第4話 紅?のユイナ

 ライルが箱を開けていた丁度その頃、冒険者ギルドに、真紅の髪をなびかせた女性が颯爽と入ってきていた。


身長は165cm、年齢は10代後半位だろうか。

少しあどけなさの残る顔に、挑戦的で大きな瞳と髪が鮮やかな紅色に輝いていた。

そして躍動感あふれるスタイルの良い体を革製の鎧で局所的に覆って、軽やかに進む姿は、周りの注目を集めていた。

そのしなやかな動きと髪の間から見えるケモミミや尻尾から、猫科の獣人と思われた。


カウンターまで進んだその女性は開口一番、


「『くれない』のユイナである!私が来たからにはどんな相手でも倒してやる!討伐に困ってる相手はいないかにゃ!」

と叫んでいた。


周りは、おぉ〜!…お前知ってるか!?…オレは聞いたことないけど何か凄そうだぞ!…とザワザワと騒ぎ始めていた。


・・・・・

 冒険者ギルドで叫んだユイナは、見ての通り獣人の部族出身で、周辺の部族の中で近年最強と言われた族長の娘だった。

 それゆえ、その血を受け継いで身体能力や戦闘での感覚に優れていたため、メキメキと頭角を現し、まだ若いにもかかわらず既に部族の中では隊長クラスと争う程の腕前を持っていた。

 そして、その部族ではある程度力をつけた者を『二つ名』で呼ぶ習慣があったため、ユイナは真紅の髪をなびかせて戦うその強さと美しさから、『くれない』のユイナと呼ばれるようになっていた。

 強さに重きを置く獣人であるため、その将来性にあふれた強さから次期族長に推す声が高まりつつあったが、ユイナは族長には戦うだけしか能の無い自分より、頭が良くリーダーシップのある兄の方が適していると思っていた。

 また、ユイナは兄も部族の仲間も好きであり、争いが起こって敵味方に分かれるような事は避けたかった。

 そこでユイナは考えた末、一人前に認められる16才になると同時に外に出て冒険者になることを決め、自身の成人祝賀会の挨拶の最中に感謝を述べたあと旅立ちを宣言して走り出し(事前に母にだけ相談して父の族長を抑えてもらうなどフォローして貰った)、周りが騒然とする中、


「『紅のユイナ』として有名になって、部族の名を上げてくるにゃ!」

と言い残して意気揚々と旅立ったのだった。


 ユイナは「名を上げるにはやっぱり王都だ!」と、まずはこの国の王都の冒険者ギルドを目指して旅をしていた。


 しかし、川で洗濯をしようとして、誤ってお金を落としてしまった。


「…にゃ!!」


 機敏な動きで何とか落ちて流れて行く前に3枚だけ銀貨を掴むことができたが、後は深く大きな川にながされてしまった。


「しまったにゃー。これだと次の街に入ったらお金が無くなるにゃ…。でもさすがに一人で野宿はまともに寝られないし、何日も続けることはできないし……とりあえず次の街に入ったあと、冒険者ギルドで何か仕事をして王都までの路銀と生活費を稼ぐかにゃ。……うん、それで王都に行くまでに実績をつけて、あわよくば名を上げていけば良いにゃ!」


 そうして方針を決めて、次の街であるライルの住んでいる街の冒険者ギルドに着いたあと、少しでも多く稼いで名声を得るために、強い魔物を倒そうと意気込み、先程の発言になったのだった。

・・・・・


 ユイナがカウンターで叫んだあと、その正面にいた受付嬢は、ハッと我に返ってうやうやしく対応を始めた。


「討伐依頼を受けて頂けるということで、よろしいですか?」

「ウム、任せるにゃ!」


「ではどのランクを受けられますか?」

「ランク?」


「…えっと、討伐依頼のランクでございますが…」

「……」


「ギルドカードはお持ちですか?」

「何だにゃ、それは?」


「……」

「……」


 ここで対応していた受付嬢は目頭を押さえ「雰囲気はあるけど聞いたことないし、変だと思ったのよね。ま、期待の新人ってことかな」と呟いていた。

 注目してこのやり取りを聞いていた冒険者の大半は「あぁ只の馬鹿か」と無かったことにして日常に戻っていったが、最近冒険者になったばかりの低ランクで仲間を増やしたいパーティーは「おいっ、あいつ誘おうぜ」と前のめりになっていた。

