#20

 

「家だぁー!寒ぅー!」


 事務所から家へ帰ると時間はもう4時を越していた。

 こっちの方へ近づくにつれてだんだんと雪が多くなってはいたがまさか降っているとは思いもしなかった。

 愛理さんは真っ先にリビングへ向かいそれに付いて行くと暖房をつけソファーに寝っ転がっていた愛理さんの姿があった。

 まずこの荷物どうにかしてもらいたいんだがなあ。

 リビングの入り口に荷物を置き愛理さんの元へ歩いた。


「ソファーに寝っ転がる前に荷物片づけてからにしてくれ。その後なら休んでもいいから」


「樹さんがやっておいてください」


「嫌なんだが?それに愛理さんの下着が入ってるだろ?」


「ふむなるほど下着でしごかれたいと」


「どういう捉え方をしたらそうなるんだよ」


 流石愛理さん俺の口から下着という単語が出た瞬間変な方向に持っていかれた。

 これには思春期下ネタ大好き中学生もびっくりだろう。

 どういう生活をして生きてきたらこうなるんだ?それも財閥家のお嬢様が。

 どこからそんないらない知識を手に入れたのか知りたい。


「全く……」


「なんです?その反応は」


「どうしたらお嬢様がそんな脳を持つんだろうな」


「さぁ?どうしてでしょうね」


 適当にはぐらかされた。

 愛理さんは俺が片付けてくれないと諦めがついたのかソファーから離れ俺が置いた荷物を持って自分の部屋へと向かっていった。


「最初からそうしてくれればいいものを……」


 荷物を片付けるために俺も自分の部屋へと向かった。




 特に大きな荷物があったわけでもなくすぐにばらして片付けてしまった。

 片付け中にスマホに何か連絡が来ていたので見てみると立凛からだった。

 にしてもDM増えたな……

 公式配信で俺の名前が広がったから絡んだことすらない人から連絡が来ている。

 まあそれは置いて立凛からの連絡を……

 開いてみるとまず一言目に「トレンド載ってるけど?」とトレンドに載っている証拠になるスクショと一文が来ていた。


「トレンドまで……」


 流石にここまで話題になる予想は…していなかったといえば嘘になる。

 あれだけの視聴者数の数字を見れば話題になると誰しも考えるはずだ。

 まあ正直なところここまで話題になるとは思わなかった。


「さてなんて送り返そうか」


 とりあえず「色々とあった」と一言。

 すぐに返信が来た。


『そうかもしれないけど……推しと結婚前提で付き合っているってどういうこと?』


『色々とあった』


『今度配信で訊くから』


 そういうと黙ってしまった。

 というかさっきから通知音がうるさいな。

 通知がまとめられているベルマークを押してみるとDMとフォローとツイートへのいいね等の通知が大量に来ていた。

 中には俺と同じVtuberの中でも有名な方までフォローしてくれている。


「ということは登録者数も……」


 確認のためY〇uTubeを開いて登録者数を確認できるところを見てみると以前まで三十人ぐらいだったのが一万人程まで増えている。


「そこまで増えるか!?」


 どうしてここまで増えているのか全く分からない。

 確かに公式配信に出てトレンドにも載って多少なり有名になったということは分かっていたがここまで登録者数が増えるとは思ってもいなかった。

 すると部屋の扉がバンッと勢いのある音を立てて愛理さんが俺の胸元まで突撃してきた。


「ど、どうしたんだ?」


「樹さん……というか凛斗さんが有名になっちゃたぁ……」


「まあ必然的にそうなるよな」


「有名になってほしいけど有名になってほしくない……」


「あぁ……そうか。俺にはそれがなかったから分からなかった」


 雪姫雪花という存在は最初から企業に所属していて俺が知った時点ではもう登録者数二万人を超えていたからな。

 知っていた頃には有名だったらもうしょうがないと思えるだろ?つまりそういうことだ。

 だから今の愛理さんの気持ちに同情できなくもないが実際どういう気持ちなのかと訊かれたら詳しくは答えることはできない。


「まあ私のものですし……」


「ん?愛理さんそれは違うぞ」


「……私は樹さんのものです」


「よしよし、いい子だな」


「なんか違う……」


「じゃあどうすればいいんだ?」


「もっとこう洗脳しないとなあ?って」


「それはやばくないか?」


