勇者+1(プラスアン)

あいざわゆう

第1話 1−1


 1


 勇者ベンジは外に出ない。

 いや、正確には外に出られないのです。

 それを説明するとちょっと込み入った話になりますが、それは後回しにして。

 普通、人が外に出られなくなってしまうと、どこにも行けなくなってしまいます。

 当然、勇者であるベンジは、冒険の旅に出かけられません。

 独り立ちして、平和になった世界を確かめたくても、確かめられないのです。

 そのはずです。そのはずなのですが……。

 しかし、ベンジは出かけることができるのです。

 家にいながら、外へと出ることができるのです。偽りのお出かけですが。

 なぜでしょうか。それは。


 彼が、遠隔操作勇者になったから。


 です。




 アークシャードと呼ばれる世界の、大陸の隣りにある大きな島国グライス連合王国の北部にある、山と湖と森に囲まれた地、マアス。

 大魔王大戦と呼ばれる大きな戦争から、幾年かが経っての晩秋のこと。

 マアスにあるとある山中の洞窟に、とあるモンスターが住み着き、周囲の町や村を荒らし始めました。

 マアスを治める先の大戦で活躍した勇者ベンジとその仲間たちは、自分が住むマアスの人々を守るため、そのモンスターの討伐を行おうとしていました。

 さて、どうなりますことやら。


                         *


「ベンジ様、目標のレッドドラゴン発見しましたよー!」

「よし! 全部隊、作戦通り攻撃開始! ……マアスのみんなを守るためにも、ドラゴンをやっつけるんだ!」

「はーいっ!」

 ベンジと少女たちがそうやりとりをした瞬間、ずん、と地鳴りがひとつあたりに響き渡りました。

 まるで地震のようです。

 木々がごうと揺れると、その中から一つの巨大な影が現れ、蒼空へと飛び出していきます。

 それは、体長二十米以上、翼の広さは両翼合わせると三十米はあろうかという巨大な若い雄のレッドドラゴン《赤 竜》でした。

 彼は周囲のあるものを怯えさせる鋭い目と口をしていました。

 恐ろしいですね……。

 竜の様子を見た少女たちは、構えていた武器を握っていた手の力をさらに強くします。

 地上で空を見上げていた少女の一人、黒い髪に黒ローブの少女は、ドラゴンをじっと見つめました。

 そして、周りの少女に向かって大きな声で合図しました。

「みんな、いっくよー! ドラゴンを倒して、マアスを守りましょうっ!!」

「はいっ!! 守るぞマアス!!」

 その元気のいい返事とともに、竜のいた周囲を取り囲んでいた一番前列の少女たちの足元が白く輝き出します。

 白光が、円と直線と文字などで形作られた図形──魔法陣を形作りました。

 魔法陣が光となり少女たちの体を包むと、彼女らは弾かれたように次々と空へと舞い上がります。

 飛行魔法です。

 飛んでいった少女たちは、優に三十人は超える人数です。

 勇壮な光景ですね。

 その前衛にいる彼女らの多くは片手に盾を手にしていました。

 その盾を、彼女らは一斉に掲げます。

「光盾よ!」

 すると。盾の全面に魔法陣が現れ、その魔法陣が光の盾となって広がり、隣の少女の光の盾と重なります。

 光の盾はあっという間に光の輪となって、ドラゴンを取り囲みました。

 まるでそれは円形の城塞か、コロシアムであるかのように。

 なんということでしょうか。綺麗な光景です。

 ドラゴンは左右に首を振ると、翼を大きく広げました。

 それはびっくり箱を開けた子供のようにも見えました。

 それを確認したベンジは、大きな声で叫びます。

「魔道士隊、長距離攻撃隊、攻撃開始っ! マアスを守るぞっ!!」

「は(あ)(ー)いっ!」

 元気よく少女たちの応答が返ります。

 間髪入れずに、地上にいる先程号令をかけた黒ローブの少女が呪文を唱えます。

 その杖を握る手は赤みが指していました。

 他の少女魔道士たち、弓や銃などを手にした狩人や銃士姿の少女たちも、一斉に呪文を唱え終え、弦を離し、引き金を引きました。

 瞬間、魔道士の杖や手のひらそして弓や銃から、魔法や矢、弾丸などが一斉に放たれます!

