第10話 彼への想い

「すみません、ちょっと買い物に行ってきますので、少しの間見ていてやっていただけませんか?」


そう言って、お母さまは病室を出て行った。

残されたのは、私と、眠り続ける真鍋君だけ。


「いつまで寝ているつもりなの?」


そう簡単に目を覚ます筈など無いと分かってはいるものの、つい声を掛けてしまう。


「いい加減、起きたらどう?」


返ってくるのは、規則正しい寝息だけ。

それでも、腕を伸ばしてそっと触れた彼の頬には、間違いなく生者の温もりがあって。

その温もりは、私の不安と緊張を、解きほぐしてくれるようだった。


「真鍋君、あなたは今、どんな夢を見ているの?私は・・・・見たわよ。あなたの言ってた、『レインボースターダスト』を。触れる事は、できなかったけど。『レインボースターダスト』にも・・・・あなたにも」


ふっと感じた胸の痛みは、夢で感じたものと同じ、怖さ。

隣にいたはずの彼の姿を、私は夢の中で必死で探した。

探し続けていた、彼の笑顔を。


「ほんとに、バカじゃないの。もし私だけ助かったとして、それで私が喜ぶとでも思った?あなた、知らないでしょ。お礼代わりに、この際だから教えてあげる。私だって・・・・私だってね、真鍋君・・・・」


あなたと一緒に、『レインボースターダスト』を見て、そして・・・・


「私だって・・・・何です?」

「・・・・っ?!」


突然聞こえた声に、思わず腰が椅子から浮き上がる。


「まっ、真鍋君っ?!あなた・・・・」


見つめる私の視線の先で、彼の瞼がゆっくりと持ち上がり・・・・


「ねぇ、澄香さん。私だって、の続きは?」


柔らかな光を宿した瞳が、私の前に姿を現す。


・・・・真鍋君・・・・


思わず涙腺が緩み、私はは慌てて顔を背け、彼の瞳から逃れた。


「なんのこと?寝ぼけているの?」

「はぁ・・・・相変わらず塩対応ですね、澄香さんは。そんな澄香さんも好きなんですけど。でも、こんな時くらい、もっと優しくしてくれても、罰は当たらないと思うんだけどな」

「そこまで元気なら、もう心配する必要も無いわね。まぁ、あなたなら殺した所でそう簡単には・・・・ちょっ、真鍋くんっ?!いくら何でもまだ起き上がるのは・・・・」


私の制止も聞かず、ゆっくりと半身を起こし、目を細めた真鍋君は、そのまま私へと腕を伸ばす。


「お願いです。抱きしめさせてください、澄香さんの事。ほんとに生きてるんだって、これは夢じゃないんだって、確認したい」


真鍋君の言葉に、考えるよりも先に、体が動いていた。

私もまた、腕を伸ばして彼の体を抱きしめる。


「良かった・・・・澄香さんが無事で」

「あなたも、ね」


体中で感じるお互いの温もりは、お互いが生きている確かな証拠。

この時私ははっきりと自覚した。

彼を愛おしく想う、自分の気持ちを。


そのまま雰囲気に飲まれるように近づく彼の顔を、片手でそっと止める。


「澄香さん?」


不満げな真鍋君に、私は言った。


「まだ、ダメ。これは、罰ね。あなたにも、私にも」

「え?」

「あなたの凡ミス癖は、やっぱりまだ直ってなかったようだし」

「凡ミス?え?」


ポカンと口を開け、真鍋君は私を見る。


「そう。凡ミス。あなた、『レインボースターダスト』の言い伝え、いい加減に覚えていたでしょ」

「え?そんなことは・・・・」

「【そして、その特別な人としっかり手を取り合って支え合って辿り着く事ができ、共に『レインボースターダスト』を見る事が出来たらなら、2人は必ず結ばれる。だけども、遊び半分や生半可な気持ちで足を踏み入れると、とたんに迷ってしまい、辿り着くことができない】。私、あなたのお母さまから伺ったのよ、言い伝え。あなたのミス、なんだかわかる?」

「えっ、と・・・・」

「【しっかり手を取り合って支え合って】無かったこと、よ。きっと、ね」

「あっ・・・・」


真鍋君が呆然とした顔をしたところで、お母さまが病室に戻って来た。


「あら・・・・あらあら、智明!目、覚めたのねっ!」


お母さまは嬉しそうに顔を綻ばせ、真鍋君の元に駆け寄る。

私は一礼をし、病室を後にした。


あなただけのせいではないのよ、真鍋君。

あの時、あなたの手を取らなかったのは、私だもの。

私たち、『レインボースターダスト』を見に行くタイミングを誤ったんだわ。

今なら、きっと。

今度こそ、きっと。

ねぇ、真鍋君。

私は、そう思うの。

あなたは、どうかしら・・・・?

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