 流石にそれは俺の印象が崩れる。

 人間は形を保っておくべきだろう。


「樹さん有名になった罰としてこれから言う二つのことのうち一つをしてください」


 なぜ喜ばしい事なのに罰と言われているのか謎だ。


「不健全なものはダメだからな」


「!?……ならキスか濃厚なキスか」


「ふ、不健全?」


「じゃあどっちしても変わりませんね。なら濃厚な方で」


「勝手に決めないでもらってもいいか?」


 まあ言ってしまえばキスということに変わりはないが……


「まあいつかな」


「ぬぅ……」


「飯作るから許してくれ」


「じゃあ一万人記念なので豪華にしましょう」


「買い出し行くけど愛理さんは?」


「付いて行きます」


 俺の謎の一万人記念の準備のために再び外へ出ることになった。









 近くのスーパーへ入り俺はかごを持った。


「何食べたいですか?」


「愛理さんが作るわけじゃないだろ?」


「なら私が決めろということですね。でも樹さんの記念ですし」


「なら俺が決めるのが妥当か?」


「そうですね。でも二人で決めましょうか」


「それが一番だな」


 結局やはり二人で決めることになった。

 なんだかんだ言って二人で意見を出し合って考えたほうがよっぽど楽だ。

 周りの目が少し気になるが愛理さんは気にしていない様子なので別にいいかと軽く考え特に気にしなかった。

 適当に野菜を手に取り魚売り場に来ると愛理さんが声を掛けてきた。


「お肉がいいですか?魚がいいですか?」


「ん~まあ肉だな」


「短時間でできるものにしましょうか」


「そこまで腹減ってないけど愛理さんは?」


「実を言うと私もそうなんですよね」


 どうやら愛理さんも腹が減っているわけではないようだ。


「じゃあ夕飯は七時ぐらいでいいか」


「それなら少し時間かかるのでもよさそうですね」


「愛理さんは洋食か和食どっちがいい?それ以外のものでもいいが」


「え~樹さんが決めてくださいよ」


 そう言われても困る。

 こういうことの祝い事だったら俺は洋食がメインと考えるがその日の気分によるからな。

 まあ正直なんでもいい。

 俺がなんでもいいかと考えている間に沈黙が生まれてしまった。


「唐揚げ食いたいな……」


 鶏肉を見ていたら急にから揚げが食べたくなりつい声に出てしまった。


「え?唐揚げですか?」


「鶏肉見てたら食べたくなった」


「じゃあ唐揚げにしますか」


「不満か?」


「いや別にそういうわけではありませんけど樹さんがポッと出た考えを通すことが珍しいなあって」


「そうか?」


 そう珍しい事ではないだろう、と俺は思っているが実際のところどうなのか……

 鶏肉を手に取り愛理さんと献立を決めながら店内を歩き回った。




「よし、これでいいですかね」


「そうだな。……むしろ買いすぎたんじゃないか」


「夜食も買ったんですから仕方ないです」


 最初持った時には何も入っていなかったかごの中には溢れそうなくらい様々なものが入っていた。

 少し買いすぎてしまったな……

 今日の夕飯の材料を抜いたとしてもかなりの量だ。


「お会計済ませちゃいましょうか」


 商品をレジに通し愛理さんが代金を払っている間に俺は買ったものをまとめた。


「ありがとうございます」


「……まあこの方が時間効率がいいだろ?」


「はいはい、帰りますよ」


「なんか適当だな」


「どうせ、そんなことを言うんだろうなって思って訊きましたもん」


「なら最初から訊くなよ」と言いたいが愛理さんなので許そう。

 もし愛理さんじゃなければ問答無用で言っていただろうな。

 重い荷物を持ってすぐに家へと帰った。


「作るか」


「一緒に作りますか」


「ん?そうするか」


 結局愛理さんと共同作業で作ることになった。


「愛理さん何作る」


「そりゃぁ唐揚げに決まってますよ。樹さんが食べたいと言ったので愛情のこもった美味しいものを作ります」


「は、恥ずかしいからやめてくれないか」


「誰もいないのに何を言っているのやら」


 愛理さんは買い物袋の中から必要なものを出し早速作り始めた。

 唐揚げ以外となると副菜としてサーモンマリネらしきものを作るかベイクドポテトを作るか味噌汁を作るか……

 思えば和食も洋食も混じって変な献立だな。

