第21話 缶詰
皇城の空を、侵略者の飛ばす爆撃機が飛んでいる。
迎え撃つのは統合政府の高射砲だ。
皇城の一室、帝の寝所の窓から空を見回せば、西の地平が紅い。
焼夷弾が落ちて燃えているのか、爆撃機が落とされて炎上しているのか。
皇城からはかなり遠いようだったし、そんなに幅も広くないので火災の範囲は狭いだろう。いまのところ皇都に燃え広がり、城が延焼する心配はなさそうだった。
プロペラの音、爆弾が風を切る音、重い爆発音、連続する高射砲の唸り、そしてときに炎と轟音をあげて墜ちていく爆撃機……そういう音が響いてくるたびに、ぞくりとする。
侵略者にすれば、農地も生産設備もなく、すでに権威も象徴的意義も地に落ちて、ただそこに広い敷地と古い建物が『あるだけ』の皇城など燃やしても、統合政府の抗戦能力が落ちないことは分かっているはずなので、あえて貴重な爆弾を落とすことはないと思っていても不安は拭えない。
とくに墜落してくる爆撃機は防ぎようがないため、それこそ天に祈るしかなかった。
誤爆される可能性もある。それを防ぐために皇城の灯りはすべて消してある。
いま、空からここを見下ろせば、皇都の北側が黒く正方形に切り取られたように見えるだろう。
音がするたび、幼い指が私の手を強く握る。
私はその御年六歳になられたばかりの帝の手を握り返しながら……帝の身を案じてはいない自分を
書額堂の書巻が、まだ半分以上ここに残っているのだ。
それを燃やされたくない……
だから分かる。
――この王朝はもう、保たない。
むろん、汎砂も同じ意見で、それゆえ書巻の移送や複写を急いできた。汎砂は書巻の運び出しのために、いまここにはいない。
昨今はフィルムに写す「写真」なとどいう技術も開発され、それを使えば複写は格段に速く済む。
しかし、この王朝が危ない、そう思ったときには遅かった。
予算が付かなかった。
というより、国庫が空だった。
なけなしの税収は、貴族たちと軍隊に略奪され、一向に入ってこない。
書籍の複写にせよ移送にせよ、人手がいる、資材がいる、運搬手段がいる、そして安全な保管場所を確保せねばならない。
すべてのことに金が要る。
いや、すべていつものことだ。
これまでにも、なんども経験したことだ。
なんどだって切り抜けてきた。
しかし……
「
幼い指にちからがこもった。
繁王朝皇帝、
――私の気持ちを察していらっしゃる?
御身も不安だろうに。
――この方が成長されたなら、良い治世をなされるだろう。
天命は、まだここにある。
けれども。
彼がこの天下を主宰する……そんな日は、きっと来ないと予感しながら「もったいないお言葉をありがとうございます」と、言葉を返す。
「気を張っていても、どうにもなりませんから甘い物でもお持ちしましょうか。たしか台所に杏の蜜漬けの缶詰があったはずですから」
「いいの?」
食料とていつ次が入ってくるか分からないゆえ、みな、一日一食、しかもその一食も雑穀の薄い粥に菜汁がつく程度になってしまっている。
帝だけは二食用意されるが、甘い物は久しぶりだった。
「ええ、こういうときのためのものですよ」
私は席を立った。
ヒュン、と風を切る音がして、ドンという地鳴りとともに、また窓の外、街の南が紅く輝いた。
そして私はふと、思い出す。
――あのときも。
――あの方も。
杏の実を食べながら、紅い炎を眺めていた、と。
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