閑話③ ジェリコ・ギブスン(後)

「今も白人を憎んでいるか?そりゃ、憎悪が無いと言ったら嘘になる」


「けどな、それだけじゃない。それだけじゃ、なかったよ」


「姉貴を失って、俺は自暴自棄になった。悪い奴らとつるんで、色々やったさ。色々な。けど、そんな俺をことあるごとに面倒見てくれた人がいた」


「警官だ。それも、あの姉貴と彼氏を撃ち殺した警官の、相棒だった男さ。白人だ」


「そいつは事件のあった日、たまたま非番だったらしい。もう定年も間近の年齢だった」


「そいつは定期的に俺の家に来ると、親父に謝罪してたよ。その度に、親父はそいつを叩き出してた」


「ある時、俺は仲間の奴らと路上で、麻薬をやろうとしてた。コカイン入りの煙草を勧められたんだ。その時、俺はまだ15歳だった」


「俺が煙草に口を付けようとした瞬間だった。いきなり視界が横に傾いた。一瞬後に頬を激痛が走って、やっと殴られたんだと分かったよ」


「気が付けば、あの警官が俺の前に立ってた。俺にコカインを勧めた連中は、その時にはもう蜘蛛の子を散らすように逃げ去ってた。警官は俺に怒鳴ったよ。怒鳴りまくった。俺は最初、ショックで茫然としてた。だって、最後に強くぶん殴られたのは、姉貴からだったから」


「いつのまにか、警官は泣いていた。泣きながら、俺に怒鳴ってた。それで思ったんだ。あぁ、自分は今、叱られてるんだって」


「俺の目からも堰を切ったように涙が溢れてた。ああいうのは自分の意志じゃない」


「それ以来、悪い奴らとの関係は断ち切ったよ。バッサリな」


「真面目に勉強した。警官になりたいと、心から思ったんだ」


「そんな俺を見て考えを改めたんだろう。いつのまにか親父も、その警官と和解してた。長年の労働が祟って親父も早くにあの世に逝っちまったが、晩年にその警官と酒を酌み交わしてたことがあった。その光景は多分、一生忘れないだろう」


「その警官?死んだよ。黒人の強盗を追いかけて撃たれたんだ」


「……ああいや、言い方が悪かったな。それで死んだんじゃない。撃たれた傷が原因で、もう外回りに出れなくなった。定年まで内勤だったよ」


「死んだのは超越者の降臨の数年前だ。老人ホームで、静かに息を引き取った」


「俺は警官にはなれなかった。姉貴の事件があったからな。身内にあんなことがあったんじゃ、採用してくれる所はどこにもなかったよ。それで軍に行って、気が付けばこんな境遇だ」



「俺は黒人だ。けど、白人に肉親を奪われ、そして白人に人生を与えられた。だからいつも考えるのさ。人種など関係なく、今俺に、何ができるのかって」

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