#18

 雪上家の集まりは少し後の日になるとのことで1月1月までこっちに居ることになった。

 そして俺は手伝いという名目で櫻花たちにこき使われていた。

 そして今日、12月28日は愛理さんの誕生日だ。

 さて……プレゼントはどうしたものか。

 俺は昨日一昨日とプレゼントを買おうと思って時間を見つけようとしていたが手伝いに時間を取られまったく事務所から出ることができていなかった。

 そして愛理さんにプレゼント何がいいか訊いても俺というか「樹さんのはじめて」としか言わないのでとても困っている。


「櫻花、愛理さんへのプレゼント何にしたらいいと思う?」


「若者が好きなものは知らん。影南か黒瀬に聞け」


「使えねぇな」


「恋愛経験0なんでね。異性からプレゼントなんて貰ったことないね」


 とりあえず櫻花は使えないことが分かったので同じ建物内に居る影南さんに訊いてみることにした。




「愛理さんへのプレゼント、ですか……」


「ああ」


「欲しがっているものをあげるとかはどうなんですか?」


「俺に貞操を守らせてくれ」


「あぁ……雪姫雪花の中身ですもんね……」


 どうしてもその言葉が気に食わないが俺もだんだんと認めていることなので見逃すことにした。

 影南さんの言う通りあのやべぇ清楚?姫としても有名な愛理さんだからな、ぶっ飛んだ発言をしてもおかしくない。

 雪姫雪花のマネージャーである影南さんならよく知っていることだろう。


「無難にコスメグッズとかでいいんじゃないんですか?」


「愛理さん化粧するのか?」


「してると思いますけど。まあ化粧しても素と大して変わらないですからね」


 じゃあどうしたらいいんだよ……

 愛理さんも一応配信者だし配信機材でも買ってやるか?

