#6

 愛理さんと買い物に行った週末が明け学校へ来てみると情報を流し始めたからか学校内は騒然としていた。

 先週まではそこまででもなかったんだがな……まあ、なにがともあれ俺が流した情報がうまく伝わっていたらしい。

 朝、京一からはいろいろと「広がりすぎだ」などと言われたが別に頼まれたことをしたまでだ。気にする必要などない。


「いや、まあ確かにこれは俺も予想外かもしれないか……」


 男子受けがほとんどだと思っていたが女子も意外と噂に食いついてちらほらと話している様子が伺えた。

 やりすぎは良くないな。

 俺は今更ながら少し反省した。

 席に着き荷物を置いて何もすることなくこの間愛理さんと一緒に出掛けたときに買ったラノベを読みながら暇していた。




 そういえば最近は紀里が何かしてくるというか話しかけてこなくなったな。

 俺は別にそれでいいんだが……

 あの紀里が何もしてこないことに少し違和感を覚えた。


「……そういえばあいつらに捕まってたんだっけな」


 女子の陽キャ軍、もちろん京一の彼女千郷も入っている集団に捕まっていたことを思い出した。

 男子はおろかこの俺みたいな陰キャが関わるようなところではないだろう。

 そう思いながらも手に持っていたラノベをまた読み始めた。









 昼になり飯を食おうとしていたところを佐二に捕まり色々と話すことになった。


「樹はもちろん知っているよね?あの噂」


「転校生の噂のことか?それなら耳にしているぞ。なにせどこへ行ってもその噂で持ちっきりだからな」


「確かにそうだね~まあまだ噂程度だし~」


「いやマジの話みたいだぞ。先週だったか、聞き耳を立てていたら教務室だったかどこかで聞いたやつがいた。そういう話を聞いた」


 大体これで本当の話だと信じることはできるだろう。

 その転校生が身近にいるせいで俺はあまり気に掛けるというか知る必要がないので頭に入れていない。


「へ~なら転校生の話はそうかもしれないね~」


「まあな」


「雪花様だったりしないかね~」


「ごほっ……すまん」


 いやマジで雪花様というかその中身が来るからな?

 まあそれを言ったら俺は許嫁だからそれはそれなんだがな……


「本当に雪花様だったらどうするんだ?」


「ん?それは勿論……とにかく貢ぐに決まってるじゃないか」


「お、おう、確かにそうだな」


 いや、普通に美少女だしそんなことがなくても貢がれていく気がする。

 そこらへんは俺にはわからないから何とも言えない。

 実際愛理さんが今通っているところでも色々ともらっていたんではないかという疑問は除く。


「あ、雪花様に告ったやつは全員抹殺ということでいいかな?」


「あ、当たり前だ」


 内心冷や冷やしながらもこいつに殺されないように気を付けたい。

 なぜって恋人の領域を越して許嫁という将来が決まってる面倒くさい関係を持っているからな。

 いや解消されればそれもなくなるがその可能性は実に低いだろう。


「何をボーっとしているんだい?」


「ああ、いやすまん。少し考え事をな」


「妄想はやめてくれよ」


「妄想はしていない」


 妄想というよりかはこの間のことを思い出していたり……

 飯も食い終わって特にこれ以上話すこともないので教室へ戻ることにした。

 俺は愛理さんのことを思い出したついでに連絡を入れた。

 内容は「引っ越しの件について」だが……

 まあ当然今は学校だから出るはずもないだろうと思いスマホは見る必要はないと思いポケットの中に入れて教室へ戻った。




 教室に入った途端、脛を思いっきり蹴られた。


「っ……なんだよ急にいってぇな」


「なんとなくかしら?最近蹴っていないような気がして」


「そのままでよかったんだがな!?」


「なによ。そのままじゃない」


「過去を引っ張って来るな」


 なにかいやねじが数本抜けている気がする。

 何かあったのか?

 そう思っている間にもう一発蹴られた。


「いい加減にしてくれないか?」

 

「別にいいじゃない」


「いやよくないが」


「今日はここら辺にしてあげるわ」


「は?何言ってんの?」


 そう言ってやるだけやっておいて自分の席に戻っていった。

 あいつは人間の常識というものを知らないのか?

