【永池家〈1〉】

 愛美あいみ目眩めくらましのダミーの方ではなく松埜家まつのけの本当の所在地のことも知っていた。

 1200年もの長い年月かかわってきたという永池家ながいけけの人間なら当然そうなのだろうとは思いながらも、私を家に送り届けるまで道順になんの迷いも見せずにスムーズに歩く彼女の姿は正直、少し奇異にも映った。


「それじや、私はここまでで」


 数寄屋すきや門が数メートル先に見えたところで愛美は足を止めた。


「え、せっかくだからちょっと上がってジュースでも──」

「とんでもない!」

「?!」

「松埜家の敷地内にいきなり入るだなんて許されないことよ」

「そんな大袈裟な──」

「大袈裟じゃない、永池家の者にとっては大事な事。とにかくうちのことは御両親に話を聞けばわかるから。じゃ、明日朝またここで待ってるわ」

「えっ、明日? 朝?」

「そうよ? 何か問題?」

「何かって・・・・」

「言ったでしょう? あなたを守らないと、って。だから私はやるべきことをやるだけ。送り迎えもそのひとつ」

「送り迎え・・・・え、毎日?」

「もちろん」

「・・・・」


 当然でしょ、という顔つきの愛美に私は返す言葉がすぐに出ず、困惑のままその顔をまじまじと見た。

 笑みを浮かべず、すん、とした無表情のその顔はまるで能面のようで心情が推し量れない。

 不可思議な空気感。

 そんなものを彼女は身にまとっている。


魔垠まごんをあなたに近づけさせない。守る。それが私の役目。それじゃもう行くわ」

「あ・・・・ありがとう」

「また明日ここで」

「うん・・・・」


 否応なし。

 私に拒否権はないのだと、去ってゆく愛美の小さな背中を複雑な思いで見送った。


────────────────────────


「あ、お母さん」


 門脇の通用口から入り石畳を少し歩いた先の花壇のところから、ふいに母が現れた。

 

愛美あいみさんね?」

「!」


 母の口からいきなり出たその名に私は驚き立ち止まった。

 私が彼女に送られてくることを知っていた?

 まさか──


「どうして分かったの?」

「知らせは来ていたから」

「知らせ・・・・」

「永池が愛美さんを送りこんでくれていて良かったわ」


 永池、と名の呼び捨て。

 そして愛美を送り込んだという言葉。

 ここで私は永池家が松埜家の眷族けんぞくであると言った彼女の話が実感をもって飲み込めた気がした。


「お母さん」

「何?」

「その永池家のことだけど・・・・」

「家に入りましょう。その前に──」


 そう言うと母は左手に持った小さな巾着袋きんちゃくぶくろの口を開け、ひと言「背中」と言った。

 それが意味するところ── 一般的に"邪気を祓う"意図で粗塩をまく行為があるが松埜家では少し異なる。

 魔浄塩まじょうえんと名付けられているその粗塩は白くない。

 "何か"を混ぜたもの──その"何か"を私はまだ知らない。


「やっぱり邪気が?」

「そうね、あからさまにね」

「・・・・」


 私は黙って母に背中を向けた。

 口の中でとある言葉を唱える母。

 そして──


「はっ! はっ!」


 勢いよく私の背中に魔浄塩まじょうえんが叩きつけられた。

 一瞬、全身に身震いが走る。


「それじゃ、家に入りましょう」

「邪気は・・・・魔垠まごん?」

「・・・・中でゆっくり話すから」

「わかった」


 どんなことが語られるのかは分からないが、また私を驚かせることがきっと色々あるのだろう──そんな気持ちで母のあとを歩き出した。










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