「いっけー!!」

 美少女たちの元気な掛け声とともに、ドラゴンの周囲三六〇度から、彼へとめがけて攻撃の雨あられが飛んで行き……。

 瞬間。


 連続した強烈な爆発群が、ドラゴンの周りに生まれました!

 それはまるで花火大会のようにも見えました。


「ぐるるるごおおおおお!!」

 その爆発を受け、ドラゴンが苦しそうにもがきます。

 しかし、表面の鱗が焦げた程度で、まだまだ生命力はありそうでした。

 これぐらいでは、死にそうにありません。

 爆発が止んだのを見て、ドラゴンは翼を動かし、前にいる少女たちに突撃しようとします。

 しかし、そこで彼は違和感を覚えました。

 体が動きません。

 まるで彼より大きな巨人に引っ張られているように。

 そして、体に何かが突き刺さっているのを感じました。

 首と頭と眼を同時に後方へと動かすと。

 そこで見たものは。

 彼の体や足に、輝く光の鎖が巻き付いていました。

 <束縛バインド>系の魔法です。

 攻撃と同時に束縛系の魔法を使い、彼の動きを強く引き止めたのです。

 ふっふっふっ。どうですか、この戦術。

 身動きがとれないでしょう。

 その戦術を見てとり、竜の両の目が大きく見開きました。

 彼のさまは、竜の王にも思えました。

「この程度で封じたと思うなよこわっぱめ!!」

 人間語でそう叫ぶと、彼は翼を強く動かし、体をよじり、戒めを解こうとします。

 瞬間。

「おっと、そのすきは与えませんよーッ! 連続攻撃開始っ!!」

 先程の黒ローブの少女が恐れも見せずにそう叫ぶと。

 地上や空中にいた少女たちが一斉に魔法を唱え、弦を引き、引き金を引きます。

 少女たちが、一斉に魔法や矢や弾丸を放ちました。

 それらは鳥よりも早く、音よりも速く空を飛び──。

 竜の体へと、次々と直撃しました!

 派手に爆発します!

 まるで戦場での、軍隊の一斉射撃のような攻撃です!

 いいですね!

「ゴワ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 様々な攻撃を受け、竜の口から強烈な咆哮があたりに広がっていきます。

 しかし、ただ竜はやられているだけではありませんでした。

 なんてことでしょう。

 その咆哮は、力を持っていたのです。

「きゃーっ!!」

 その竜巻のような、津波のような咆哮の衝撃に、空中で光の盾を掲げて竜を取り囲んでいた少女たちの隊列が木の葉のように乱れ、あちらこちらへと吹き飛ばされていきます。

 光の城壁が、崩れ去っていきます。

 これはいけません!

 地上にいた少女たちの中にも、吹き飛ばされていくものがいました。

 転がったり。飛んでいったり。

 黒ローブの子も、吹き飛ばされましたが、転がりを利用してすぐに立ち上がりました。

 見た目より運動神経がいいみたいですね。

「みんな、早く持ち場に戻って! バインド組は魔法を維持! 竜をここから先に行かせるな!」

 ベンジが懸命に指示を出すも、竜のほうが反応が早いではありませんか。

 竜がその翼を勢いよく羽ばたかせ、上方へと飛びます。

 赤き鱗の体に刺さり、巻き付いていた光の鎖がピンっ、と伸び、その巨体を引き止めますが。

 限界に達した鎖は、バリンっ! と砕け散りました。

 光鎖という巨人から、竜が自由になってしまいました!

 あっ、まずいですね!

 自由になった竜は、今までの恨みとばかり、隊列を乱した少女たちへと突進していきます!

「グォーッ!!」

「散開っ!」

 ベンジが悲鳴にも近い指示を出すも、それは間に合わず──。

 竜は少女たちの中へと飛び込んでいきます!

 あっ、危ない! 逃げて!

