第12話 ちょっと本気出します

「これっぱかかよ」


 コウは街の神官から渡された路銀を懐に入れた。


 小さな皮袋の中身は金貨三枚。オルドルーラ王国平民の月収二ヶ月分である。

 前線の街が壊滅状態になったのは、勇者と呼ばれる三人が魔族の怒りを買ったせいだという噂は瞬く間に拡がり、収拾がつかなくなってしまったのだ。

 事実そのとおりなので教会にも庇いだてが出来ず、上の命令に従い、三人を国から放逐する。

 共に戦ってきた騎士や兵士は声高に彼等を擁護したのだが、あまりに悲惨な街の状態を知って、明日は我が身かもしれないと不安を募らせる人々を説得出来なかった。


 眼に見える恐怖は簡単に伝播し、王宮からも即刻立ち去るよう指示が出されている。


 なんとも言えず顔を歪める騎士や兵士達。

 あれだけ世話になっておきながら、この掌返しは恩知らずにも程があろう。

 まだ、こちらの世界に慣れてもいない幼い子供らを戦場に駆り立てたあげく、状況が悪くなればお払い箱か。

 教会も教会だ。異世界より招かれた三人を保護し育てるべき処が、上からの命令にへりくだり彼等を見捨てた。


 女神様へ何と申し開きするつもりなのか。


 魔族の攻勢におされ、被害の甚大な各国からは、年々信仰が失せてきている。

 最近は女神様の御神託もめっきり少なくなり、人々は右往左往するしかなく、人心は脆い。

 何代か前には頻繁にあったらしい御降臨もすでに歴史の一頁。今の世代で、それを知る者はいなくなった。

 それでも幾度か下された御神託で、女神様になにがしかの異変が起きている事だけが知らされている。

 御降臨も出来ない非常事態であると。


 だが、具体的に何がどうなっているのか人々には分からなかった。

 そして、ただでさえ辛い暮らしが民の心を荒ませ、信心が移ろう。


 これも致し方ないことなのだろう。


 旅立つ三人を見送りに来た騎士や兵士らは、路銀に悪態をつくコウに、申し訳い気持ちで一杯になった。


「仕方無いさ。無一文で放り出されなかっただけマシだと思おう」


 そういうトールの瞳にも、微かな不安が浮かんでいる。モカなど、今にも泣き出しそうだ。


「力およびませんでした」


 ざっと頭を下げる騎士達。


「半年以上も世話になりながら、このていたらく。我が祖国ながら情けない」


「.....けど、生まれ故郷なのです。恨まないでくれとは言えませんが、こんな国など忘却の彼方に押しやり、良き人生を」


 王宮も規格外な力を手に入れ有頂天になったのだろう。人間なんて、そんなモノだ。

 そして手痛いしっぺ返しを食らった。


 それは自分達も同じだと、トールは自嘲気味に眼をすがめる。


 女神様からチートをもらい図に乗った。なんの根拠もなく愚昧にも《やれる》と思った。

 一夕一朝で成るモノなど何もない。それを自分は知っていたはずなのに。

 