 でもそれは誕生日プレゼントとしてどうかと思うそして出費がえげつな……いや俺は愛理さんに貢ぐと決めたんだ……


「まあでも困っているのなら花束と…ハンドクリームとかでもあげたらどうです?」


「ついでにケーキとかも買えばいいか」


「ケーキならいい店知ってるので教えましょうか」


「ああ、頼む」


 ようやく愛理さんへのプレゼントが決まった。

 これで愛理さんが喜ぶかは分からないがまあ何もないよりはましだろう。

 今は特に手伝うこともないのですぐに買いに行くことにした。

 買いに行くと言ってもどこに何屋があるのか全く知らないので影南さんに教えてもらった。









 ハンドクリームは何にするか悩んだが店員に訊きながら愛理さんによさげなものを選んだ。

 そしてケーキはショートケーキを買って一度事務所へ戻った。

 そのまま花束も買おうか悩んだが事務所の横にあるし両手が塞がってしまっているので一度事務所に置くことにした。


「あ、樹さん!どこ行って……その荷物はなんですか?」


「ああ、丁度いいか。誕生日おめでとう愛理さん、プレゼントだ。まああと花でも買うつもりだけど」


「ハンドクリーム丁度なくなってたんですよね~ありがとうございます。あとこれは……」


「ショートケーキだ」


「あ、これあの店の……あの店のケーキ美味しいんですよね。これもありがたく頂戴します」


「すぐ食べるか?」


「いや流石にすぐは食べないですけどどちらもデスクに運ぶので貰っちゃいますね」


 愛理さんに買ってきたものを手渡した。

 喜んでくれてよかった。

 買いに行っている途中少し不安になったが不安に思う必要もなかったようだ。


「花も買いに行くんだが付いて来るか?」


「いえ、樹さんが何の花を買ってくるのか楽しみなので期待して待ってます」


「え……」


 それだけ言ってしまうと俺が買ってきた物を持って部屋へ戻ってしまった。

 愛理さんに似合いそうな花を買うつもりだったがこれは……ちゃんと選んで買ったほうが良さそうだな。




 事務所を出て隣の花屋へ入った。

 花屋へ入るとショーケースに入った無数の花と独特な香りに混じった甘い香りが広がっていた。


「いらっしゃいませー」


 丁度店員もいるようなので俺はどういう花にすればいいのかアドバイスをもらうことにした。


「すみません。恋人へ贈り物として何かいい花ってありますか?」


「……誕生日にでしょうか?」


「はい」


「そうですか。でしたらザクロの花がいいかと。ああ、でも恋人へ贈るというのならプリムラシネンシスでもいいかもしれません」


「この花ですか?」


「ええ」


 ショーケースの中に札と共に置かれている白い花だった。


「似たような花言葉の物でしたらキキョウもありますね」


「ちなみにどういう花言葉で?」


「永遠の愛、永遠の愛情です。恋人という関係だけでしたら少し重いかもしれませんが」


 確かに恋人という関係だけだったら少し思い愛のようにも見て取れる。

 ただ愛理さんに似合いそうというのと花言葉が個人的に好きなのでこの二本は決めた。


「この花は……」


 ふと一本の花が目に入った。


「ナズナですか……花言葉はあなたに私のすべてを捧げますみたいな感じです」


 まさに愛理さんへ贈る花としてはピッタリな花な気がする。

 この三本が気に入ったので買うことにした。


「プリムラシネンシスとキキョウ、ナズナを買います」


「それぞれ一本ずつで?」


「あ、そこはお任せします。花束にしてもらえればいいので値段はあまり気にしません」


「分かりました。すぐ束にするのでどうぞ店内をお好きにご覧下さい」


 店員の人はカウンターから離れるとショーケースを開けて花を出し束にし始めた。

 俺は特にそちらを気にせず店内の花々を見て時間を潰した。


「ああ、すみません。これもお願いできますか」


「はい、分かりました」


 気に入ったものがあったのでそれも三本と同様に束にしてもらった。


「できました。こんな感じでどうでしょうか?」


「凄くいいです。ありがとうございます」


「それは良かったです。会計は……こちらになります」


 表示された値段の分の金を出して支払いを済ませた。


「そういえばこの花は?」


 頼んでいない花が何本か入っていた。


「ああ、キキョウ以外白なので少し鮮やかにさせてもらいました。こちらが勝手にしたことなのでお代には含まれません」


「……ありがとうございます」


 同じ花のように見えるが様々な色があってとても色鮮やかで綺麗だと思えた。

 店を出てすぐに事務所に戻った。

 流石になかなかの大きさの花束を持って事務所に入ったからか周りからの視線がいつもより多い。

 愛理さんが居るであろう部屋の通路を歩いていると愛理さんの姿が見えた。


「愛理さん」


「はい?て、花束なかなか大きいですね」


「確かにそうかもな」


 愛理さんに持たせてみると両手いっぱいの大きさだった。

 花束を持った愛理さんの姿はいつもよりも増して美しく見えた。


「似合ってる」


「そうですか?」


「ああ、綺麗だ」


「恥ずかしいです」


 顔を赤くして俯いてしまった。

 確かに急に綺麗とか言われたら愛理さんでもそうなるか……


「じゃあ私はこの花たちの花言葉をちゃんと調べますからね」


「あ、ああ……」


 まさか愛理さんが花言葉を調べるとは思ってもいなかった。

 愛理さんは顔を俯かせたまま部屋へと戻っていってしまったのでやることもない俺は大人しく櫻花たちのところへ戻ることにした。

 そういえば向こうが一緒に束にしてくれた花の花言葉って……

 それと俺が気に入って入れてもらった花の花言葉も知らなかった。

 気になってその花を調べてみた。


「えっと俺が気に入ったのは確かスイカズラだったか?」


「スイカズラ」と検索してみると俺が気に入った花と全く一緒だった。

 そして「スイカズラ 花言葉」と検索してみるとまず第一に「愛の絆」そしてそれに続いて「友愛、献身的な愛」と出てきた。

 まあいいのか?