「きゃあっ!?」

 ある少女は光盾を展開し、別の少女は回避行動を取るものがいましたが。

 不幸にも、竜の手に一人の少女が捕まってしまいました。

 あぁ……。

「うぐ、うぐぐ……!」

 竜に捕まえられた少女は自由になろうと体に力を入れますが。

 竜の腕はまるで万力のようです。

 悲しいかな、少女のか弱い力では、竜に叶うはずもありません。

 彼女の姿を見た竜はその手の力を強くします。握りつぶそうというのです。

 竜の大きな手の力に、少女の体が一気に押しつぶされていきます。

 数秒後、ボキボキボキボキっ! という音が体内から響き渡りました。

 そこで普通なら、悲鳴を上げるなり、絶望の表情を見せるなりして事切れるのが普通です。

 しかし、彼女は違いました。

 彼女は役目を果たした、というようにいきなり眼から生気を無くすと、

「クラウドマインド、転送完了。……自爆装置、起動します」

 感情のない声で独り言のように告げました。

 瞬間。

 少女の体が光り輝くと。

 爆発、しました。

 まるで花火のように。

 爆弾のように。

 爆発による爆風と破片で、竜の手が飛び散ります。

「……!!」

 赤竜は痛みを感じながら、手の方を信じられないというふうにちらりと見ました。

 そして、内心でつぶやきました。

(こやつら……。ゴーレム! 情報通りか!)

 そう。彼女らは人間ではなく、人の手によって作られた人造人間ゴーレムなのです。

 ゴーレムとは、様々な材料で作られ、魔法により命を吹き込まれ動く人形、魔法生命体のことです。

 昔は石や木、泥や人の肉などで作られていたのですが、魔法学などが発達した近年は様々な材料で構成された専用のボディに、魔法プログラミングによる人間の魂並の能力を持った人工意識をインストールすることで、人間並みの、いや、それ以上の性能を持ったゴーレムがこの世界には無数に存在しているのです。

 先の大魔王大戦でも、このゴーレムはありとあらゆる戦場で活躍し、人類の勝利に貢献したといいます。

 こんなのが、この世界にはあるんですよ。どうです、すごいでしょ?

 さて。

 その感傷とも怒りにも似た感情に浸ることも許されず、ドラゴンの体に衝撃が襲いました。

 そうです。少女型ゴーレムの群れは、相変わらず怯まず攻撃してきます。

 仲間がやられても、その勢いは変わりません。

 まるで人に群がる蜂のように。

 いけいけー!

「ええい!」

 竜は勢いよくしっぽを振りました。

 同時に、脳内で呪文を詠唱します。

 <グレーター・ライトニング《大雷撃》>の呪文です。

 大きく振りかぶったしっぽが、近づいていた戦闘タイプ少女型ゴーレムの何体かに直撃し、吹き飛ばしました。

 そのうちの一、二体かは、しっぽにもろに衝突し、手足や体、顔がばらばらに砕け散り、力を失って地上へと落ちてゆきます。まるで壊れたおもちゃのように。

 続けざまに、竜の上空を雷の球が何個も取り囲んで光り輝くと、雷球から太い電撃がいくつも飛びます。

「きゃあああっ!!」

 少女型ゴーレムたちは悲鳴を上げながら電撃を回避しようとします。

 が。

 何体かは避けられず、黄金色をした電撃を浴び、黒焦げになりました。

 そして黒焦げた紙切れのように、落ちていきました。

 ああっ、みんなが次々とやられてゆきます!

 なんということでしょう……。

 竜はその結果に満足し、にやりと唇を歪めました。

 彼はさらに戦果を上げるぞ、こやつらはは話ほどではないな、と内心で嗤いました。

 赤竜は竜のブレスを司る器官に力を込め、前方で混乱している少女型ゴーレムたちに向かって炎を放ちます。

 しかし。

 その炎を、白く輝くなにかが遮りました!