 なぜ俺はこんな目に遭わないといけないのか考えたがやはりいつ考えても思い当たる節はない。


「……ん~?」


 大人しく席に戻り座っていると愛理さんから返信が来ていることに気が付いた。

 ん?なんだ。向こうは引っ越す気満々だったらしい。

 俺は思っていることを素直に話すことにした。


『今、引っ越すと面倒というかできれば転校の日に合わせたいんだが』


 少し間があったが返ってきた。


『ならそうします……ならあと一週間……今日含めて三日待ってください』


「三日というと木曜か……」


『なぜ木曜日?一週間後の月曜とかのほうがいいんじゃないか?』


 俺は単純に気持ちの区切りや始まりを飾るのなら週明けとなる月曜のほうがいいんじゃないかと考えただけだ。

 別に俺の心の準備が追い付かないというわけではないぞ。決して……

 などと思っている間に返信が来ていた。


『月曜日の日に引っ越してその日の放課後から共同生活ということでいいんですよね?』


「『ああ、できればそうしてもらいたい』でいいか」


『不服ですが樹さんがどうしてもというなら月曜まで待ってあげます』


「不服って……」


 しかも俺の心を読み解かれていた。

 女子には敵わないな……と、頭を掻きながら適当に返信しておいた。

 今週末に荷造りをしないとな。

 まだ一週間も余裕があるので落ち着いて行動に移そうと考えた。


「はあ、どうしたもんか」


 逆に考えればあと一週間で荷造りをし、運ばなければいけない。

 流石にPCやらなんやらは俺が一人で運ぶことは普通に考えてできるはずもない。

 業者に頼むか、誰か適当な知り合いに頼むか……

 普通だったらここで親を頼むのが一般的だろうが母さんも父さんも生憎忙しい。


「誰に頼んだものか……」


 向こう側の人間に頼るのもな。

 こうなったらやはり業者に頼むしかない……か。

 父さんに請求は任せておこう。

 ただでさえ金がないのにこれ以上使ったら最悪ヒモ生活だな。

 将来それだけにはならないように努力することを決意しこの後の授業を乗り切った。









 俺は家に帰りすぐに父さんに電話を掛けた。

 もちろん請求のことだ。許可も貰わずに勝手にやるのは俺の良心が許さなかったからな。


「ということで請求はよろしく」


『今回はこっちの事情だ。俺が払うが次はないと思え』


 そう言って向こうから電話を切った。


「これが一般的な父親というものか……ふむ」


 何か違う気がする……

 ただ俺はこの環境で生まれてきたからか慣れている。

 まあ、まだ普通の範疇の話だがなあ。

 世の中にはこれ以上にひどい家など数多くあるだろうからここに生まれてきただけ幸運だろう。


「ん?初めてか?」


 何か通知が来ていると思い見てみればコラボの誘いだった。

 初めて誘われた気がするな。

 相手は紺鳥 ユウこんどり ゆう……ああ、あの人か。

 確か少し前にフォローされていてどんな人かと軽く配信を見ておいたこともある人だった。


「この日なら別に大丈夫か」


 日時としては今から二週間後。引っ越しも済ませているだろうし大丈夫だろう。

 俺は特に予定が入っていないことも再度確認してコラボすることにした。


「……どうすればいいんだ?」


 コラボしたことが無いためどう返せばいいかわからなかったがネットである程度調べ文を送ってみた。

 これでいいのか?

