第27話「4回」

「コングラチュレーション!! 見事4回の死を乗り越えた、百目木ルリさまを暫定真祖と見なします! 私自ら殺しに参りましたが、残念。初撃は防がれてしまったみたいですね。いやいや、流石真祖さま。眷属を盾にするとはやることが人間離れしております。いや、ですが、私の狙撃に感づくマスオさんも中々やりますね」


 スピーカーから声だけ響く。


「やはり、私が直接、目の前で殺さないといけないようです」


 スピーカーからではなく、急な肉声。

 先ほど僕が聞いたのと同じ声。


「あっ!?」


 いつの間にかマスオさんの隣にドラキュラの面をし、黒シャツに黒のスラックスパンツを着た黒尽くめの男が立っており、その手にいは黒光りする拳銃が握られている。


 その銃口はおもむろにマスオさんのこめかみに向けられ、なんの躊躇いもなく無慈悲に引き金が引かれた。


――パァン。


 乾いた発砲音。

 僅かな血しぶき。

 揺れる巨躯。


 マスオさんが倒れていく。


「あとは頼む」


 最後まで口数少なに、マスオさんの血がルリに伸びて、Vから距離を取るようにルリの体を投げ飛ばす。

 マスオさんにしては乱暴だが、この状況でそんなことは言っていられない。


 そして、その血は僕の方にも向かい、マスオさんが僕とルリを助けようとしていることが伺えた。

 だけど――。


 さらに二発の発砲音が響く。

 僕の目の前まで来ていた血は、そこで動きを止めて地面へと流れていく。


「これだから吸血鬼はイヤなんです。殺したと思ってもなかなか死なない。私がどんな思いで引き金を引いているのかも知らず、無遠慮にも何度でも起き上がる。いい加減に死ねばいいものを」


 さらに一発。もう動かないマスオさんへと弾丸が打ち込まれる。

 面をしていて表情が分からない。口では怒っているような口ぶりだけど、実際が分からない。今までも不気味だったりしたが、こうして対面すると、このVという男は得体のしれない闇の部分が垣間見え、気分が悪くなる。


「や、やめろっ!!」


 なんとか声をあげるが、すでに弾丸は発射された後。

 もう全てが手遅れだ。

 この男の狂気によって、気後きおくれした僕は全てが手遅れだった。


「ああ、赤城トシユキさん。あなたも全然死なないですね。まったく、なぜ、吸血鬼は死なないのか理解に苦しむ。まぁ、今回の罠は純吸血鬼により効く罠にしていたので、あなたのような半端ものには効果が薄かったのでしょう」


 Vは僕のことをヴァンピール(半吸血鬼)だと思っている。

 だから、はなから僕のことは真祖だとは思っていないようで、雑に、こちらを見ることもなく、弾丸が放たれた。


 喉へと銀の弾丸がめり込んで行く。

 口じゃない部分から空気が漏れると痛みが走る。

 痛みは一瞬ですぐに苦しさと血液が出ていく喪失感を味わう。

 そして、首もとは熱いのに、全身が寒くなってくる。

 熱いのか寒いのか分からず、まるで高熱を出したときのようにその場に倒れ込んだ。


「がっ、はっぁ、あ、ああっ。がぁっ」


 呼吸? 止血? それとも?


 もう、何も考えられない?


 無意識のうちに首を押さえた腕から赤い血が伝っていく。

 マスオさんと同じようにプールサイドに僕の血が。

 排水口へと捨てられるように流れていく。


 僕が死ぬまで、あとわずかだろう。

 もしかしたら、マスオさんは吸血鬼だから助かるかもしれないけど、ただの人間の僕は無理だ。致命傷だ。

 腕に力も入らなくなり、だらんと落ちる。

 瞳にただ映し出される景色は、疲労で息も絶え絶えな巨大な蝙蝠が立ち上がると同時に、ドラキュラハンターVによってプールへと蹴り落とされているところだった。


 ……鋼森まで。


 せめて、ルリだけは逃げていてくれ。

 マスオさんが投げ飛ばし、距離も時間もあるはずだ。

 目を覚まして、逃げてくれ。


 ドラキュラハンターVはマスオさん、鋼森を始末してから、悠々と僕の横を素通りして、最後のルリの元へ。


 ああ、僕は無力だ。


――ぐいっ。


 何かが腕を引っ張る。


「チッ! まだ生きていたんですか? 流石にしぶと過ぎますよ」


 違う、引っ張っていたのは僕の方だ。


 Vのズボンの裾を無意識に掴んでいた。

 少しでもルリが目覚める時間を。逃げる時間を稼げるように。


 発砲音が聞こえてくる。何発もだ。

 腕の感覚がない。

 たぶん、撃たれたのだろう。

 体が揺れる。気持ち悪い。

 たぶん、今度は体に撃ち込まれたのだろう。


 Vを掴んだ腕が撃たれ、息の根を止める為に僕の体へと弾丸が見舞われた。


――カチカチッ。


「弾切れですか。まぁ、いいでしょう。寝ている相手ならナイフでも充分」


 ああ、僕の死も無駄ではなかったかもしれない。

 これでルリが撃たれることはなくなった。

 つまり、今から逃げればきっと逃げて隠れられる。


 いつかはVを倒さないといけないかもしれないけど、溺れて死にそうな今じゃなくなる。それだけで充分だ。

 好きな女の子を助けられた。それだけで……。


「……い、いやあああああああああああああああっ!!」


 ルリの叫びが木霊する。


 よかった。起きたようだ。これで……。


「……マスオ。赤城くん。鋼森さん。そんな、よくも、よくも皆を。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す!」

 

「ふはははっ!! 良いですね! それでこそ真祖候補。ですが、殺すだなんて言葉はそう易々と言うものではないですよ。それじゃあ、まるで殺す以外の選択肢もあったみたいじゃないですか!? 私たちは最初から殺し合いをしているのですよ。それ以外の選択を選ぶ余地がある時点でそちらの負けなんですよ!」


 だ、ダメだ。逃げて……。


 僕の声に出来ない思いはルリには届かなかった。

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