「!?」

 そのなにかに直撃しまいと、竜は大きく上昇旋回しました。

 そのさまは竜というより小鳥でした。

 それから上空から下の様子を見ました。

 少女型ゴーレムの群れをかばうように展開された、巨大な城壁のような大きな光の壁の向こう側に。

 一体の、少女型ゴーレムが空に浮かんでいました。

 少女型ゴーレムは、今まで見たゴーレムとはどこか雰囲気が違っています。

 大きな剣と盾を持ち、白銀色の鎧と青いマントを着込んだその姿は、どこか、神々しさを感じます。

 ゴーレムは険しい蒼い眼に真一文字に口を結び、ドラゴンを睨みつけています。

 そのゴーレムは一人きりでしたが、まるで大きな城塞のように、巨人のように、ドラゴンには思えました。

 背筋に冷たいものが走ります。

「こいつは……!」

 しかし、彼女の姿を見た竜はあえて獰猛な笑みを見せました。

「勇者か!」

(……情報通りだとするならば、この少女型ゴーレムは自律型ではない。

 そう、操られているのだ。

 そして少女型ゴーレムたちへのすべての命令は、この勇者型ゴーレムを通して行われている。

 ならば、この勇者ゴーレムを倒してしまえば、少女型ゴーレムたちは統制を失い、撤退せざるを得なくなる。

 そうなれば、俺の勝ちだ。あやつが出るまでもないわ!)

 竜はそうほくそ笑むと、その場で呪文を唱えました。

 彼の周りに、黒々とした巨大な槍がいくつも生まれます。

 即座に、その黒槍は何かに弾かれたように次々と勇者型ゴーレムに向かって飛んでいきます。

 が、同時に勇者も、人間と見間違えるような険しい表情を更に険しくしました。

 何かを守るという決意と。

 何かを守れなかったという悲しみを湛えた表情で。

 勇者型ゴーレムは、その身長ほどもある巨剣を大きく横に軽々と振ると。

 剣から巨大な光の刃が生まれ、その槍たちへと向かい。

 光刃と黒槍が衝突しました。

 砕け散ったのは。

 黒槍の方でした。

 まるでクッキーのように、粉々に。屑へと。

 さすがは勇者のゴーレムちゃんです!

「!?」

 ドラゴンは驚愕しつつも翼を羽ばたかせ、回避しようとします。

 瞬間。

 ゴンッ!!

 上方から強い衝撃が竜を襲いました。

 まるで巨人に殴られたかのように。

 そのまま全身を圧する衝撃に押され、竜の体は地上へと落下していきます。

「!!!!」

 驚きの声を上げながら、竜は地上へと叩きつけられました。

 ドンッ!

 数瞬の間のあと、竜は上を見ました。

 先程少女型ゴーレムたちを護った広大な白く輝く光の壁が、竜の体を地上へと押し付けています。

 それは勇者の強い意志によるものでした。

 マアスを守るという、強い意志。

 それが、ドラゴンの押さえつけていました。

 強い圧力が、竜にはとても不快でした。

「こ・ん・な・も・の・で……!」

 竜は立ち上がろうとし、さらに翼を羽ばたかせようとします

 竜の動作に反応するかのように。

 刹那。

 強い衝撃や痛みを、竜は何度も受けました。

「グルォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 竜は咆哮を上げました。

 先ほどと同じように、衝撃波で周囲にいるはずの少女型ゴーレムたちを吹き飛ばすためです。

 しかし。上方の光の壁が蓋となって、咆哮の衝撃波は周囲へと広がっていきません。

(なっ……)

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 と竜の体に叩きつけられていきます。

 いけいけー! やられたみんなのお返しです!

 そのままやっつけちゃいましょう!

「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い〜!!」

 あまりの痛みに竜の目に走馬灯が走り始めたときです。


 ピシッ。


 どこからかなにかが割れる音がしました。

 あれ……?

 勇者のゴーレムちゃんは目が血走っていました。

 構わないというか気づかないというふうに。

 ドラゴンは絶対に倒すんだという意志のもと、光の壁が竜の体に何度も叩きつけられます。

 その度に、ピシッ、ピシッ、っという音は大きくなっていきます。

 ……なんか、まずいですよ、これ?

 そして。

 突然、光の壁に大きなひび割れが入ったかと思うと。


 パリンッーーーーーーーーーーーーーー!!


 と轟音がして、光の壁が壊れました。

 あーっ!? なんということでしょうか!?

