第1章 第4話

私が幼稚園に行き始めてから、お兄ちゃんにあまり会えなくなった気がしていた。


「お兄ちゃん、いつ来るの?」


「いつだろう?

最近、拓哉君、サッカー始めたんだよね。」


「サッカー?」


「うん。

サッカークラブで忙しいみたい。」


何の事か分からない。


「会いたいよ。」


「そうね。

聞いてみるわね。」


ママがちょっと面倒くさそうに連絡をしてくれた。


「そこの広場で練習してるって。

邪魔しないで見れる?

おとなしく出来る?」


「出来る!」


邪魔しないし、おとなしくすると約束した。

でも……。

実際に出来るわけが無い。


「お兄ちゃーん!

お兄ちゃーん!」


思わず広場の外から呼んでしまった。


「沙希ちゃん……。」


お兄ちゃんが来てくれたけど困ってた。


「ごめんね、邪魔しちゃったね。」


「ううん。」


お兄ちゃんはいつもの笑顔を見せてくれなかった。

その日の夜にお兄ちゃんのママが電話して来た。


「ごめんね、皆が迷惑するから、練習中に声かけたりするなら、来ないで欲しいって……。」


「ごめんなさい。

おとなしく見るように言ったんだけど。」


「怒ってるわけじゃないのよ。

沙希ちゃん、まだ小さいから仕方ないのよ。」


「すみません。」


「あと言いづらいんだけど、お兄ちゃんって呼ばれたのが嫌だったみたい。」


「すみません。」


「皆にからかわれたみたいでね。

出来たら、拓哉とか拓哉君って呼んで欲しいって。」


「本当にごめんなさい。

よく言って聞かせるから。」


「うん。

何か折角会いに来てくれたのにごめんなさいね。」


「いえいえ、こちらこそ。」


よく分からないけど、ママがいっぱい謝っていた。

私のせいかな。


「沙希、おとなしくするって約束守れなかったね。」


「……。」


「約束守らないと拓哉君が困っちゃうんだよ。」


「……。」


「拓哉君に会いに行くのやめるか、黙って見るか、どっちかにしないとね。」


「……。」


私は悪い事をしたつもりは無い。


「あとね、今度から、お兄ちゃんって呼ばないで、拓哉君って呼んで欲しいって。」


「何で?」


「拓哉君がそうして欲しいからだよ。」


「……。」


「出来る?」


「……。」


「出来ない子は嫌いになっちゃうかもよ?」


「ヤダヤダヤダヤダ!」


「嫌なら、拓哉君って呼ぶの。

出来る?」


「出来る。」


「何て呼ぶの?」


「お兄ちゃん……。」


「はぁ……。

ちゃんと呼べるようになるまで会えないね。」


「ヤダヤダヤダヤダ!」


「じゃあ、頑張って。

なんて呼ぶの?」


「た……くや……くん……。」


呼び名を変えるのは難しい。

習慣になってるし……。

でも本当に見たことのない困ったような表情をされたから、頑張りたい。

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