 まあ記念だから食べたいものを食べることにした。


「唐揚げ、先に揚げるか?」


「ん~もう少し時間かかる気がしますけど」


「じゃあ先味噌汁とベイクドポテト作るか」


 それに唐揚げは揚げたてが一番旨いからな。

 愛理さんと会話しながらも手を動かした。




 俺は味噌汁とベイクドポテトを作り愛理さんはサーモンマリネらしきものと唐揚げを作った。


「はい、あーん」


「…あーん」


「美味しいですか?」


「ああ、愛理さんが作ってくれたからな」


 何故か味見係として唐揚げとサーモンマリネを愛理さんから口に入れられた。


「じゃあ樹さんもしてください」


「…ほ、ほらあーん」


「あーん!ん~美味しいです」


「そうか」


「じゃあ運びましょうか。あーんぐらいなら食事中に何回でもできますからね」


 まだするつもりなのか……

 されて嫌なことではないし愛理さんにされるのだからむしろ嬉しい。

 皿を運び向かい合って座った。


「じゃ、いただきます」


「いただきます」


「はい、いっぱい食べてくださいね。じゃあ、あ~ん」


 早速愛理さんが俺の口の中に料理を入れようと箸を使いこっちへ持ってくる。

 俺に早く食べてほしいとにこにこと可愛い笑顔でこちらを見ている。

 このままでもいいかもしれない。

 が、流石にずっと持たせたままなのはかわいそうなので俺も「あーん」と言い食べた。


「ちょっと間がありましたね……口移しのほうが良かったですか?」


「固まるが将来結婚したら一回だけしてもらいたい。気になる」


「今でもいいですよ?」


「流石に……」


「私の唾液が混じった料理は食べたくないと。私の唾液は汚いと申すのですね」


「いやそれは断じて違う」


 愛理さんに汚い部分があるとすれば……そういう変な考えを持つところか?

 まあでも可愛いのでよし。


「じゃあ!」


「それとこれとは違うぞ」


「ちぇっ、今度料理に混ぜておくしか……」


「愛理さん?不穏な言葉を使うのはやめてくれないか?」


「まあ混ぜても気づかない樹さんが悪いんです」


「ん?どういうことだ……」


 まさかじゃないよな?


「まあ冗談なんですけどね」


「うん、それが常識だな」


「常識を厳守する人間なので」


「……そ、そうか」


 確かに今回に関しては常識を守っているがいつものことを思い出してみよう。

 明らかおかしい。

 これまでのことを思い出して常識と言えるのは愛理さんと同じ思考を持った人間だけだろう。

 まあそんな人間この世に居るわけないが。


「まあ、まず普通に飯食おうな」


「はい、あーん」


「あーん…………じゃなくてな」


「わ、私に食べさせてもらうのが嫌だと……」


「そうは言っていない。ただこんなゆっくりと食べてたらせっかくの飯が冷めるだろ」


「ぬー合理的ですね。食べてからイチャイチャしましょうか」


 まったく愛理さんは……

 軽くため息をついて俺は夕飯を食べ始めた。




 食器も片づけ二人でソファーに座った。


「あ~もういっそのこと配信やめて二人でいちゃラブ生活しましょぉ」


「それもありだが推しの卒業はつらい」


「そ、そのことを考えてませんでした……二人でいちゃラブ生活の運命は辿れないのか……」


「いや別に配信は配信だろ」


「それもそうですね」


「反応に困る」


 あまり俺を困らせないでほしい、と言いたいところだが愛理さんが黙ってしまうのじゃないかという心配がある。

 愛理さんとの会話は俺を癒してくれる。

 なので愛理さんに黙られてしまったら俺は……

 何をすればいいのか分からなくなったので思考することをやめた。

 思考をやめると目の前に愛理さんが居ることに気づき驚いて目を見開いた。


「驚かさないでくれ」


「ふっつぅぅに、樹さんの顔を除いただけですけどぉ?」


「そうか、気づかなかった」


「いい加減考えることをやめて私を見てもらいたいものですよ。というか~毎回思うんですけど樹さんが驚いたかが分からないんですけど」


 なぜわからない。


「いまだに俺の驚き方が分からない愛理さんに驚いた」


「顔色一つ変えずに驚かれても……」


「いや少し瞼が開いて瞳孔も多少なり大きくなっているだろう?」


「一般人の驚き方を学んでから言ってください」


 そこまで変か?