 まさか光の壁が、壊れるなんて!?

 瞬間、竜の視界が開けます。

 まるで天への扉のように。

 竜の神様が牢屋の鍵を開けてくれたかのように。

 一瞬、何がなんだかわからずにいましたが、即座に、

(これは、逃げるしかない!)

 と判断し、

「グルォ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 咆哮を上げ、大きな翼を羽ばたかせ、空へと飛び上がりました。

 勇者もゴーレムたちも、一体何が起きたのかわかりかねたようで、判断が遅れたようです。

 ドラゴンは悠々と空へと飛び立つことができました。

 赤竜は空へと飛び立つと、行きがけの駄賃にと魔法を空中や地上へとばらまきました。

 竜は結果を見ずに一目散に逃げ出します。

 晴れ渡った空のもと、竜は、

「もうあんなやつらは懲り懲りだぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!」

 と叫ぶと、新たな新天地を探すための旅へと向かいました……。


 竜、逃げちゃいましたね……。


                         *


 巨大な竜が飛び去ったのを確認した少女型ゴーレム──通称、ゴーレムちゃんたちの一体、黒髪に黒ローブのゴーレムちゃん、アルカが勇者型ゴーレムちゃんを見つけると、

「……逃しちゃいましたけど、任務完了ですね。ベンジ様、お疲れさまです……」

 魔法で彼のもとへ飛んでいきました。

 彼女は勇者型ゴーレムちゃんのもとに降り立つと、晴れやかな笑顔を見せました。

 しかし。

 勇者型ゴーレムちゃんの表情は陰っていました。

 晴れ渡った空の下ですが、そこだけ曇っているようです。

 勇者型ゴーレムちゃんの両手は、白くなるほど強く握りしめられていました。

 不思議に思い、アルカがベンジが操る勇者型ゴーレムちゃんの顔を覗き込むと。

 勇者型ゴーレムの目から、涙がこぼれ落ちていました。

 まるで大事なものを無くした人のように。

「えっぐ、えっぐ、えっぐ……」

「べ、ベンジ様っ!? どうなされましたっ!?」

「みんながぁ……、みんながドラゴンに壊されちゃった……」

「まだそんなこと言ってるんですかっ、もうっ。壊されたのは作戦参加人数全体からすればごく僅かですし、駆体が壊されてもクラウドマインドがありますから意識は無事だし、駆体は屋敷の工場とかでまた作り直せばいいじゃないですかっ」

