第七話 『ワオーン、と月に吠えたい夜が続いた』





 これは困った。


 ブトカの村を出て三日。目的地であるコマルの村まで後、一日か二日ぐらいだろう。


 馬車なんて高級品を持たない俺たちは当然、徒歩で旅をする。今は春から夏に変わろうかという季節なので夜具の類を持たない俺たちでも夜の寒さに震えるなんて事はない。


 だから、俺は困っている。いやはや、夜になると焚火を焚き、それを中心に各自適当に寝っ転がるわけなのだが、これがよくない。


 時折、俺はスヤスヤと可愛らしい寝息を立てて眠る三人の女の子に視線を向けると、『いかんいかん』と、頭を振り夜空を眺める。


 変な葛藤から解放された俺は今度は今度で別の葛藤に悩まされているのだ。


 つまり、『これってハーレムじゃね?』って事だ。


 『勇者様、しゅきしゅき(はぁと)』なんて事は全くもってあり得ない事だってぐらいは理解していたし、俺自身そんな事を期待していない。イリアとウィズは確かに可愛い。しかし、俺はロリコンではないのでボリューム不足の二人に欲情したりしない。彼女らはあくまでも大切な俺の仲間だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 が、問題はオリビエだ。絶賛嫉妬中だったあの頃は対抗意識が勝って、それ以上の感情が湧かなかった。だが、今は違う。かつて、彼女の体に触れたときにトリップしてしまったように、うーむ、なんとも悩ましい。


 つまり、俺にとって彼女の外見はドストライクな訳だ……。


 時折、寝返りを打ち、軽く口を開いた状態の艶やかな唇。そして、革鎧を抜いだ今の無防備な肢体。衣服から覗かれる張りのある腕や脚。


 それらに触れられたら、どれだけ気持ちがいいのだろう? ついつい、そんな事を考えてしまい、俺の『一途な心』が挫けそうになる。


 夜這をしてオリビエに嫌われるのはいい。いや、よくはないが最悪の事態ではない。それをしてしまえば、確実に終わる。純粋で心やさしいだけに仲間の女の子たちは、その手の行為だけは許してくれない。簡単に想像がつく。二人に見捨てられる恐怖で何とか耐える。だが、悶々とした感情は増すばかりであった。


 こうして、ワオーンと月に吠えたい夜が続いた。



「アンタ最近、顔色悪いわよ?」


 朝になり行軍を開始すると、オリビエが心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。顔が近い。ついつい唇に目が行ってしまう。


 俺は「風邪でも引いたかな?」なんて適当に返事をすると意志の力で強引に視線を逸らす。寝よう。村に着いたら真っ先に酒場に行き一人部屋で泥のように眠ろう。


 そして、さらに一日が経つ。この頃になると平野が終わり山道となっていた。山道といっても牧歌的な草木に囲まれるそれとは違い、ごつごつとした岩に囲まれた現実世界でいうグランドキャニオンとかそんな感じをイメージして頂けると幸いである。 よって、きちんと整備された道路ではなく、ごつごつとした岩の間を縫うように出来た獣道よりはまし程度の道を俺たちは進んでいく。


 この旅の終わりの予感。ようやくあと少しでこの悶々とした生殺し状態から解放される。宿に着いたら自家発電でもして発散しよう。


なんて事を考えていると……。


「ちょっと外れたところに何かあるわね」


 なんてオリビエが言い出すのだ。


 地理に不案内な俺たちは『冒険の書』の機能であるワールドマップで方向などを確かめながら進む。そのミニマップには中央には俺たちを表す四つの青い点。西側の隅っこに意味ありげな赤い点が一つ。


 赤い点は何を意味するかと言うと、敵であったりダンジョンの入り口であったり、何らかのイベントを表していた。


「まあ、今回は無視しようぜ」


 一刻も早く村に到着したい俺としては当然の提案であった。が、現実はそうはいかない。


「つまらないやつね」


「離れてるとは言え敵はほっとけません」


「ウィズは興味があるのです」


 なんて三者三様に言われてしまうと――ってか、女の子の意見と男のそれが事なった場合の当然の結果というか。まあ、急ぎ旅ではなかったし『穴があったら入りたい』が冒険者の本能みたいなものなので結局はその赤い点に向かうこととなる。


 向かった先は洞穴であった。


 一刻も早く自家発電――もとい、村を救ってやりたい俺はやはり、スルーを提案する。道から映る範囲の洞窟なんて当の昔に誰かが探検済みだって……。まあ、俺の理路整然とした意見は当然スルーされる訳なんだがね。


「『光りよ』」


 俺は折れた剣を抜くと光魔法を使う。剣が発光してそれが照明となる。入口から中を覗うと入り口自体は一歩(約50センチ)四方、それが徐々に広がっている形であった。光度が不十分なため照らせる範囲が短く、それ以上の事は分からないが立って歩く事はできそうな広さだった。


 俺は修行不足なので手に持つものしか光らせられないので渋々ではあるが先頭となる。


 隊列は俺、イリア、ウィズ、オリビエの順。二十歩も進むと横に二人並んで歩けるほどの広さとなる。


 どこかで、水滴がしたたっているのだろう。ピチャン、ピチャンという甲高い音が聞こえた。更に進む、岩面に少しずつ苔のようなものが生えてきている事からやはり、どこかに水があるのだろう。


 この洞窟の終わりはあっけなかった。入口から数えて百歩程度だったろう。枝道もなく、多少のうねりはあったが一直線の洞窟。行き止まりは更に広がっていて妙に天井が高く小部屋程度の大きさであった。そして、湧水と地形の凹凸でできた泉がある。泉の水をかるく口に含む。冷たくて美味かった。


 だが、これだけであった。


「水浴びでもすれば?」


 俺はなんて言って殴られる。抗議すると顔が嫌らしかったから、だそうだ。


「まあ、これで気が済んだろ。先を急ごう」


 俺はコホンと咳をするとこういう。三人もそれぞれの言葉で肯定するとその場を後にする。


「キャッ、何このベトベトは……」


 オリビエの声だ。俺は「どうした?」と振り返る。


「何か上から降ってきたの」


 彼女の胸当て一杯に半透明の粘液が掛かっていた。そして、直ぐにその部分からシュウシュウと煙を立てて……って、それスライムじゃねえか!