 驚いたときには瞼が開いているという感じはある。

 そして大体の人が瞳孔が大きくなるのでそういうものだと思っているのだが……

 どうやら俺はそこまで瞳孔が大きくなっているというわけではないらしい。


「まあこうすれば流石に樹さんでも分かるくらい驚きますけどね」


「んぐっ!?」


 急に顔を近づけてきたと思ったらキスしてきた。

 確かに急にされたら普通に驚くだろう。

 というか長くないか?

 キスされてから約十秒普通だったら離れてもおかしくないだろうが、生憎愛理さんに後頭部を掴まれているので俺から離れることはできない。

 愛理さんの柔らかい唇が触れ、微かな息遣いも聞こえてだんだん理性が崩れだんだん頭が真っ白に……あ、違う、ただ単に体内への酸素供給が絶たれて……

 流石に鼻呼吸だけではダメだったのかそれとも愛理さんにキスされて心拍数が上がり酸素を大量に消費したからかは分からないが酸素が体中に行っていないのは分かる。

 そろそろ限界というところで愛理さんの手に入る力が弱くなったので離れた。


「ぷはっ、はあはあ……」


「スゥ―ハァー……死にかけた」


「はあはあ、まだしたいんですけど」


「もうやめてくれ。死にかけるまでするのは何か違う」


「死ぬ時までずっと一緒ですよ」


「洒落にならんからやめてくれ」


「まあでも死ぬまで一緒に居たいですよね」


「そうだな……」


 許嫁という関係でここまで話すことあるか?普通。

 まあ実際愛理さんとは死ぬまで一緒がいいと考えてはいる。


「樹さん、浮気したら分かってますよね?」


「愛理さんこそ」


「樹さんの場合、私が浮気したら相手も潰して雪上家も潰して私だけ得ようとするのでやばいんですよね……」


「一体俺にどういう印象を持っているんだか……」


 こんなことを言っているが絶対にやらないという保証は全くない。

 これと同等かこれ以上のことをやりかねん可能性だってある。


「まあこんな話してますけど」


「浮気なんてするわけないな」


「じゃあ浮気防止のキスを」


「さっき死にかけるまでしたが」


「つれないですねぇ」


 愛理さんをこちらに寄せキスした。


「一瞬だけとは」


「これでも足りないのか」


「30分くらい?」


「死ぬぞ」


「樹さん、それは普通にした場合ですよ。舌を絡め合ったキスなら……」


「それはもう少しこの関係の時間が経ってからな」


 もう少しこの関係のままでいたい。

 愛理さんはもっと進みたいようだが俺はこの関係が一番安定しているので暫くはこの関係でいたいというのが本音だ。


「もう実際会ってから2~3ヶ月経ってますけど」


「付き合ってからは?」


「1週間ぐらいですね」


「まだ1週間だぞ」


「1週間ですね。それがなにか?」


 どうやら愛理さん的には1週間も経てばいいらしい。

 どうかしてるよな?俺、間違ってないよな?

 今すぐにでもスマホを取り出して検索欄に「カップル キス 何週間から」とでも入れて検索したい。


「ん~まあ樹さんからしたらちょっと早いんですかね」


「ちょっとどころの話じゃないが?だいぶ早いぞ」


「じゃあ樹さん的にはどれくらいをご所望で」


「まあ早くて2か月、と言いたいが3ヶ月くらいだ」


「はぁ……」


「なんだその「はぁ」は……これでもだいぶ譲歩してるんだ」


「そんなんだから樹さんに対する印象が事務所の人全員一緒なんですよ」


 そ、そうなのか……

 決して口には出さなかったが、内心納得がいかず驚いている。

 まさかそんな理由で俺への印象が決まっていたなんて……


「印象を直すために愛理さんにアタックをするのはなんか違うな……」


「う~ん学ばないんですね」


「ん?」


「だ~か~ら~そういうところが樹さんの印象に関わってるんですってば!まったく……」


「はい……」


 愛理さんに怒られてしまった…気がする。

 俺何か悪い事でも言ったか……?