 彼女への贈り物としては良い気がすると思いながら花言葉の下にこの花の特徴が掛かれていたので見てみた。


「ええっと……どんなものにでも絡みつく……」


 確かに「愛の絆」という花言葉が付く理由としてあっている気がする。

 だが愛理さんがこれをどう受け取るかだ……

 愛理さんは俺のことを束縛するタイプだと思っているらしいからな……

 内心ひやひやしながらももう一つの向こうが入れてくれた花を調べてみた。


「ルピナス?多分この花か」


 独特な形のしている花だったのですぐに分かった。

 この花はなぜか見たことがあるな。

 そんなことも考えつつこの花の花言葉を調べてみた。


「『想像力、いつも幸せ、貪欲、あなたは私の安らぎ』」


 もしかするとあの店員は俺が選んだ花の花言葉から察してこの花を選んだのかもしれない。

 この中でもいつも幸せとあなたは私の安らぎがあっている気がする。


「しかしこう考えてみると花言葉の意味が少し重いものが集まった気がするが……」


 まあ愛理さんに贈るにはこれぐらいの言葉があってもいいよな。

 この花言葉を知った愛理さんの反応が楽しみだ。

 まあなんだかんだ言って「これはもうプロポーズです。ベッドインしましょう!!!」とか言ってきそうだな。

 そろそろ俺も耐えられなくなってきそうなのでやめてもらいたい。


「おい、若いの」


「なんだよ」


「手伝えや」


「は?大体終わっただろ」


「追加」


「ふざけんな」


 櫻花の元へ戻って来るや否やまた手伝わされることになった。

 こんな生活があと今日含めて5日もあるのかよ……

 俺だって折角東京に来たんだから遊びたい気持ちがある。


「もう増えないよな?」


「私の仕事の速さによるかなあ」


「もっときびきび働けや」


「自由気ままに呑気することが大切。異論は認めん」


「ほう?ならお前はこれを見ても呑気にできるんだな?」


 突如として現れた白葉が手に持っていた物の納期が明日と書かれていた。

 それも何やら結構重要そうなので他のものよりも先に手を付けたほうがいいんじゃないか?