「でも……。みんな大事なゴーレムちゃんたちだし……」

「でもこうしてドラゴンは無事に倒せたからいいじゃないですかっ。何事も結果オーライですよっ」

「そう?」

「そうですよっ。ともかく、ベンジ様、お疲れさまでしたっ」

 アルカは勇者型ゴーレムの頭を優しくなでました。

 何度も何度も。

 ……これ、どちらが勇者かわかりませんね……。

 ベンジはしばらく頭を撫でられていました。

 まるで主人に撫でられる猫のように。

 が、やがて振り切るように、立ち上がって周りを見渡しました。

 ベンジのゴーレムちゃんたちが、皆、彼に笑顔を見せています。

 彼が操る勇者型ゴーレムちゃんはまるで人間のような笑顔を無理やり作ると、仲間のゴーレムちゃんたちに告げました。

「……、まぁ、みんなもお疲れ様。マアスを守りきれてよかった。あの竜がもうここに来ることはもうないだろうけど」

 ベンジの言葉に、アルカは遠い空を見てぽつんとつぶやきました。

 まるで何かを惜しむように。

「……あのドラゴンさん、なんだか可哀想でしたね」

「でもここを荒らし回ってたのはあいつだぜ。人を襲ったり家畜を襲ったり。だから僕らは守らなきゃいけなかったんじゃないか」

「それはそうですけど……。なんか妙じゃないですか?」

 おかしいというように首を捻った黒を基調とした魔道士ゴーレムに、ベンジと呼ばれた勇者型ゴーレムは、ん? という顔を見せます。

「何が?」

「暴れだした時期と場所ですよ。ベンジ様の領地の近くで収穫の時期に。あからさまに、ベンジ様に退治してもらいたいと言わんばかりですよこれ?」

「何が言いたいのさ?」

「これは、ベンジ様を狙ったのではと……」

「偶然じゃないの?」

「そうであればいいのですが……」

 不安げな表情を見せる魔道士型ゴーレムちゃんを安心させるように、勇者型ゴーレムは笑顔を見せてこう告げます。

「……さ、僕らは帰ろう。後始末ややられたゴーレムちゃんたちの機体パーツの回収なども忘れずにね」

「はーいっ!」

 勇者の命令に、ゴーレムちゃんたちから一斉に元気の良い返事が返ってきました。

 彼女らは四方八方へと散ってゆきます。

 ゴーレムちゃんたちの後ろ姿が遠ざかるのを見届けると、ベンジは小さくため息を吐きました。

「でもやっぱり、あのドラゴンボコボコにしたかったよ……」

 それは私もですよ。

 その時です。

「……ベンジ様。ちょっとよろしいですか」

 氷柱のような冷ややかな声が、ベンジの耳元から聞こえてきました。

 まるで亡霊のように。

 このマアスの森の、ベンジのそばには、誰もいないはずなのに。

 幽霊のような彼女の声が聞こえた瞬間。

 ベンジの背中がぞくっ、と一筋走りました。

 何か悪夢が起きるかのように。

「!?」

 そして、勇者はおそるおそる振り向きました。


 彼が本当にいる場所で。



                         *


 薄暗い部屋の中に、いくつかの光が煌々と輝いていました。

 光の正体、それは表示窓モニタとよばれる、画像や文字などを表示するための装置です。

 部屋の暗さからすればちょっと眩しい感じです。

 部屋の暗さと表示窓の明るさは、この部屋の主人の安らぎのようにも思えました。

 表示窓は机にいくつか置かれ、様々な情報を映し出しています。

 例えば、各ゴーレムちゃんの位置や状態、一体何をしているか、などです。

 窓の表示からすると、どうやらゴーレムちゃんたちはベンジの言う通り後片付けなどを行っているようです。

 みんな良い子ですね。

 表示窓の前には、打鍵板キーボード操作指示器ポインティングデバイスといった操作、指示用の機器が広いスペースを占めていました。

 いかにも仕事用の道具と言った風情です、これは。

 その他にも飲み物のボトルやお菓子、何かの小さな人形などが所狭しと置かれています。「置かれている」というよりは「放置されている」と言ったほうが正しいような気もしますが。