 スライムは当然、液体なので上から下へと垂れ下っていく。具体的に言うと胸当てからスカートのあたりまでシュウシュウという煙を立てて垂れ下っていく。


 ハレンチスライムキター! なんて、徐々に溶け始めたオリビエの衣類を見て俺は思わず膝をつき神に感謝の祈りをささげてしまう。


「勇者さまぁ!」


 なんて怒りを露わにするイリアの言葉で我に返る。


 スライムとはド●クエに出てくるような水滴上の愛らしい姿をしているわけではない。粘液を纏った核をもつ単細胞生物である。斬激や突きなど物理攻撃は一切効かない。その粘液は強力な酸であり鉱石の類以外は大概の物を溶かしてしまう、実際はとても恐ろしいモンスターなのだ。


「ちょっと、これどうすればいいのぉ」


 なんて彼女にしては珍しくうろたえた声を聞き、俺は「できるだけ動くな」と、短く指示を出すと考える。


 スライムに対して最も効果的なのは火だ。火で焼きつくす。次点で凍らせる。ウィズであればそのどちらでも可能な訳だが、既にオリビエに纏わりついている状態なのでそれは却下だ。彼女も怪我をしてしまう。


 と、なるとこれしかない。


「オリビエ、脱げ!」


「ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ。このスケベ!」


「そんなこと言ってる場合か! 兎に角、脱ぐんだ」


「じょ、冗談じゃないわ。あんたに見られるくらいなら……ッ」


「馬鹿はお前だ!」


 皮膚にまで浸透し始めたのだろう。苦悶の表情となり身を捩じらせたオリビエを見て、俺は覚悟を決めた。後で、ボコボコにされる覚悟をだ……。


 俺は彼女の皮鎧の両端を掴むと力任せに引っ張る。ビリっという音と共に綺麗に前半分が剥げる。彼女の形の良いバストがプルンと揺れた。



――痛てえ、ってか熱ちい!



 剥いた際に俺の手に少し粘液が付着したのだろう。皮膚が溶けだしているのを感じた。言葉では遅い。こう判断して俺は次の行動に移る。


「キャッ!」


 俺はタックルの要領で彼女の体にぶつかると、そのまま泉に落ちる。そして、彼女の胸を鷲掴みにして、揉みしだく。


「んっ」


 と、彼女は悩ましい声を挙げるが俺は構わない。彼女の胸を天辺から両脇まで丹念に揉みしだき、ゆっくりと腹部にも手を動かしていく。


 もちろん、この時の俺には少したりともスケベ心などはなかった。タックルしたのは泉に誘導するためだったし、彼女の体をスリスリしているのは当然、粘液を洗い流すためだった。


 本来、彼女の艶やかなそれはスベスベしてとてもよいものだったのだろう。所々からざらついた感触が、水面を通して見える彼女の裸体が美しいだけにとても痛々しかった。


 どれくだいだろう? もう、こんなもんだろうと、手を離すと俺は殴られた。


 殴られた反動で俺はバシャンと水面に尻もちをついてしまう。


「……いや、ううん。まずはお礼と謝罪をしておくわ。ありがとう、そしてごめんなさい」


 左手で胸を隠し、涙目で拳を振るわせるオリビエを見て、俺は「別にいいさ」と、立ちあがると、また彼女を押し倒した。


「え?」


「でもな、それはまだだ。許可なく女の子の服をひんむき。あまつさえ、体を弄んだんだ。殴ってくれて構わない。イリアとウィズも後で勝手に参加してくれ。俺は抵抗しない。でもな、後少し、それは待ってくれ」


 そう言って、俺は両手を光らせる。治癒の魔法である。それでオリビエは実に嫌そうではあったが納得してくれたようだ。


 実の処、ここから俺にスケベ心が芽生える。と、言うよりはこれは報酬である。などと自分勝手に考える。どうせ殴られるんだったら、って奴だ。


 修行不足の俺の魔法でも、この程度の火傷なら治せるのだ。前に述べたように触る必要はなかった。


 だが、触る。まずは腹部を癒し、徐々に山頂へと指を這わせていく。目を逸らし、顔を真っ赤にして『ん、んっ』なんて喘ぎ声を我慢するオリビエに『可愛いよ』なんて、心の中で呟いて人差指で乳首を撫でまわし、残りの指で乳房の感触を堪能する。


 そして、視線はゆっくりと顔から下へと移しながら彼女の裸体を脳内保存した。




 夜半にコマルの村に到着。今日は遅いから村長に会うのは明日にしようと、宿を取ると解散する。


 俺はベッドに仰向けに寝転ぶと今日の事を思い出していた。


 あの後、以外にも殴られる事はなかったのだ。そして、碌に会話もなく旅を再開したのだ。俺が何か話そうとすると女の子たちは顔を真っ赤にして顔を背けてしまったのだ。だからと言って、嫌われているようではない。実に不可解な話であった。


 それ故に、今さら罪悪感に捕らわれていたりするのではあるが。



――俺って最悪だな……。



 なんて事を考えつつも、俺はオリビエの感触を思い出しつつ自家発電に勤しんだ。



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