだが……」


 最近少し太ってきたことが気になっている。

 運動しないといけないんだが……

 何分体力が減っていて筋力もかなり落ちているため、運動する気というものが起きない。


「あーずるいです!」


「気になってるんだけどなぁ……」


「樹さん今度から一緒に運動しましょう!」


「え……」


「朝、一緒に走りましょう。私も最近筋トレだけじゃ足りなくなってきた感じがするので」


「筋トレしてたのか」


「そりゃ勿論ですよ。樹さんに常に完璧な姿を見せたいですからね」


 別に愛理さんだったら気にしないと言ってしまえば愛理さんにぶっ叩かれたうえでしばらく無視されそうなので、死んでも言わないことにした。


「じゃあそうするか」


「朝早起きしますからね?」


「……起こしてくれ」


「はいはい」


 そう返事して愛理さんは再びシャワーを手に取り、俺の体に付いてる泡とかを流した。

 ……ん?


「愛理さん、いつ俺の腹側を洗った?」


「……樹さん最近注意力低下してますよね」


「愛理さん?」


「次は樹さんが私のことを洗う番ですよ」


 少し無理矢理話題を逸らされた。

 正直冷や汗が止まらないが、愛理さんのことを洗わないとまた別の冷や汗が止まらなくなるので大人しく洗うことにした。


「愛理さんの髪洗うの怖いんだが……」


「えーまあ適当でいいですよ」


 適当でいいとは言うが正直なぁ……

 あまり強すぎないようにはしようと思う。

 慎重に髪を洗ってあげた。


「なんか慣れてません?」


「ん?まあ……別に初めてではないからな」


 随分と前に愛理さんの髪を洗った記憶もあるし、それより前に少しだけ経験があったからなぁ。


「はいじゃあ体洗ってください!」


「なんでそんなにノリノリなんだ」


「だって樹さんがエッチな手であんなところやこんなところを触ると想像すると涎が止まらないんですよね」


「しないからな」


「え!?」


 そんなに驚かれても反応に困るんだが。

 ボディーソープを手に取り、泡立てて愛理さんの背中につけた。

 煩悩を払い、愛理さんの体をさっさと洗ってしまった。

 一緒に湯船に浸かると、愛理さんが後ろを向いて不機嫌そうな顔をしながら言葉を発した。


「なんか適当でしたね」


「これで許してくれ」


「お腹に手を回してくれたら許します」


「これでいいか?」


「許します」


 胡坐をかいた俺の上に愛理さんを乗っける形で、湯船に入り愛理さんの言われた通りにしたら許してもらえた。

 今、愛理さんの耳の横で囁いたらどういう反応をするのだろうか。

 右肩側に頭を出し、耳元で囁いた。


「愛理」


 愛理さんの顔が気になって覗いて見ると、顔を真っ赤にしていた。

 ん?なんか思っていた反応と違う。

 いつものように「樹さんこのまま……」とか言うと思っていたが……


「樹さん」


「なんだ?」


「不意打ちはダメです」


「愛理さんの反応が気になったからつい」


「うぅ……」


 なんか可愛いんだが。

 いつにも増して愛理さんが可愛く見えているんだが、それは俺だけだろうか。

 気付かぬうちに愛理さんの頭を撫でていた。


「あとで仕返ししますからね!」


「楽しみだな」


「樹さんって偶に大胆になりますよね」


「そうか?」


「最近は……心臓に悪いぐらいです」


「愛理さんが可愛いから仕方がないな」


 愛理さんが少し顔を下げると、愛理さんの顔を通り越して湯船のお湯が飛んできた。


「話題変えましょうよ」


「何か話すことあるか?」


「……旅行、行きません?」


「旅行?」


 久しぶりに旅行という単語を聞いた気がする。

 中学生辺りから愛理さんと会うまでは一人だったから、旅行はおろか外に出ることすらも減っていた。

 最後に旅行に行ったのはいつだったか……

 久しぶりのことに色々と懐かしさを感じていた。


「本当はもっと早く行くつもりだったんですけど……どうせだったら春休みに行こうかな~と思ったので」


「ん~まあ別にいいがどこに行くんだ?」


「どこに行きたいとかありますか?」


「急に聞かれてもな……」


 どこに行きたいとかは特にない。

 どうしたものかと考えていると愛理さんが提案してきた。


「温泉街行きません?」


「温泉か……」


「ええ、親戚が運営してる温泉街があるので」


「ん?温泉街を運営……?」


「はいそうですよ?」


「一つの旅館を運営してるんじゃなくて?」


「温泉街を運営してますね」


 ふむ……

 やっぱり愛理さんは一般人の常識とかなりかけ離れているところで育ったことが分かった。

 温泉街を運営ってどうしたらそうなるんだか……


「樹さん言っておきますけど……私と結婚したらそういうのに巻き込まれますからね?」


「勉強しておく」


「まあ少しぐらいは知ってもらいたいですし……」


 愛理さんは淡々と世界的に有名な企業や家系、その他諸々を言ってきた。

 その中には俺が過去に関わった名前もあり親近感が増した。

 ん~俺、大丈夫か?