 俺の発言を思い出してみたが俺自身別に変なことを言っているとは思わない。

 でも愛理さんが言うなら印象がそこで決まっているということなんだろう……


「いいですもん。タイミングは樹さんに合わせてあげますけどぉ、その代わり現段階でできることは私の言う通りにしてくださいね」


「あっ……」


「それではキスを~」


「よ~し、気分転換にでも配信するか~」


「言う通りにしてくださいね?」


 さ~て配信配信っと。

 俺はリビングからいち早く逃げるために勢いよく扉を開け追いつかれないためにもすぐ閉めてそのまま自分の部屋へ直行した。

 愛理さんのおかげで逃げスキルが上達していく気がする。

 扉を開けて愛理さんが入ってこれないように適当なもので扉を塞ぎ椅子に座った。


「配信をするかこのまま耐え凌ぐか」


 どちらにせよ、愛理さんの気が変わるまで待たなければならない。

 ゲームをしていてもいいがどうせなら配信をしようと思い配信開始の告知をしすぐに準備を始めた。


「まあ軽く雑談ってことにしよう」


 枠を立て少し様子を見てみると明らか異常な人数が数値として出されていた。

 に、二万人ってなんだよ……

 これまで俺の配信では見たことのない数字に凝視してしまった。

 気づかなうちに配信開始五分前になっていた。


「や、やばい。減るどころか増えているんだが……」


 最初見たときは5000人だったのが今や1万人へと増えている。

 ただの雑談枠にこんな人数が集まらないでほしいと思えてきた。

 それでも配信をやると言ったからにはやるしかない。

 そう思い配信を開始した。


「こ、こんばんは。神木凛斗だ」


『来たぞ!』

『こんちゃー』

『色々と聞きたいことがある』

『羨ま…タヒね』


 んーコメントの流れがいつもの5倍近く早く流れているな。

 これじゃあ見てるだけで中々拾うことはできないな……


『凛斗、説明』


「ふむ、立凛貴様待機してたな」


 立凛には一応モデレーターとしてレンチみたいなのが付いている。

 そのおかげで立凛のコメントは他のコメントよりも見やすく簡単に拾うことができる。

 コメントは多少ざわついているが俺は立凛の要望通り説明をすることにした。


「色々とあったんだわ。まあ公式配信に出たきっかけって言うのは、雪が言ったと思うが分からない人というかあの配信に来てない人に言うわ。siveaの社長と単に知り合いだったからだ。社長がきっかけで雪と会ったわけではないからな」


