プロローグ 2

「た、大変です、魔王様! 勇者がこの魔王城にやってきました!」

 手下のゴブリンから、そのような報告がもたらされた。

 あれから一時間も経たないうちに、である。

「なんだと!?」

 早過ぎて動揺を隠せない。地上のどこに召喚されたとしても、魔王城は闇がはびこる地下の最深部に存在するのだ。地上からですら最低三日はかかる距離にあるというのに。

 しかし、ここで動揺し続けている訳にはいかない。

「すぐさま魔王城の全兵力でこれを迎え討て!」

 余の命令で、魔王城が一段と騒がしくなった。手下の魔物たちが次々鎧兜を身につけ、得物の武器を手に取り始める。この活気を見たのは、百年ぶりな気がする。この魔物たちが士気旺盛なところを見ると、思うところは余だけではなく、彼らも同じだったという訳か。

「魔王様も、武具のお支度を」

 余の側に控えていた、牛姿の魔物の大臣が隣で囁いてきた。

「うむ、持ってこい」

 手下たちによって、禍々しさを詰め込んだような、独特の瘴気がまとわりついた鎧兜が運び込まれる。それをようやく身につけ終わると、勇者がこの魔王部屋に来るのを今か今かと待った。

 挑む勇者は、本当に強さを備え付けた大物なのか。それとも出しゃばるだけの小物なのか、しっかりと見極めてやろう。

「ところで、その勇者は、どのような見た目をしているのだ?」

 余の問いに、先程報告に来ていたゴブリンが答える。

「それが……、防具をつけず、木の剣一本で殴り込んでくるような奴でして」

「何だと? ではなぜ勇者だと分かった」

「それは、雰囲気といいますか、オーラといいますか……。とにかく間違いありません!」

 ……どうやら挑む勇者は、先程考えた後者の方だったか。その姿はまるで召喚したばかりの小物に間違いなかった。

「うろたえるな。そのような装備で魔王城に乗り込むなどもはや大馬鹿もすぎる。余が出ずとも、お前たちが相手で十分だろう」

 余の言葉に、魔王の間に控えていた魔物たちは「おお!」と沸き立った。そして勇者を倒そうとすべく、我も我もと先を争って部屋を出て行った。

 ……とはいうものの、勇者の一見無謀に見える魔王城への殴り込みに、内心では焦っていたのは否定できない。一体奴は、何を考えてこの魔王城に乗り込んだというのだろう。

 そもそも方法的に、どうやってここまで来たんだ?

「大臣、一つ聞きたいことがある」

「何でしょう? 我が君」

 牛顔魔物の大臣は、すぐさま余の前でへりくだった。

「確か地上への出口……、一般的には地下魔界への入り口にあたる洞窟から、この魔王城までの道すがら、数多くの番人がいたはずだ」

「ええ、確かに。我々の中でもとびきり強いものたちです」

「奴らからは、何も連絡がなかったのか? 勇者が最速で番人を倒していったと仮定しても、その時点で何かしらの報告は上がるはずだとは思うが」

「我が君の聡明さに敬服いたします。では急遽、彼らそれぞれに使いを出して聞いてみましょう」

 大臣はそう言って下がると、使いのコウモリ型の魔獣を城の外へ放った。

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