「一日延長とかって……」


「無理だ。そんなこと言ってる暇あったらさっさとやれ」


「神崎~助けて?」


「んなもん知らん」


「手伝ってくれたら金払うよ」


「ちなみにどんぐらい?」


「私のから……冗談。千円ぐらいで」


「よっしゃ引き受けた」


 俺がアッパーを繰り出す前に櫻花は冗談と言い切り千円と提示してきたので乗った。


「あと言っておくがその冗談はやめておいたほうがいいぞ。お前もいい年だからな」


「は?まだまだわけぇし」


「俺から見たら……いや世間一般的に見たらだわ」


「そういう年頃が好きな人もいるんだぞ」


「そうなのか?」


「まあ神崎は恋人が居るからね~知らなくてもしょうがない」


 それは恋人がいるかどうかの話じゃない気がするが……

 世の中にはそういう性癖が歪んでいる人間がいることを知った。

 まあ俺はどれだけ性癖を歪めようが愛理さん以外の女性を好きになることはないだろう。

 というか愛理さんのせいで性癖を歪められそうな気がするが。

 これからどう愛理さんの手によって俺の性癖が歪められるのか頭の中で考えながらも櫻花の手伝いをした。









「はい、千円」


 櫻花に千円札を貰い俺は財布にしまった。

 いや~櫻花から金を貰う日が来るなんて思ってもいなかったな。


「ちなみにその千円って何に使うの?」


「雪花様に貢ぐ」


「おい」


「今日のスパチャは千円だな」


「配信あるたびにスパチャしてんの?」


「…………二配信に一回だけだ」


「結構高頻度」


「そこまで額を送ってないからな」


 スパチャする額は俺の中で大体決まっている。

 雑談系は1000円~10000円、ゲーム系は5000円~8000円、コラボや祝い事の時は20000円~50000円。

 まあ必ずしもこの額を送るというわけではないがそこら辺は財布事情による。


「それを愛理ちゃんは知ってるの?」


「知っている。ただどの名前で送っているかまでは分からないだろうな」


「いや二配信に一回だったら嫌でも名前を覚えると思うけど」


「まあ二配信に一回ということは言ってないから大丈夫だろ」


「うん、多分バレてるでしょ」


 そんなことないと思うだけどな……

 無意識のうちに配信で話していなければ愛理さんには知られてないだろう。


「はぁ……千円だけスパチャするくらいなら愛理ちゃんに何か買ってあげな?」


「……もうプレゼント渡したんだよ」


「まあ配信サイトに少し取られて愛理ちゃんの手に渡るよりなんか買ってあげたほうがいいでしょ」


「それもそうだな」


 それに最悪配信サイトに少し取られて愛理さんからプレゼントとして俺の手元に帰ってくることになるかもしれないからな。

 というか愛理さんから何か物を貰う時点で手元に帰ってきてるのかもしれないな。


「あぁ~推しに貢ぎてぇ」


「もう今から愛理ちゃんのところ行って神崎自身ごと貢げば?」


「それは愛理さんが引くだろ」


「いや引かないでしょ」


「あんな感じだが押しに弱くて可愛いんだからな。引くと思うぞ」


「その謎の自信は何なの?」


 確かに引かれることに自信を持つのはおかしいな。

 櫻花の言葉によって目を覚まされた気分だった。

 でもいつも優しい愛理さんにそういう目で見られるのもありかもしれないな。

 ただ愛理さんに俺自身を貢ぐと……俺の純潔な体が純潔じゃなくなる危機を迎えると俺は思う。


「まあなんか適当な物買うわ」


「それでよし」


「何を買うか……」


 今日また何か買ってプレゼントするのは面倒だししばらく先でいいと思っているが……

 愛理さんの欲しいものが分からないので何を買うかまた悩まされることになりそうだ。


「ああああああああああ」


「どうした?」


 突如、櫻花が大声で奇声を上げた。

 どうしたんだと思いながらも櫻花を見てみるとPCの画面を見たまま固まっている。


「文句あんだったらお前らがやれよ!クソがあああああああ」


「落ち着け。どうしたんだ」


「私がモーション付けたやつ修正点たっぷりで帰ってきたわ。ふざけんなよ!勝手に修正すればいいじゃんかぁ……」


 どうやら櫻花の担当したモーションに不備があったらしく修正点を添えてメールで帰ってきたようだ。

 確かに修正点が分かっているのなら向こうでやってもらいたいな。

 まあ人手不足というのなら仕方がなくもない気がする。


「なーんで私ばっかりこんな仕打ちを受けなきゃならんのさー」


「がんば」


「おめぇも手伝うんだよ」


「やらん、というかそれ俺できないし」


「軽くできるでしょ?」


「できないものはできない」


「そんなぁ」


 まあやることもないし隣にでも居ようかと考えたが、


「神崎。雪上が呼んでるぞ」


 突如声を掛けてきた白葉が指さした方を見てみると扉の前に立っている愛理さんの姿が見えた。

 流石に愛理さんのことを無視するわけにもいかず櫻花の元を離れて扉の前へ向かった。


「どうした?」


「私の誕生日を祝うことになったんですけど~樹さんもついでにどうかなって」


「事務所のほうでやるんだろ?俺行って大丈夫なのか?」


「『別にいいんじゃないんですか』って影南さんが言ってましたよ」


「適当だな」


「まあいいから来てくださいよ」


 愛理さんに腕を掴まれそのまま引っ張られるようにして部屋の外へ出た。

 顔見知りだけだったらいいんだが……そういうわけにもいかないだろうな。

