第3話 転校生は眠りたい
「えー、今日から皆と一緒に青春する、
先生の妙な言い回しに教室のあちこちで笑いが起きる中、件の転校生が口を開く。
「暁日人です。田舎から来たので、勝手が良くわからないこともあると思いますが、宜しくお願いします」
深々と頭を下げる様子に、クラスメイトたちから「硬い硬い!」とツッコミが入る。「偉い人の前じゃないんだからもっとカジュアルに行こうカジュアルに!」と誰かが続けて言い、「何か好きなこととか趣味とか、ない?」と更にアシストが入った。
それを受けて、転校生――暁くんは「じゃあ」と前置いてから話を続けた。
「好きなことは……安眠。趣味は……強いて言うならパルクールかな」
クラスメイトの大半が、頭に!と?を同時に浮かべたことだろう。「あんみん……?寝ることか?」「ぱるくーるって、何?」「マジかすげぇのが来たな……」「ちょっと見てみたい……」などと教室にざわめきが広がって行く。隣の綺沙良も、「ほうほう……あやつ、やりおるわい……」と、キメ顔でなんか言っていた。
だが、肝心の私は昨夜の出来事が強烈に焼き付いていて自己紹介に集中することが出来なかった。声を聞いたことで、ますます疑惑が確信に変わって行く。
『あんたは、無事に夜を越えた』
目の前に立つ少年の声は、昨日私に投げかけられたものと全くの同じだった。(こう言ってしまうとなんか痛い女みたいだが)鼓膜が覚えている。間違いない。
そんな思考に没入していたからだろうか。
「それじゃあ、席は……
「ふぇ?」
不意に先生が発した言葉に、私は思わず変な声を出した。考えてみれば当然だ。いつの間にか現れていた、謎の空席――そんなもの、クラスの新しい仲間以外の誰が使うと言うのか。
猫目先生に促され、暁くんがこちらへやって来る。その歩く姿に、昨夜の
「よろしく」
「あ、う、うん、よろしくね……」
なんとか平静を繕い、隣に着席した暁くんからの挨拶に言葉を返す。暁くんは小さく「ん」とだけ残して、視線を黒板に戻した。
(へいへい、何キョドってるの?惚れた?)
(惚れるか!)
右からなんか聞こえて来たのでキッ、と睨みを返すが、親友のニヤニヤ笑いは消えなかった。残念ながら私の稚拙な取り繕いなど綺沙良には通用しない。
「それじゃあこれ以上の連絡事項はないことだし……さっさと1限を始めてしまおうか。その分多少早めに終わらすから積もる話はその後に、な?」
遠回しに転校生と話す時間を作ってくれるという計らいに、「先生太っ腹ー!!」と誰かが快哉を叫ぶ。猫目先生は「誉めるな誉めるな」と手を振りつつ教科書を取り出す。
「ええと今日は……渋沢栄一が日本に戻って来た所から……」
「せんせー、それ昨日の小話の続きでーす」
「ありゃ、そうだったか。失敬失敬――」
軽快なやり取りを聞き流しながら、私はどこか心ここに在らずな状態で、取り出したシャープペンをクリックし続けていた……。
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
そして、皆が待ち望んだ、休み時間。
転校生を質問攻めにするべく我先に私の隣へ殺到しようとしていたクラスメイトたちは、一様に固まっていた。
理由は、1つ。
「――――ん」
標的の転校生が、机に額を押し付けて熟睡していたからだ。
授業終わりの起立、礼、着席の瞬間までは間違いなくまだ起きていたはずだった。それが瞬き1つせぬ間にこの有り様である。クラスメイトたちは高揚感のやり場に困って、立ち上がりかけの微妙な格好のまま停止を余儀なくされていた。
あまりに堂々たる熟睡っぷりに、誰1人起こそうという気力を持てないらしい。
「いやいやこれは大物が来ましたな……確かにさっき安眠が好きって言ってたけども」
「だからって今じゃなくてもさあ!」
すまし顔の綺沙良が発した言葉を受け、クラスメイト全員の言葉を代弁した委員長が床に崩れ落ちた。
そんな外界を余所に暁くんは、休み時間いっぱい眠り続けたのだった。
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