第1章 焦る勇者 2

 夏の暑さの真っ最中、東京郊外の閑静な住宅地を走る。バテない程度の速度を出しながらではあるけれど、すぐさま蒸し暑さが俺の身体に堂々と入り込んできた。五分も走ると、思わず吐き気が立ち込めてくる。

 休憩している余裕はない。こうなったら熱中症で意識を失ってしまう前に、一刻も早くゲームショップに滑り込もう。

 ゲームショップがある駅前商店街までは、地理的に大きく迂回した道を通らなければならない。そのため最寄りといっても、二十分くらいはかかる。一刻も早く商店街に着きたい俺は、そのルートをこれほどまでにもどかしく思ったことはなかった。

 急げ、急げ。「アレクシアス4」と俺の身体のために……。

 ……ふと、俺はあることを思い出した。ゲームショップまでの近道があることに。

 もっと早く着けたら。よりによってそのような思いが、近道があることを気がつかせてくれた。普段の高校の勉強についていけなくなってる俺にとっては、ファインプレーの発想力だと自分でも思った。

 でもその近道は、久しく使っていない。厳密に言うと、俺が最後にそこを通ったのは、小学生の時だ。小学生の恐れを知らぬ挑戦心にかられたそのころの友人についていく形で、よくその道を通ったっけ。そのため数えられるだけで十数回くらいだから、今でも健在かどうかはわからない。

 そして、その問題の近道の前、家々の塀と塀の隙間の前にようやくたどり着いた。今日のような澄み渡った天気の時でさえ、そこは暗くじめじめとした影を落としている。全く、当時の俺はよくこんな場所に入ろうと思ったな。あの頃の俺に感心しながら、またためらいながらも恐る恐る入っていった。

「……やはり、時の流れというものは、残酷だな」

 あの頃とは違い成長した俺は、その狭さに言葉を漏らす。今にも服が擦れてしまいそうだが、贅沢は言えない。かろうじてカニ歩きできるくらいのその路地をしっかりと進んでいく。この近道さえ抜ければ、十分以上の大幅短縮ができる事は間違いない。

 ズルズルと進んでいき、そして今、その狭い路地を抜けた。と、目の前の光景を見て、ようやく思い出すことができた。

 そこに広がっていたのは、幅一メートルくらいの小川であった。また、一メートル半くらい深い溝の下には、浅い川が静かな水音を立てながら流れていく。普段は人の目につかない場所であるからか、当時と全く変わっていない。

 対岸にはこちら側と同じ、家同士の隙間がある。そこを抜ければ大通りだ。よって近道するにはこの川を飛び越えて、向こう側に行かなければならない。

 当時の脚力でも行けたんだ。今では余裕に行けるだろう。スニーカーの足に力を入れる。

 俺は迷うことなく、少し助走をつけて、その溝を飛んだ。

 そうして飛び込んだ先には、宇宙空間。俺の目の前には、女神がいた。

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