 しかし、低ランクパーティーの若いリーダーが歩み寄ろうとすると、その肩をつかみ止める者が居た。リーダーが振り返ると、金ピカの装飾を施した派手なローブを着た冒険者が、ニヤニヤとした笑みを浮かべて自分の肩を掴んでいた。

 若いリーダーはその顔を確認すると(うわっこれは無理だ)と肩を落とし、元いた場所に戻って行ったのだった。 


そんな中受付嬢は気を取り直し、対応を再開した。


「えっと…では、冒険者登録で良いですか?」

「…うん。」


「それではこちらの用紙に必要事項を書いて頂いて、登録料と一緒にお持ち下さい」

「…」


「…?代筆しましょうか?」

「いや…登録料がいるのかにゃ?」


「はい。2銀貨となります」

「………。」


 そこで街に入るのにお金を使い切っていたユイナはザッと振り向くと、


「私の冒険者登録料を払う栄誉を与えて欲しい奴はいないかにゃ!?」

と叫んだのだった。


 それを聞いた瞬間、受付嬢は(このバカっ、魅力的な女性が無一文なんて宣言したら危なすぎる!)と思い、一旦別室に連れて行き対応策を考えようと「じゃあ、こちらに…」と言いかけた。

 しかしそれを遮るように、先程若いリーダーを引き留めた金ピカローブの派手な冒険者が笑顔で、

「おぉ!ではその栄誉はこの私が授かりましょう!なーに、困った女性を助けるのはこの街のちょっとした者である私にとって当然のこと。遠慮はいりません!」

と声を張り上げ、ユイナをじろじろ見ながら近づいてきた。

 近づく金ピカローブの冒険者はこの街の有力者の息子であった。また金や利権にものをいわせた優れた魔道具や装備を持つため、ランクもそれなりにあった。ただ女癖の悪さなど良くないうわさも漏れ聞こえていた。

 この状況を見た他の冒険者や受付嬢は、これは厄介なことになったと思いながら、流れはユイナの希望に応えただけの状態であり、それぞれが街に住む知り合いを含めたしがらみがあることから、動くに動けずにいた。

 

 ユイナに近づいた金ピカローブの冒険者は邪魔が入る前にとっとと既成事実を作ろうと、キザな手つきで財布からお金を取り出すと

「さぁこちらが2銀貨です。」

とお金を渡すため、ユイナの手を取ろうとした。


しかし、金ピカローブの手はユイナの手を掴めず空振っていた。


「ぬ?」

金ピカローブは気のせいかと思い、ユイナの手を掴み取ろうとしたが、ひょいひょいっと躱された。


「ぬぬぬ?」

金ピカローブがムキになってユイナの手を、さらには体を掴もうとしたが、全て躱された。


「ぐぬぬ!なぜ躱す!?」

金ピカローブが怒気もあらわに声をあげると

「何となく、お前のお金は要らないにゃ」

とユイナはサクッと断っていた。


「こちらが下手に出てれば…ふん、別に手渡す必要もない。お金がないのであろう。さぁ拾え。」

金ピカローブは一転冷めた目をすると、ジャラジャラいわせた財布をユイナの前に落とした。

「要らないから拾う訳ないし、自分で落としたものは自分で拾ったら良いにゃ」


「……」

「……」


顔を真っ赤にした金ピカローブはしばらく固まっていたが、

「そうか、お前が動かないなら、おいっ!そこの受付嬢!この金を拾ってこいつの登録をしろ!」

と受付嬢に命令した。


 ユイナを心配していた受付嬢は、後先考えずにそんなことできません!っと拒否するために「そんなっ…」と言いかけたが、


「要らないって言ってるにゃ!!」


とユイナが瞬時に財布を蹴り上げると、その財布は見事に金ピカローブの股間に飛んでいき、ドズンっと重く激しい音がして股間にめり込んだ。

 金ピカローブの冒険者は泡を吹いてその場に倒れ、周りで見ていた男の冒険者は思わずヒェッ!と声を漏らしたが、お金と権力でやりたい放題だった金ピカローブのことを嫌っていた者は多く、慌てて駆け寄る取り巻きに気付かれないようにガッツポーズやサムズアップをしたり、笑顔を浮かべる姿がいたるところで見られた。

 そうして賑やかな雰囲気が戻った後には、清々しい気持ちを持ちつつ、この後の処理の大変さに頭を抱えたくなった受付嬢が引きつった笑顔を浮かべていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る