 これで大丈夫なのかと不安を持ちながらもPCから離れようとする前に返答が来た。


「『よろしくお願いします』か。自枠はどうしたものか」


 参加型とかなら主催者が枠を取るだけであってゲストは取らないが今回は参加型というわけでもない。

 一応俺は自枠を作るかもしれないと送ると『問題ないです』と返ってきた。

 それなら自枠を作ってもいい気がする。

 まだ先の話でもあるため今日のところは一旦忘れることにした。


「さて少しだけ荷造りを進めておいて業者にも予約を入れておかなければな」


 予約は荷造りよりも先に取り、荷造りを始めた。

 PCやらなんやらは業者に頼むことにしてあるので一週間の中で使わなそうなものだけ軽くまとめておいた。


「配信は……」


 そんなことを呟いている合間にPCの前に座っていた。


「するか」


 今日はゲームでもいいか。

 ゲームって言ってもいつものになるがな。

 特に考えることもなく適当に枠を作り部屋を出た。


「ん?冷蔵庫の中、空なんじゃ……」


 少し焦りいつもより歩調を上げキッチンへ向かい冷蔵庫の戸を開けた。


「明日は帰りにスーパーへ寄らないといけないな……」


 冷蔵庫の中にはもやしが一袋だけ残っていた。

 今日は塩炒めだな。

 親から月一で渡される食費は、ほとんど雪花様グッズもしくは配信機材などに使っているため安価で最高の食材もやししか最近家では食べることがなくなっていた。

 もやしを手に取り適当に炒め塩を振ってあらかじめ用意しておいた皿の上に乗っけた。


「……はあ、共同生活になったらヒモだなこれは」


 毎日のようにもやしを食っていると言ったらなにを言われるのか分からないな。

 米ともやしを交互に口の中へ入れていき完食した。


「洗うのは……後でもいいか」


 今やるのは面倒くさい、そう感じ俺は再び部屋へと戻った。




 時間になり俺は配信をつけ、いつものように挨拶をしてゲームをやり始めた。

 これもいつか何とかしないといけないかもしれないな。

 最近はやることがなく雑談とゲーム配信をしているせいでマンネリ化し始めていた。


「配信として何かしてもらいたいこととかあるか?」


『あえて言うなら別ゲー』


「まあな、それが妥当か」


 俺の初配信から今までの数か月間金がないという理由で配信者の中ではありふれたゲームしかやっていない。

 それもあってか視聴回数が伸びることがほとんどない。

 俺もそろそろ別ゲーぐらいには手を出してもいいんだがどういったものをやればいいのか迷っている。


「やるとすればなんだ?」


『このままFPSでもいいけどジャンルを変えてもいいと思う』


「ジャンルを変えるか……」


 俺にはRPGしか頭に浮かんでこなかった。

 有名なのだとド〇クエとかゼ〇伝とかか。

 ただそうなると家庭用ゲーム機とかが必要になる気がするがそうなると金のない俺には到底不可能だ。


「そうか……まあ色々と調べて解決策を出してみる」


『こんばんは~』


「ん?雪さんこんばんは」


『私も別ゲーをしてみてもいいんじゃないかと思います』


「そうか、考えておく」


 雪さんこと、愛理さんがコメントをした。

 配信を遡って来たのか今がどういう状況なのかは把握している様子だった。


「しっかし、俺の配信には初見がなかなか来ないよなあ」


『前来たのは何週間前だっけ?』


「覚えてないな」


 それぐらいには初見リスナーが来ない。

 それもあって登録者数が増えるわけもなくやはりずっと底辺を彷徨うことになるのは変わらないようだな。


「参加型にすれば人は来るがなあ」


 いちいち参加型のようにしても面倒くさい。

 大人数で参加できるような物であれば楽になるのだがこういったバトロワゲーや参加人数が極小のゲームにおいて参加型というのは参加できずに時間が経ちもういいかと思い見なくなる人が多かったりもする。

 だからいちいち居るかどうかの確認をするのが嫌なのでやりたくない。

 それが俺の持つ考えだった。


「眠いな……今日の配信はここら辺にしておく」


 そう言って配信を閉じた。

 そういえばエンディングもなんとかしないといけないな。

 俺は低予算Vtuberだったので普通は必要であろうオープニングも無ければエンディングもない。

 立凛が無料でやってくれると言ってくれたが流石にこれ以上迷惑を掛けるわけにもいかないので丁寧に断っていた。

 ただ今思うとそれらがないと配信をすぐに始めたり閉じたりしてしまうのが悩みどころだ。


「まあ、金がないうちは仕方がないな」


 父さんに頼まれたあれができれば少しばかりは入ってくるだろう。

 学校はバイト禁止だと言っている?バイトじゃないし、金が入っているとバレても『親の手伝いをして小遣い貰っただけですよw』って言っておけば向こうは言いたくても実際見えなくもないので何も言えなくなるとい手がある。

 そんな馬鹿なことを考えながらも少しだけ作業を進め布団の中へ潜り一日を終えた。









「はあ、ここの家ももうしばらくは来ることがなくなるか……」


 とうとう引っ越しの日となった。

 荷物に関しては昨日のうちに全て運んでもらい残してあるソファーで寝た。

 そのせいで体はボロボロだが今日、学校へ行ってしまえばもうしばらくこの家に帰ってくることは少なくなるだろうし、良い思い出になったわけがない。

 この家で過ごした最後がソファーで寝たってどういうことだよ。

 まあ、これからの生活はよっぽどのことがない限りはそんなソファーで寝ることなんてほとんどないだろう。

 これからの未来に少し希望?を持ちこの家を出て学校へと向かった。

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