 ゴチャゴチャとした机の上は、この部屋の主人にとっては安心できる場所にも見えます。

 そんな、たくさんの様々な物々がが置かれた机の前に座っていた耳当ヘッドセットをつけていた少年が、

「……ベンジ様。ちょっとよろしいですか」

 という恐ろしくも美しい声に、ビクッ、と体を震え上がらせました。

 椅子に座っている黒髪の少年は、どちらかというと童顔で優しげな顔つきで、勇者の勇敢さや獰猛さとは程遠いように思われました。

 背は高く、体つきも良いように見え、その意味では戦いの専門家であるようです。

 大人と子供っぽさを両立させた男の子、という感じでしょうか。

 年は17か18,そのあたり。まだまだ若いように見えます。

 学校の部活で言うならテニスとかの体育会系の部活にいそうで、女の子からモテそうに見える印象ですね。

 さて。

 彼は恐る恐る振り返ります。

 彼の視線の先、いつの間にか開いていた部屋の扉から漏れる光を遮るように立っていたのは。

 赤い目に黒い髪、浅黒い肌の、白いヘッドドレスに黒のエプロンドレスという侍女メイド服を着た少女でした。

 そのさまは、侍女と言うよりはまるで魔王にも思えました。

「ま、マル……」

 ベンジはヘッドセットを外しながら震える声で返事を返します。

 どうやら彼は、この女の子が苦手かなにかのようですね。

 マルと呼ばれたメイドの少女は、無表情の顔のままベンジに近づくと……。

 いきなり、ベンジの頭をポカリと叩きました。

 まるで子供を叱りつけるように。

「なっ、なにすんだよ!?」

 ベンジが頭に手をやってすくめると、マルは彼を睨みつけます。

「ドラゴンを逃してどうするんですか。このアンポンタン。あのドラゴン、どこかに逃げたらまた同じことを繰り返しますが」

「……だって、みんなが壊されたから魔法壁ウォール魔法でぶっ叩いて殺そうと思ったらまさか壁が壊れるとは思ってなかったし……」

 ベンジは拳を握りしめていました。

 彼の顔はスポーツで負けたり得点を取られたりしたときのような面持ちでした。

 しかしながら、マルはそれにつゆとも気づかない様子で、言葉を続けます。

「だってもクソもないですが。おかげで国王や町の人はともかく、モンスター解体業者との契約はどうするんですか。不履行として違約金を払わなければなりませんが」

自動人形ゴーレム事業などで十分すぎるほど儲かってるからいいじゃないか、それぐらい……」

「良くないですが。大事なのは違約金よりもその信用ですが。勇者がドラゴンを逃したとなれば次からの依頼に大きく響くことになりますが」

「いでででで。ほっぺたつねるなよ」

「ともかく」そう言うとマルはベンジのほっぺたから手を離しました。

「後処理のことは私達にお任せください。まずは解体業者とはきっちり話をつけてきます。ええ」

「……なんか言い方怖いな!? なるべく穏便に話はつけてくれよ!?」

「ええ、できるだけ善処しますが」

 そう返したマルの笑みはどこか悪魔的でした。

 文字通りに。

 しかし小悪魔というよりは、大魔王にも思えます。

 彼女の、まさに魔王のような微笑みにベンジは、

(これがなきゃマルは可愛いんだけどなぁ……)

 内心、ため息を吐くのでした。

 彼の心の内を知ってか知らずか。

 マルは暗い部屋を見渡し、それからベンジをもう一度見やると、無表情の中にも柔らかな笑みを見せました。

「さぁ、案件は失敗しましたが終了しました。反省会を兼ねて広間でお菓子でも食べましょう」

「この部屋のほうがいいんだけどなぁ……。居心地いいし、仕事終わったから寝たいし」

「グチグチ言ってないでとっとと外に出しますので。抵抗しても無駄です。いつものことですが。部屋という殻に閉じこもってないで、外に出ます」

 そう言うとマルは椅子の背もたれについている取っ手を手にして、動かしました。

 するとどうでしょう。

 椅子についていた二つの大きな車輪が、マルの動きに合わせて回転し、椅子そのものが動きました。

 そうです。ベンジの座っていた椅子は、車椅子だったのです。

 ベンジは一応歩けます。しかし、彼の体はある事情により弱っていて、歩行するのは困難なのです。

 その事情って?

 ……それはこの後、お話することにしましょうか。

「ちょっとさー。たまには人が望んでる通りにしてよー。僕はこの城の主人なんだしさー」

「駄目です。ご主人さまは甘やかすと一日中寝ておりますので。ぐうたらは健康の敵です」

「ぐうたらにしてるのが健康的だと思うんだけどなぁ……」

 そう言い合いながらベンジはマルに運ばれて部屋を出ました。

 部屋の闇の中では、表示窓や打鍵板、指示器や耳当などが派手な色で煌々と輝いていました。

 彼らの輝きはご主人さまがいなくなって、取り残された様子でどこか寂しそうでした。

 早く帰ってきて欲しいなあ、そう言っているようにも思えます。

 ベンジは部屋の外に出るとき、壁に貼られているあるものを見やりました。

 それは、この世界の世界地図でした。

 その世界地図を愛しそうに見た後、ベンジは再び前を向きました。

 世界地図の、実際の場所を思い出しているような顔で。

 外の広々とした廊下に出たベンジは、マルに運ばれながら目をつむると、

(部屋にもずっといたいけど、また外にも出たい。

 ……僕は、自由になりたいんだ。

 独り立ちして、平和になった世界を見て回りたいんだ……)

 一人、心の中でつぶやくのでした。


 さて、彼の願いが叶う日は、いつになるのでしょうね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る