 この半年で三人は格段に強くなっている。つまり女神様から貰った力は成長するのだ。

 最初から常人の数倍の力を持っていたがために錯覚した。愚かにも《出来る》と思い込んでしまった。


 その結果が、これだ。乾いた笑いも出てこない。


 トールは意気消沈するコウとモカを伴い、オルドルーラ王国を後にした。


 馬も用意させて貰えなかった騎士らは、しだいに遠くなる三人の後ろ姿に奥歯を噛み締める。


「これが我が国の現状だ。恩人に十分な旅支度もさせずに追い払う。.....虚しいな。我々は何のために戦っているのだろうな」


 戦場から遠く離れた王都は、届いた報告のみで指示を出す。幾ら言語に尽くそうとも、現場の悲惨さや苦労は半分も伝わっていない。

 異世界の三人を国から放り出すという上の命令に、騎士や兵士らは正面から抗議したが聞き入られなかった。

 それならば、せめて馬や旅支度など満足のいく拵えをと嘆願したが、それも一蹴された。

 焼け野原となった街に、そんな余剰物資はないと。街の人々も同意見で、取り付く島もない。


 三人が勝ってるうちは、下にも置かない熱狂ぶりだったくせに。救世主だと崇め奉っていた舌の根も乾かないうちに、これか。


「.....寒いな。まるで人々の心が石になってしまったかのようだ」


 遠く小さくなった三人の姿が見えなくなるまで、騎士や兵士達は彼等を見送り続けた。




「でさ。正直なとこ、どうする?」


 コウはパキパキと鳴る白骨を踏みしめながら、先を行くトールに声をかける。


「そうだな..... 取り敢えず、勇者は廃業しようか」


「廃業?」


 訝しげなモカに頷き、トールは説明した。


「俺ら、強くなってるじゃないか? だから、もっと力をつけてからの方が良いと思うんだ」


「あ~、まあなぁ。俺も最初の頃より魔力が倍にはなったしなぁ」


「たしかに..... 新たに使える魔法も増えましたしね」


 魔法はイメージだ。しかし、その理を理解しないと発動条件が満たせないモノもあった。

 例えば、治癒や解毒なら水属性なのだが、それは人体の殆どが水分で出来ているから。

 流れに沿って歪みを正す。あるいは修復するなどのイメージを意識しないと発動しない。

 解毒も、毒を浄化するや分解するなどの漠然としたイメージでは使えず、ちゃんと毒を理解し、それを分離するイメージでないと発動しないのだ。

 攻撃魔法も同じである。焔一つにしても、どのような効果を狙い、どのように変化させるか。それらをキチンとイメージして練り上げないと、ただの焚き火でしかない。

 そのイメージを高めるために魔術師達は呪文の詠唱をする。

 脳裏に描くイメージが具体的であるほど、その威力も高まるのだ。


 経験は足りずとも想像力だけは桁違いに豊かな地球人。

 呪文の法則を無視して無詠唱などもやらかしてきた二人は、一気に勇者へと押し上げられてしまった。


 まあ、結果は散々。


 魔族の逆襲を受けて瀕死な目にあった三人である。


「たからさ。まずは力を蓄えよう。何処かの街で普通の子供として最初からやり直そう」


 そう言うトールに二人は頷き、なるべく遠くの国へゆこうと歩き出した。


 しかし、彼等はすっかり忘れている。


 女神様は言った。この世界に新たな文化や技術を伝授して欲しいと。

 彼等に勇者になれなどとは一言も言っていない。周りがそのように囃し立てただけ。


 実は、デイモスという世界を変えるために喚ばれた五人である。


 新たな技術や文化でデイモスの国々を潤し、人の意識を変え、魔族と和平を結べるよう。共存共栄出来る知識をもたらして欲しくて喚ばれた者達だったのだ。

 自身が窮地であったため、多くは語れなかった女神様。

 ギリギリの力を振り絞って喚んだ三人が、まさか自ら戦いに身を投じるなどと、女神様は全く考えていなかった。

 平和の象徴のような国から招いたのに、思いもよらぬ結果である。


 神託を下ろした国から追い出されて流浪の旅に出る三人を見つめ、酷い落胆に暮れる女神様。


《何故、こんな事に.....》


 いずれ成長し、力をつけた彼等が魔族と和解を果たし、きっと自分を救ってくれると信じていた。

 それが成されずとも、今まで下ろした神託を頼りに、女神様が結界内の神殿に閉じ込められている事に気づいてもらえると。救出に訪のうてくれると信じて疑わなかったのに。


《わたくしは、どうなってしまうの.....?》


 一時はオルドルーラ王国側からの汚泥が途切れた。人間の犠牲者の数だけ滴る汚泥。

 明るく射し込んだ一筋の光明は、見るも無惨に消え失せる。

 

 絶望にうちひしがれ、力なく俯く女神様は、ふと何かに気がついた。

 軽やかな風に舞う可愛らしい歌声。よくよく見れば、そちらからの汚泥が止まっている。

 さらに、淡く煌めく光がふわふわと上空から降り積もった。

 その光が触れた途端、女神様の身体にへばりついていた汚泥が霧散する。

 次々と生まれる蛍のような光。


《.....梅?》


 その声は梅の子守唄。少女の周りには、沢山の善意が輝いていた。


 何故か共に魔族もいる。


 人間や魔族が交わり、笑い合い、その街は活気や微笑みが溢れている。


 女神様の望んだデイモスの未来が、そこにはあった。


《.....梅》


 ほろりと女神様の長い睫毛に涙がかかる。


《出して..... わたくしを、ここから出してぇぇっ!!》


 深淵のように不気味に蠢く闇の中、涙の飛沫を飛び散らせて慟哭する女神様。


 その慟哭は夢枕で梅に拾われ、教会の御神託を知った少女は立ち上がる。




「勇者奪還だっ! オルドルーラ王国とやらの情報を宜しくっ! メープル、手を貸してねっ!」


 びしっと指をさされ、メープルはあからさまに眼を据わらせた。


「え~~? 勇者って、あの邪魔臭い子供達でしょぉ? 嫌だなぁ~~」


「ゴーフレットと大福、おまけに梅ののど飴つけるよっ!」


 良い笑顔でサムズアップする梅の親指を掴み、メープルも、にかっと破顔する。


「まーっかせてぇっ! 空を行く私達に行けない場所は無いわぁっ!」


「いよっしっ!」


 がしっと手を組む可愛らしい少女二人。


 端から見たら微笑ましい光景なのだが、その内容が物騒過ぎる。


「いかがいたしますか? 伯爵」


 胡乱げに宙をみながら呟くサミュエル。それにつられて天を見上げ、伯爵は思案した。


「.....あれは止まらんだろう。後々問題が起きないよう王宮に通達しておけ。あとは..... 梅っ!」


「はいな?」


 ぴょっと仰け反り振り返った梅に、ちょいちょいと指招きし、伯爵はコソっと耳打ちした。


「前に見た砂糖。桃色と空色の薔薇の形の奴。あれと、《とりゅふ》とか言った黒い甘味、用意出来るか?」


 コクコクと頷きつつ話を聞くと、どうやら王宮に話を通すさいの心付けに持っていかせたいらしい。


「珍しいだけでなく、非常に美味だったからな。書簡に添えておけば快く受け取ってくれるだろう」


 鼻薬か。何処の世界も同じだねぇ。


 苦笑いする伯爵に微笑み返し、梅は言われたモノを用意して伯爵へ渡す。


 これがまた、後々の騒動に発展するのだが、三人の子供らを保護する事しか頭にない梅は、まったく予想もしなかった。


 女神様が思いもしない方向から、異世界デイモスは変わっていく。

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