第2話目覚めるとそこは異世界でした。

 目が覚めたら──やけに豪華なベッドの上にいた。


 ベッドはふかふかで、枕や布団には金糸で精巧な刺繍が贅沢にあしらわれており、およそ今までの人生では目にする事も、勿論こうして触れる事もまず無かったであろう逸品。

 私の今までの人生の経験上、こういった状況に当てはまるものはそう多くなかった。


 これは、今流行りの異世界転生なのでは?


 そう思うと途端に心が躍りだす。

 推定享年十七歳。前世の事はあまり覚えていないが、十七年ぐらいしか生きていた気がしないのできっとそうだ。

 誰もが一度は憧れるであろう異世界転生。ファンタジーな世界で剣や魔法やモフモフに囲まれて過ごす穏やかでされど刺激的な日々……そんな決して現実ではありえないからこそ、夢見てやまない世界。

 そんな夢物語が今こうして現実となっている。


「……ありがとう神様! 前世の事はよく覚えていないけれど、多分最高の来世になってるよ! いや、現世か……?」


 天井に向かってそう叫んでみるも、空から何か返事があるはずもなく。

 この部屋は時が止まったかのような静かさに飲み込まれた。そしてふと気づいたのだが。


「私……こんな可愛い声だったかしら」


 今の私は驚く程に可愛い声をしていた。

 視線を下に落とすとフリルとリボンが適度に主張する薄水色の服と、真っ白で細く柔い小さな手足が視界に入ってくる。

 視界の端に見える銀色のふわふわの髪が揺れる度にほんのりと漂うのだが、とても良い香りがする。

 ……やはり、異世界転生で初動でやる事と言えば──鏡で自分の姿の確認、ね!


 高級そうな大きいベッドから飛び降りて、広い部屋を駆け回る。その際少しだけグラッとしたのだが、恐らくは立ちくらみか何かだろう。

 ベッドだけでも高級そうなのは分かっていたけれど、それ以外の全ての物も高級品ばかり。きっと私は、とてつもない金持ちの家に生まれ変われたのだろうなと目に見えてわかるレベルだった。

 しかもベッドは西洋文化らしき天蓋付きのベッドで、私が先程天井と思って叫んでいたのは天蓋だったらしい。


 しばらく部屋の中を歩き回ったり飛び跳ねたりして、ようやくそれらしきものを発見する。しかしそれは私の身長より少し高い机の上にあって、このままじゃ机の上のものを手に取る事は出来ない。

 小さい体を満遍なく駆使して椅子に登り、机の上にある手鏡を手に取ると……。


「ものすごい美少女だわ」


 ついに第二の人生、第二の自分との対面を果たすことができた。

 ライトノベルでメインヒロインを余裕で務められるような可愛いらしい顔立ちをしており、天パなのかはわからないが銀色……白みの強い銀色のふわふわした長髪。長く整ったまつ毛に寒色の瞳。

 どうやら私は、儚げな印象を持ってしまうような、どこか見覚えのある六歳くらいの可愛い幼女になったらしい。



♢♢♢♢



「──さて。これから先どうするかを決めよう。まずはこの世界の情報とか集めたいよね」


 椅子から飛び降りてふかふかの絨毯に着地する。そこで先程の探索の折に見つけたパンプスを履いて情報収集に出る準備をした。

 情報を制する者は戦を制する……やはり何事も情報が必要なのだ。

 その為に部屋の外に出ようとドアノブに手をかけたらあら不思議。鍵がかかっているではないか。

 そしてどういう訳か内側の鍵の部分が壊れていて、こちらから開ける事は出来ない。つもるところ、軽く軟禁状態という事だ。

 どうしたものかと頭を悩ませる。そこでふと、壁に掛けられている絵画……その額縁に視線が釘付けになる。

 ……あの額縁、すっごく硬そうね。アレで何回か扉を殴っていれば、扉だって壊れて開いてくれるんじゃあないか? ほら、角が凄く鋭利だし。


 思い立ったが吉日。椅子を絵画の下へと動かしてそれに乗り、全身で絵画を持ち上げて壁から外す。その重さに小さな体がよろめき椅子から落ちそうになるが、放り投げるように絵画を手放した事で、すんでのところで耐えた。

 ドンッという音をたてて絵画が落ちた後に、私はおそるおそる椅子から降りる。もし今誰かが来たら大変だ。軟禁状態と思しき幼女が脱走を試みているのだから。

 頼むから誰も来ないでと祈りながら、力づくで額縁と絵画を分離させる。その際に綺麗な絵画にいくらか傷がついてしまったのだが……まぁ、仕方ないか。何事にも犠牲は必要なのだ。

 そして額縁だけとなった事により、なんとか持ち上げられるようになった。扉の前で額縁を構えて体を一回転させ、


「とぉりゃっ!」


 額縁を思い切り扉にぶつける。扉には僅かな傷しかついていない。

 それに私はがっかりしたが、そうもしていられないのだ。誰かが来る前に何とかして事を済ませなければならないからね。


「もう一回……!」


 そうやって、めげずに何度も何度も額縁を振り回す。額縁が重いからか疲れてすぐに体力は底を尽き、息が上がる。回転しすぎた事もあって頭がぐらぐらする。だが、諦めない。

 もし本当にこの体の幼女が軟禁されているのだとしたら……誰かに見つかってしまえば、きっと、この世界を知る事も楽しむ事も出来なくなってしまう。

 それだけは嫌だ。せっかくの異世界転生なのに、そんな退屈な始まりは嫌だ──、その思いが私を突き動かす。


「うぉりゃっ!」


 もう何度目かも分からない挑戦。扉に少しずつ増えていく傷に、次こそはと希望を抱いて額縁をぶつける。

 するとその時、窓の外から花火のような音が聞こえて来て、それと同時に、扉が粉々に砕け散った。

 突然として劇的な変化を見せた扉に驚きつつも、まぁ、異世界だし、そういう事もあるか。と雑に自分を納得させてゆっくりと部屋を出る。


 夢のような異世界への第一歩に、心を躍らせる。

 扉が砕け散った際に舞った埃が外からの光を受けているだけなのに、キラキラな粒子のように輝いて見える。きっと……それだけ私は興奮しているのだ。

 そうして、私はついに部屋を出た。

 右を見ても左を見ても廊下が続いていて、その壁には惚れ惚れする程の絢爛豪華な装飾が施されており、汚れ一つない花瓶や何かの像が等間隔に置かれている。

 高い天井に届く程大きな窓から、遠い外の景色が見える。青空に光の花々が咲き、人々のざわめきがかすかに聞こえてくる。もしかしたら、外で何かお祭りをしているのかもしれない。


「やっぱりこの幼女……貴族だろうなぁ」


 大きな嘆息と共に呟く。さっきの軟禁部屋の広さといい、廊下の広さといい庶民の家のものでは無い。服だってそうだ。知識のない私でも分かるぐらいとても上等な服……こんなのを見てしまえば、誰だってそう考える。


「だとしたらおかしいわよね。これだけ広い建物で、ここが中世西洋文化の世界だとするならば、使用人とかがいてもいいと思うんだけど。あれだけ暴れてたのに誰も来なかったのはおかしくないかしら。まぁ、誰も来なくて助かったけれども」


 不自然な程人っ子一人いない廊下を歩きながら、私はぶつぶつと独り言を呟く。せっかくだからと持ってきておいた地図を描きながらだ。

 そうやって、時にはしゃぎ時に項垂れつつも、私は地図を記し見知らぬ土地を進んで行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る