 せめて人見知りが発動しないように努力だけはしよう。努力だけは……

 そうこうしているうちに事務所の前まで来ていた。


「おやぁ?樹君じゃないか~」


「なぜここに居る黒瀬さん」


「え~ゆきちゃんの誕生日だし祝ってあげようかなって思ってね」


「宴会気分だろ」


「正解。御覧の通りもう結構酔いが回ってるよ」


 なんとなく俺はここに居ても大丈夫な気がした。

 まさか黒瀬さんが事務所に来てるとは思ってもいなかった。

 ここの所属のVtuberだから居てもおかしくはないが家で寝てるのかと思っていた。


「中、入らないの?」


「ほら、樹さん行きますよ」


「あ、ああ」


 愛理さんに引っ張られ黒瀬さんには押され半ば無理やり部屋の中へ入ることになった。

 結構人いるな……

 だんだん不安になってきた。


「妬白~化け物連れてきた」


「え!?ま、まさか……げ、なんで居るのぉ」


「久しぶりの再会だというのに嫌そうな顔をされてもな……」


 こんなこと言っているが俺も正直こいつとはあまり関わりたくない。

 俺たちがいるところから少し離れたところで声をあげているのは月花 妬白つきはな とはく

 白月華ツキの中の人だ。

 雪花様とコラボするので白月華ツキはまだ許せるのだがこいつは苦手だ。

 妬白は持っていた物を机に置くと俺の元まで近寄ってきた。


「ゆきちゃんちょっとこいつ借りていい?話したいことがあるから」


「え、いいですけど」


「ごめんね~おい、一旦部屋出よっか?」


 部屋に入って早々部屋を出ることになった。


「あの事は黙ってろ?喋ったら私もお前も死ぬから」


「喋らないから心配すんな。正直俺もあの事は掘り返したくない」


 二人には三年前に黒歴史がある。

 触れることすらも許されない一生記憶に残るような黒歴史が。


「はぁ、お前の顔を見たら思い出した……」


「黙ってろ」


 思い出したくもない記憶が蘇ってくる。

 お互い触れたくない過去を思い出し吐きそうになりながらも部屋へ戻った。


「浮かない顔だね~昔の事でも思い出したのかな?」


「黒?殴るよ?」


「ひぇ~怖い怖い」


「樹さんどういうことですか?」


「愛理さん人には触れてはいけない黒歴史を一つは持っているだろう?まあそういうことだ」


「先輩、あとで教えてくださいね」


「ゆきちゃんその話はもうやめようね?」


 たとえ愛理さんであろうとこの三年前の黒歴史は知られてはならない。

 ここに居る黒瀬さんは知っているが口に出すことはないだろうから安心できる。


「ほら愛理さんは主役なんだから前に出たらどうだ?」


「え~樹さんと一緒がいいです」


 まあ妬白の近くに居るくらいなら……

 そう思い愛理さんと一緒に前のほうへ出た。

 流石に主役である愛理さんの横へ立つことはおこがましい気がしたので少し離れたところで立っていることにした。


「前出たら?」


「俺は主役と違うからな」


「……ふぅん。おーい!皆~ここに神崎居んぞー」


 各々で話していたり愛理さんの方向を向いていた人たちが全員こっちへ注目した。

 黒瀬さんはまた余計なことを……

 この状況を見て黒瀬さんは面白そうに笑っている。


「ほらゆきちゃんのところ行けって」


「お、おい……」


 背中を押され愛理さんの横に突き出された。


「えっと……ど、どうも?」


「え、神崎ってあの神崎?」


「うわぁ変わったねぇ」


「はあ、えらいでかなったな」


 見知った顔の人たちが近づき「久しぶり」だの「おっきくなったな」などと言っている。

 まあ確かに最後にあったのは中学生の時だったが……


「むぅ~樹さんは私のものです」


「「「「え゛!?」」」」


「あ、逆ですかね?」


「どっちでもいいんじゃないか?」


 愛理さんの唐突な発言にこの場に居るほとんどの人は固まってしまったがそれを横目に愛理さんといつも通り喋った。

 ああ、そうか。黒瀬さん以外は俺たちの関係のこと知らないもんな。


「は~神崎とゆきちゃんがねぇ」


「まあなんだかんだ言ってお似合いじゃない?」


「二人が並んでも違和感働いてねぇし」


「ふーむ、ゆきちゃんを神崎に託すか神崎をゆきちゃんに託すか悩みどころ」


 さっきまで各々で話していたというのに俺と愛理さんの話題になってしまった。

 愛理さんは嬉しそうだが俺は少し面倒だなと感じていた。




 酒を飲んでいるやつも居るからか話題が尽きず皆ずっと喋っている。

 途中で社長も顔を出したりただ一人の誕生日を祝うにしては豪華なものになった気がする。

 誕生日を祝ってもらうのにこれだけ沢山の人が集まる愛理さんは人気者だな。

 愛理さんの彼氏の身としては独占欲が働いたからか少し複雑な気分だった。


「はぁ……お前も変わったね」


「変わって当然だろ」


「いや、愛に溺れているって言えばいいのかね。ゆきちゃんの事しか見れなくなっているじゃん」


「可愛い愛理さんだけ見て何が悪い」


「うわぁ……神崎が可愛いって言葉を使うなんて」


「黙れバ……」


 俺が言い切ろうとする前に妬白から殺気を感じたので振り向いてみると相当頭に来ているのか目が細くなり額にしわを寄せていた。

 流石に「ババア」まずかったか。

 まあそんな言葉に過剰に反応する妬白も妬白だが……


「やっほー!まだ終わってないよね?」


「あ、ルドさん!まだ終わってませんよ」


「ゆきちゃーん!!会いたかったよ~げっ、婆にバケモンまで」


「「喧嘩売ってんのか?」」


