23話目だ 記憶のかけら

「あ~、疲れた……」

「結局、いいところほとんどとられてしまいましたしね……。お疲れ様です」

「お、珍しく素直だな」

「私をなんだと思ってるんです? ひねりますよ?」

「口悪いって」

 本読の家からの帰り道。のびる長い影を見つめながら、二人で歩く。

 なんとなく晴れやかな顔をしたカナメを見て、俺は少し口元をほころばせた。

「しっかし、これで一人目かよ。先が思いやられるな」

「まぁまぁ。この調子で、頼みますよ」

「お前のペナルティだろうがよ……」

 半ばにらみながらカナメを見て、ふと大事なことを思い出した。表情をゆるめ、少し前のめりになりながらカナメにたずねる。

「なぁ。記憶、なんか思い出したことあった? 俺は……あった、けど」

「――ありましたよ。本読さんが、過去についてお話しくださった時のことです。かなり、断片的ですが」

 そう言って、話し出した。昔、起こったであろう交通事故の話を――。


「ほらほら! 早く行こうよ!」

 黒髪にも茶髪にも見える不思議な髪の毛に、ちょっとめんどくさそうに細めた、緑色の瞳。

 私が笑って前を走ると、その子は少しぶきらっぼうに横を向いて答えた。

「わかってるって、走るなよ」

「えー? 楽しみじゃないの? がっこう!」

「……まぁ、そりゃあ……楽しみだけど」

「でしょ? 早くいこー!」

 そう言って、私はその子の手を取って駆け出す。はじめはいやいや小走りしていた彼も、いつの間にか表情をゆるめていた。

 風になびく髪。舞い散る桜。二人の笑顔が、輝く。

 なぜだか、とても満たされた気持ちになった。

 そして、一瞬だけ真っ暗闇に投げ出される。次に見えたのは、青空いっぱいに広がった桜たち。

 宙に浮かぶ感覚がして。ほんの少しだけ、視界にトラックが映った。

 ドサッと音がして。世界から音が消える。いや、全部じゃない。唯一聞こえるのは、あの子の泣き声。叫び声。

 呆然と倒れる私を、誰かがギュッと抱きしめる。耳元でそっと、嗚咽のこもった声がした。

「カナメちゃん……ごめんな、さい……!」


「以上です。『事故』という点が同じだったからでしょう」

「……」

「別に無理に感想言おうとしなくてもいいですよ」

 かける言葉を探していた俺の心を見透かしたように、カナメは少し口元をゆるませる。その笑みが、さらに俺の口を閉じさせた。


「……似てるんですよね」


「? なにが」

 ぽろりとカナメの口からこぼれ落ちた言葉に、首をかしげる。

「顔が」

「なにとだよ」

「……いえ、やはりなんでもありません」

「はあぁ?」

 ふるふると首を振るカナメに、思わず声をもらす。結局、言おうとしていたのがなんだったのかわからずじまいじゃないか。なんだったんだ。

 心の中で軽い悪態をついていると、

「夜宮君」

 名前を呼ばれた。まさか、悪態ついてることばれたか?

 ギクッと肩をはねさせなんとなく視線をそらしながら、返事をすると鞄からぺらっと紙を取り出し、こちらに差し出してきた。

「はい、これ。次の子の資料です。夜宮君もよくご存じの方の関係者ですよ」

「……なんかごちゃごちゃした言い方するな……。俺がよく知ってる人の関係者? んなもんいるか……?」

 なにしろ、今のところ覚えているのは、両親にカナメ。あとは……トウキくらいだ。

 ……改めて振り返るとちょっとやばくないか?

 己の人間関係のなさに冷や汗をたらしながら、渡された紙に目をむける。

「うわ、またちっちゃい子だなー……? この顔、どっかで……」

 一番始めに飛び込んできた写真をまじまじと見つめる。

 落ち着いたにぶい赤色の髪に、暗闇でもらんらんと光る金色の瞳。髪の先の方は少しくるくるしていて、どこかおどけたようなその笑い顔は……。


「トウキ――?」

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