BL短編置き場。

祷治

幸せ、預かります。

年下わんこリーマン×年上真面目リーマン


━━━━━━━・・・





「この家、あんたに譲るわ。」


気の強い姉が見下ろすよう、俺にそう言い放った。



事の始まりは、父親の死からだった。

3つ上の姉と俺、そして父の三人家族。母親は随分前に病気で亡くなっている。


父も先日、病に倒れてしまい────…

俺と姉は両親を失い、ふたりきりの家族となってしまったのだ。



勿論、唯一の親である父の死はショックだったが…。

幸い姉も俺も実家暮らしとはいえ、既に社会人だったので。生きてく上で、なんら心配は無かったのだけど。


父の遺産相続やらなんやらと、現実的な問題に阻まれナーバスに浸ってもいられない状況が続き…。



そんなある日、姉が俺に話を持ちかけてきた。






「この家はあんたにあげる。私は財産の半分も要らないから、」



“預かって、世話して欲しいものがあるの”



最初聞かされた時は軽い気持ちで了承した。

きっと犬とか猫とか、ペットの類だろうとタカを括ってたから…けど、







「どーも。お久しぶりです、涼太りょうたさん。」


それは大きな間違いであり、姉が家を出て行く日に連れて来たのは…


姉の元恋人、だった男だ。








「え、なんで…」


混乱する俺を余所に、さっさと出て行ってしまった姉。瞬きも忘れ呆然とする俺の横には、姉が置いていった元恋人の男、幸平ゆきひら


ソイツはただ不思議そうに、こっちを見下ろしていた。






「えっとオレ、住んでたアパートが立ち退きになっちゃって…。」


それで会社の上司であり元恋人でもあった姉が、家に住む事を勧めてくれたんだと説明されても。俺の頭にはちっとも入ってはこない。


事情は分かっても、何もかもが唐突過ぎて…思考が追いつかないんだ。







「有り得ないだろ…」


知らない仲ではない。

幸平は姉が勤める会社の後輩だからと、何度か家に遊びに来た事があった。

俺よりふたつ下で、憎めないヤツだったから…。

弟みたいに可愛がってやったりもしたさ。


けど、姉と付き合ってたなんて話は正直、今初めて知ったんだ。姉はもっと頼りがいのある、父のような男が好みだと思っていたし…。


幸平とそんな雰囲気を醸し出した事など、今まで一度も無かったんだ。





まあ…そんな新事実など、然して問題じゃない。

重要なのは“元恋人”だった男を、この家に住まわせると言う部分だ。


それでも姉が共に暮らすと言うならまだ解る。

が、実際にコイツと住まわされるのは弟の俺であり。どうしてそのような事態になったのか…考えた所で俺の頭の中はぐるぐると迷走するだけで。


思考はただ、右往左往するばかりだった。







「あのね涼太さん、美穂みほ先輩は彼氏さんと一緒になるんだって。」


そんな俺に、平然と姉と新恋人の近況を打ち明ける元カレ幸平。フラれたくせに、大したショックは受けてないようだ。






「それで、なんだってお前と俺が…一緒に暮らすハメになるんだ?」


「だからオレ、住むとこ無くて…」


つい苛々が口調に出てしまい、幸平がしゅんと肩を竦めてしまう。なんだか俺が虐めてるみたいで、どうも落ち着かない。






「それは解った、けどな…」


俺だって鬼じゃないんだ。

住む所が無いと言われて、嫌だなんて言える訳がないだろう。


しかし、本音は微妙。

いくら顔見知りと言えど…赤の他人をいきなり家に招き入れるには、抵抗だってある。

寧ろそれをすぐに受け入れろって方が、そもそも無理な話じゃないだろうか。






「やっぱり無理、だよね…」


今にも泣き出しそうな笑顔で引き下がろうとする幸平に。言い知れぬ感情が芽生える。


悪いヤツじゃないんだ、むしろ今時珍しいくらい馬鹿正直で純粋で。そんなヤツだからこそ、俺は…






「…分かったよ。」


「えっ…いい、の?」


溜め息混じりに口を開いた俺の顔を覗き込み、幸平が目を見開く。


ああ、と素っ気なくも了承すれば。

幸平の表情は瞬く間に、明るく晴れやかなものへと染まっていた。





…そんなわけで。

俺と、姉の元恋人である幸平とふたりきりの。

なんとも珍妙な共同生活が…スタートしたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る