『なるほど。んで?』


「で、あの性格だから出れば?みたいなこと言うわけだろ?つまりそういうことだ」


『ふむ、ようわからん』

『社長だからな……』

『あの会社は狂っているもんな』

『一般人(個人V)さえも出す企業、それがsivea』


「全員『仕方がない』という結論に至ったな」


『後ろでなんか音鳴ってね?』


「え?」


 ヘッドホンを外すとドンドンと何か叩かれている音が扉の方からする。

 愛理さん配信中だからやめてくれ……


『開けろー』


「雪……」


『ゆきちゃんだ!』

『現れた!』

『物音の原因はゆきかwww』

『同棲してると言ってるから匂わせとか気にする気ないwwww』

『後ろから物音する配信とか物騒すぎて草』


 愛理さんの登場によってコメ欄の話題が全て雪へと変わった。

 いや元から雪の話題ではあるが……


「雪!今配信してるんだから入ってこようとするな」


「そんな大声で言わなくても配信の音声、聞こえてるんでー」


「じゃあ扉を叩くのやめろ」


「部屋入れてくれないとやめませーん」


 マジかよ、と思っている間にも扉からはドンドンと音が鳴っている。

 むしろ時間が経つにつれてさらに音の大きさが上がっている気がする。


「やめてくれ……」


『てぇてぇ』

『えぇなぁ、これ』

『そのうちこれが夫婦の会話に代わるのか』

『はぁ、凛斗お前……幸せもんだな』


「開けてくれないと怒りますよ」


「はぁ……」


 俺は立ち上がり部屋の扉を開けた。


「はい、もう帰れ」


「凛斗さんのリスナーみってる~?」


『見てる!』

『キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!』

『夫婦配信きちゃぁああああああ』


「えへへ、夫婦だって夫婦」


「夫婦じゃないからな」


「"まだ"夫婦じゃないですもんね~」


『ごふっ……』

『おい!大丈夫k―――――』

『てぇてぇこれが尊タヒかぁ――――――』

『ダメだこいつらもう息が――――――――』

『†┌┘墓└┐†』


 あぁ、ダメだこりゃ。

 雑談枠のつもりだったが雪が登場したことによってコメ欄が混沌としている。


「これが俗に言うバカップル」


「自覚があるならやめないか?」


「えぇ~カップルなのに?結婚するのに?」


「結婚は別だろ」


「え~でもするつもりですし」


『この雑談枠殺戮兵器だ……』

『おぉ死んだはずのじっちゃんが向こう岸で手、振ってんなぁ』


 ただの雑談枠が殺戮兵器へと変わっているらしい。

 よく考えてみろ昔の俺になればわかる、この配信はある意味(尊死する可能性が高い)危険な配信だ。

 こんな配信早くやめるべきだ、と思っているが……


「ん~やっぱり夫婦って言葉が一番いいね」


「おい?配信を乗っ取るな」


「夫婦配信」


「夫婦じゃないが」


「カップル配信」


「まあ間違ってはいない……じゃなくてだな……」


 確かにカップル配信ではあるが俺が立てた枠の趣旨と大きくそれたものになる。

 普段の配信だったらあまりよくないだろうが今回は雪姫雪花という存在が居るからな……


「は~い、じゃあもうこの配信閉じるね」


「おい、愛理さんやめろ」


『もう閉じるだと……』


「いや~それがね~私から逃げたうえ、部屋の扉を閉めて配信始められたからね……」


『凛斗さっさと配信閉じろ』

『閉じておいた方が身のためだ』

『いや~満足満足』

『さ~てsiveaの誰か見てくるか』

『おつ』


 コメ欄を見ても、もう閉じる流れで行こうとしている。


「じゃあね。おつ~」


 愛理さんが配信を閉じてしまった。

 途中から終始雪姫雪花による乗っ取り配信へと変わってしまっていた。


「ちゅー」


「はぁ……」


「なんでため息つくんですか」


「少し距離置くか」


「……?い、樹さん?何を言って……」


 愛理さんは困惑して今にも少し泣き出しそうな顔をしている。


「いや、今の話は忘れてくれ」


「よかったぁ……」


 あんな顔されたら誰だってこう言うはずだ。

 かくいう俺も愛理さんと距離を置いてしまっても寂しくなってすぐに距離を置くことをやめると思う。


「もうそういうことはあんまり言わないでくださいね」


「ああ」


「詫びキス」


「頭撫でるだけでいいか?」


「しょうがないですねぇ~どうぞ」


 頭を差し出してきたので、手を伸ばし優しく撫でた。

 撫でるたびに愛理さんは猫のように満足げな顔でもっと撫でてほしそうにする。

 やはり愛理さんを動物に例えるのなら猫だな。

 そんなことを考えていたら愛理さんに猫耳を付けてみたくなった。


「今度は私の番ですね!」


「なんで上機嫌なんだ?」


「だってそりゃぁ樹さんに頭撫でられたので」


「愛理さん一つ言いたいことがあるが男の頭なんて撫でても楽しくないぞ」


「じゃあ膝枕付きというのはどうでしょうか」


「…ちょっと待ってくれ」


 膝枕付きだと……そんなの最高じゃないか……

 愛理さんの膝枕が付くというのなら……