「ひぃ~こえ~こえ~婆は分かるけどなんでバケモン居んの?」


「そいつゆきちゃんの許嫁らしいぞ」


「え゛!?バケモンとゆきちゃんが?ないわー」


 突如現れてこの場の全員の意識を持っていったこのアホ毛の生えた曲者は黄金 ルドこがね るど

 黄金ルドという名前はVとしてでの名前で本名は如月 黄石きさらぎ きせき

 一期生にして黒瀬さんと妬白と同じく元REVIAの社員だ。

 俺がREVIAとsiveaで「化け物」やら「バケモン」やら言われる原因になった人でもある。


「ねぇねぇ許嫁なら二人でキスしてよ」


「はあ?お前常識考えろよ」


「わーバケモンが怒ったー」


「あのな……」


 自由気ままで無責任なところは3年前と全く変わっていない。

 この性格もあってか俺は少し苦手だ。

 俺は黄石に近寄り頭に生えたアホ毛を引っ張った。


「いたたたたた!やめろアホ毛を引っ張るなー!」


「だったら大人しくしてろ」


「大人しくする。大人しくするからやめろおおおお」


 俺はアホ毛から手を離した。

 黄石は頭を押さえながらこっちを睨みつけてきた。


「性悪、外道」


「意味が分からん」


「バケモン、お前は年上に対する礼儀がなってないぞ」


「お前のことを年上だとは思ったことがないからな」


「いだだだだ、やめろ!引っ張るな」


 愛理さんがジト目でこちらの様子を見ているので仕方がなく手を離してやった。


「ゆきちゃんこんな奴が許嫁というか将来の相手でいいの!?」


「え?何か問題でも?」


「絶対DVするって」


「それはそれで……」


「え」


「俺が愛理さんを傷つけるわけないだろ!」


「えぇ……」


 俺なんかおかしい事でも言ったか?

 黄石がさっきから俺に対しても愛理さんに対してもまるで信じられないと言わんばかりの引き方をしている。

 愛理さんの性癖がMであろうが可愛い俺の好きな彼女であることに変わりはないしそんな彼女を傷つけるつもりが俺にはない。


「そ、そっか。あ、あははは……うんやっぱり二人はお似合いだと思うよ」


 黄石はそういうと俺を押すとそのはずみで愛理さんに抱き着いてしまった。

 周りの目が……

 面白いものを見ているような目で見られている。


「大胆だね~このままキスしちゃえば?」


「しない!」


「え、してくださいよ~」


「絶対にしないからな」


 愛理さんから手を離し心を落ち着かせた。

 まったくこいつらは……

 軽くため息をつこうとしたら突然愛理さんの顔が目の前に来て唇が触れ合った。


「あら~」


「ひゅーお熱いねえ」


「あ、愛理さん?恥ずかしいからやめてくれないか」


「不満があるならもう一回キスして口の中に舌入れてかき回しますよ」


「んな……」


 そんなことをされたら俺は一生からかわれることになるしキスしている最中に気絶しかねない。

 俺の予想ではあるが愛理さんは絶対に理性を破壊するかとろけさせるぐらいやばいテクを持っていると思う。

 まあこの事実が当たっていろうがなかろうが一生からかわれることに変わりはないしなんなら気絶したほうがよっぽど楽になると思うが。


「ん~流石ゆきちゃん。人がいる中でも平然とやばいこと言うね」


「樹さんが悪いんです」


「まあ神崎だしな」


「神崎だからしゃーない」


 満場一致で俺が悪いことになっている気がする。

 というかなんで俺へ対する認識がみな一緒なんだ?反論できないが。

 俺が過去になにかしたか?と思うぐらいなんだが心当たりが思い返せる限りない。

 結局分からずじまいのまま時間が過ぎていった。









 気づいた頃には宴会騒ぎだった愛理さんの誕生日会も落ち着いてきていた。

 愛理さんもそのことに気づいたのか配信もあるからということでお開きにした。

 配信のある愛理さん、妬白、黄石は先に抜けてしまった。

 俺は特に配信も予定もあるわけではないので後片付けを手伝うことにした。


「おい、黒瀬さん。手伝ってくれ」


「酔ったから無理」


「今日は介護しないからな」


「え~」


「影南さんこいつ運び出して」


「はぁ……黒瀬さんそんなところに座ってないで行きますよ」


「う~んマジの介護で草生えた」


 まるで年配の方を介護するかのような口調で黒瀬さんをこの部屋から連れ出した。

 黒瀬さんって酒に弱いよな。

 結構飲むくせに倒れるのは早い。

 急にスマホに通知が来たので覗いて見ると……


「あ、スゥ―……」


 久しぶりに立凛からDMが来ていた。

 内容は「最近配信してないけどどうしたん?」

 なんて言ったものか……

 俺も人間だしリアルが忙しいとでも言っておけば配信してない理由になるが……

 立凛の配信へちょくちょく顔を出しているためその言い訳が通用するか分からない。

 まあ流石に既読無視は良くないと思うので仕方がなく「忙しい」とだけ送っておいた。


「配信なぁ……」


 机の上に乗ったゴミなどを運び出しながら今後の配信のことを考えた。

 別ゲーもやらないとな。

 いつも同じゲームしかしていないので何かしようと考えてはいるがどういうジャンルをやるかすらも思い浮かんでこないので詰んでいる。

 愛理さんか立凛におすすめのゲーム今度訊いてみるか。

 今後の配信頻度も考えながら黙々とゴミを片付けたりして愛理さんの配信が終わるのを待った。

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