 正直心配になってきたが、愛理さんに助けてもらおう。


「じゃあ温泉街でいいですか?」


「ああ」


「日程は後で伝えますね」


 どうやら愛理さんが全部やってくれるらしい。

 俺の許嫁は凄い人だと再び思い知らされることとなった。

 風呂からあがり、少しリビングでのんびりとした。

 雪上家がどれだけなのかを調べてみると、俺が日常的に使っていたり聞いたりしているものが出てきて正直怖かった。

 体の熱がなくなってきたところで、寝室へ行ってベッドに寝っ転がっていると愛理さんが乗っかってきた。


「お風呂の時のお返しです」


 そう言って愛理さんは、キスをしてきた。

 そして舌まで入れてきた。

 最近は抵抗することもなくなってきた。

 普通にこのまま終わるかと思いきや、なにやらいつもよりも時間が長い。

 そろそろ息が切れそうになってきた、そう思ったとき愛理さんが奥まで攻めてきた。

 今にも脳が蕩けてしまいそうでこのまま続けてしまえばやばそうなんだが、なかなか愛理さんがやめてくれない。

 抵抗したが、愛理さんの勢いが強すぎて無理だった。

 意識が飛びかける寸前で、ようやく愛理さんが口を離した。

 まだ意識が戻っていないのか、ボーっとする。


「……樹さん、なんでえっちなことしてくれないんですか」


「……色々と言っているが覚悟がついてないだけだ」


「……私が襲ったらいいんですね」


「どういうことだ」


「夜中に童貞失ってても文句言わないでくださいね?」


「寝れなくなるからやめてくれ」


 恐ろしいことを言わないでくれ。

 あと初めてぐらいは記憶に残しておきたい。

 愛理さんとのなら尚更だ。


「はーこの私のヘタレな許嫁さんはいつになったら手を出してくれるんでしょうかねぇ?」


「あと二年か……」


「本当に三年生……なんなら卒業するまでしてくれないんですか?」


「ガチで愛理さんのことが好きになりすぎて頭がイカれない限りはしない」


「逆にこれ以上好きになるんですか?」


「ならない」


「じゃあダメじゃないですか」


 最近愛理さんのことが好きすぎてなのか一日中考えるようになってしまった気がする。

 一生傍に居たい。

 正直なことを言うとカンストしてるのでこれ以上好きになることは……いやまああるが、まあそれは置いておいて。

 最近は理性と本能の戦いがかなりギリギリで、いつ理性が負けてもおかしくない状況ではある。

 なので愛理さんに誘われて普通に手を出してしまう可能性はないとは言い切れない。

 愛理さんは手を出しても許してくれそうというか何なら今でもウェルカム状態なので、喜んでくれそうではあるが、俺の覚悟がなっていない。

 覚悟がつくまでは待ってほしいと言いたいところではある。


「樹さんのこと嫌いになりそうです」


「……嫌いにならないでくれ愛理さん」


「じゃあもっと関係進めましょうよ」


「今度デートしような」


「……そういえば全然デートしてなかったですね」


 二人で一緒にいることは多いが、一緒に出かけたことは少ない。

 旅行に行く前に少し出かけてもいいよな。

 そう思ったのは後付けで、どうにか逃げようと口走った結果がデートだ。


「じゃあ……デートで許して、あげません」


「え!?」


「私の抱き枕になってくれたら許してあげます」


「それぐらいなら……」


 愛理さんは俺に抱き着きそのまま横になった。

 愛理さんの体温が心地よくてだんだん眠くなってきた。

 俺がうとうとしてきて瞼が閉じようとした時。

 もぞもぞとこちらへ愛理さんが寄ってきて、耳元で囁いた。


「大好きですよ」


 あ、やばい。

 口には出なかったが、普通に理性を擦り減る危険な言葉だった。

 眠気が頂点まで達し流石に限界だったので、俺は寝てしまった。

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