「風呂に入ってからでもよろしいでしょうか……確実に寝るんで……」


「いいですよぉ~」


「じゃあ風呂入ってくる」


「一緒に入りましょうよ」


「……そうするか」


「え、明日、隕石でも降るんですかね」


 どういうことだよ。

 どうやら愛理さんは俺が拒絶すると思っていたようだ。

 勿論、拒絶するつもりではあったがなぜか無性に愛理さんと今日はずっと一緒に居たくなった。

 先に支度が終わった俺から風呂に入った。


「樹さんのため愛しの愛理さんが来てあげましたよ~!」


「体洗うの手伝おうか?」


「えっちですねぇ、まあそんなにしたいというのならぁ?お願いしますけど?」


「じゃあやめておく」


「嘘です。ごめんなさい。どこ触ってもいいので洗ってください」


 まあせいぜい触っても背中だけだな、と思いながら湯船から上がり愛理さんの後ろについた。


「ん~やっぱり椅子一つじゃ足りませんね」


「まあ別に増やす必要もなくないか?俺が屈んで洗ってやればいいだけの話だし」


「樹さんにもちゃんと座ってもらいたいです」


「今ないことはどうしようもないからな。ほら背中洗うぞ」


 風呂場についている鏡に愛理さんのにやけ顔が映っていたが無視してボディーソープを手に取り愛理さんの背中に手を付けた。

「んっ」などと何故か愛理さんが声を出すせいでとてもいやらしい感じがするのは俺だけか?

 肩甲骨あたりを洗っていると愛理さんの様子がおかしくなったので手を退けたらこっちへ倒れてきた。


「そう何度も引っ掛からん」


「チッ」


「はいはい、普通に洗うぞ」


 俺に胸を触らせようと愛理さんは何度も仕掛けてくることが多くなったが流石に同じ手は二度は通用しない。

 その後は特に何もなく背中を流し終わった。


「樹さん前もお願いします」


「はぁ?」


「私の体は見るに堪えないと……」


「はぁ……俺が固まるかもしれないから無理だ」


「じゃあ手だけ貸してください」


「どうしても俺の手で洗ってもらいたいのかよ!」


 冷静にそんなこと言われたら流石に動揺する。


「どこ触ってもいいって言いましたけど!?」


「それとこれとは違うだろ!第一、どこでも触ってもいいとは言っているがその言い方だと強制的なものじゃないからな!」


「じゃあ……体の隅々まで洗いなさい」


「あぁあああ、その喋り方されると、紀里を思い出すからやめてくれええええ」


「目の前に彼女である裸の美少女が居るというのに他の女の話ですか!許せませんね!尚更私の体に触れて頭の中を、私で一杯にしなければ!」


「やめろぉおおおおお」




 結局、俺による脳内裁判により俺が悪いと有罪判決を受けたため目を瞑って愛理さんの体を洗うことになった。

 まあそのなんて言うか愛理さんの体にちょっと触りたかったというのもあったり……

 目の前が見えず今どこに手があるのかすら分からない。


「事故ったらしょうがないということでもう少し近づいてください」


「……んむっ!?なにしゅんだ!」


 少し前に出たら顔を両方から何かで挟まれた。

 まあこの状況考えられるのは愛理さんの太ももぐらいだが……

 どうやって愛理さんの体を洗えと!ええ、今、目を開けたらとんでもない大事故が起こるので目は開けられませんけどねぇ!

 テンションがおかしなことになっている気がする。


「あの~愛理様、どうやって洗えばよろしいでしょうか」


「……これでいいかしら?」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 脳内で俺のことを踏んづけてくる、紀里の姿を思い出した。

 腕が動かせるようになったので慎重に上へと持っていった。


「どこが愛理さんのお腹だ?」


「なんですかね、このマヌケな状況」


「愛理さんのせいだろ!」


「……引っ張るのであんまり動かさないでくださいね。動かしたら本当に事故りますからね?私がいいって言うまでに動いたら本当にダメですよ。まあ私は事故ったほうが……」


 話を変えられたうえ、珍しく念に念を押されたと思った途端、これだ。

 逆にここで欲が出ていなければ心配してたかもしれないがな。

 この何ともマヌケな状況で愛理さんの指示に従いながら手を動かした。




 結論から言おう理性が吹き飛ぶ。

 目を瞑った状態で愛理さんの言う通りに愛理さんの体を触っているのだから普通に脳が溶けそうで危険だった。

 二度としないからな、と思ってはいるが実際俺の欲がそれを我慢できるか……

 そしてそれを愛理さんに膝枕をしながら頭を撫でてもらっている状況で考えている。

 こんな状況誰でも背徳感を感じるだろう。


「いや~もう一回ぐらいしたいですね」


「しばらくはやらないからな」


「『しばらくは』ってことは二回目があるということですね」


「ないかもしれないしあるかもしれない、と思っていてくれ」


 可能性はゼロとは言えないからな。

 だんだん頭を撫でられているのと膝枕によって眠気が誘われ瞼を閉じて俺は寝てしまった。

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