陛下と私

桂木翠

第1章 陛下と私の異世界もの談義

第1話

【陛下と私】について。


・前半に下ネタがありますが、後半への伏線を仕込んでおります。できれば其処を乗り越え、ラストまでお付き合い頂ければ幸いです。


・このお話についての詳細は、近況ノート 2021/10/23 にて。


――――――――――――――――――――



「…………」

「…………」


 自分が置かれたこの状況が把握出来なかったとしても、それは私のせいでは絶対にない、と思う。そう思いたい。

 私の右手には数分前にコンビニで買った生温かいアメリカンドックが握られている。勿論ケチャップ、マスタード付きで。歩きながら食べようとしていたんだよね。オナカが空いていたからさ。下校途中の買い食いってやつね?

 左手にはこれまた数分前に購入した物品が幾つか入っているコンビニ袋と学校の鞄。

 エコバックを忘れちゃったから、コンビニ袋購入で特大サイズ一袋五円もかかっちゃったよ。お小遣いが少ないのにさ。五円でも私にとっては痛い出費だよ。

 ちなみにアルバイトは出来ないんだよね。通学している高校が特に禁止している訳ではないんだけど、ママが駄目だって言うんだよ。基本的に野放し方向の育児を実践していそうなママなんだけど、夜に外を出歩くのだけは、あまりいい顔をしないの。日が暮れた後の外出はお兄ちゃんや妹と一緒に行動するとか、とにかく一人で出歩くのは駄目って。まあようするに、そんな理由でアルバイトは出来ない感じ。どうしても帰りが暗くなっちゃうからね、冬場とかだと。

 だからパパから貰う少ないお小遣いで日々を凌ぐしかないっていう訳。お金って本当に大事。無計画に使うと直ぐに消えちゃうんだもん。

 そんなふうに少ないお小遣いで泣く私は今、何とも煌びやかな部屋の中央の、我が家のキッチン、ダイニング、和室を繋げても到底入らなそうな長い食卓用テーブルの上の端に居て、足はワイングラスを薙ぎ倒し、オシリにはどうやら肉の乗った皿を敷いている。

 肉の汁だかソースだかはパンツの布地を通過して肌に何とも言えない温もりと不快感を伝えるし、制服の短めのスカートは盛大に捲り上がり、そこから見える開いた大腿の間からは太めの美味しそうなソーセージらしきものが。

 ―――なんとなく笑えない。

 そして目の前には、今までテレビでも映画でも肉眼でもお目にかかった事のない見事な黄金の髪に、アメジストをそのまま嵌め込んだような混じり気のない澄んだ紫色の瞳の男。

 二十代半ばと予想。

 ていうか、誰、何処、そういった当たり前の疑問が頭を過るけど、私の口から出た無意識下の第一声は全く違うものだった。


「やややっ、CGで完璧なものを作ってみました、っていう感じの人だね。凄いや」

「……しーじー?」


 目の前の男は私の言葉に眉を顰める。

 それさえも絵になるような彼は、両手にナイフとフォークを持っていた。


「あ、うんと、なんか説明が面倒臭いから省くんだけど、まあ、あれよ、あれ。肩に届くか届かないかの髪が二十四金で作った糸みたいだし、サラサラストレートだし? 瞳がね、宝石みたいっていうか。ある意味、理想の色彩っていうの? んでもって、睫毛がすんごく長いしさぁ。顔の造作も『これぞ理想の超美形モデル』っていうくらい整っているっていうか。そういう意味なんだけど。あ、お食事中だった? ごめんね?」


 とりあえず私は謝ってみる。

 いや、謝った方がいいとオシリの下の肉が言っていた。

 あとソーセージも。


「……いや」

「しかし本当に凄いね。私の心の中のクラスの友達には絶対秘密のラヴラヴランキングで現在最上位の、今、乙女に絶賛大人気中のゲーム『愛と絶望の黒薔薇魔帝国物語』の魔皇帝パーシヴァル様と争えるんじゃないかなぁ?」

「…………」

「彼、もう本当に素敵なんだよ? 元はね、すっごくいい人だったの。生まれて直ぐに戦争孤児になっちゃって。餓えと理不尽な暴力に耐えつつも頑張って生きてまっすぐに育って。生きるために剣の腕を磨いて強くなっていって、その腕で弱い立場の人たちを助けていたの。もう聖人君子。それでもって貴方どんな血を引いたのよ⁈ っていうくらいサラサラの長い銀髪に、動脈を切って噴き出した血のような真紅の瞳が印象的な超絶美形でね? って、ちゃんと聞いてる?」

「………………」

「聞いてますかぁ?」

「……ああ」

「おおぅ、じゃあ続きをば!」


 確認が取れた事に満足して私が張り切って大きく息を吸うと、目の前の男の澄んだ紫色の瞳が冷たかった。

 しかし私はそんな事は微塵も気にしない。


「んでね? 続きなんですけど、その超絶美形でね、彼ってば柔らかく微笑んじゃって、乙女の理想を体現したかのような王子様ばりの人だったの。もう一発で恋に堕ちそうな。というか私は堕ちた! がっつり堕ちたんだけどね! でも運命の悪戯ね。彼、血を吐く思いで辛い試練を乗り越えて、とある国を助けたんだけど、結局、事が終わったら手酷い裏切りにあったの。しかも大切な人を残虐で不名誉で屈辱的な方法で殺されて。それも目の前で。そんな彼は、どうなったと思います?」

「……さあ?」

「全てに絶望したんですよ! 人間を呪ったんです!」

「…………」

「彼はね、だんだん狂っていったの。そんな時、自分の出生の真実を知ってさ。彼、母親は人間だったんだけど、父親が魔族だったの。後は狂気の中で人と世界に復讐する為に、もう暴走。魔族の頂点に立って、世界征服ならぬ世界滅亡の為に全力を注いだんだけど、これがさぁ、もう最高にかっこよくて。いい人の時も素敵だったんだけど、狂気に染まった彼なんて、存在自体が危うくて、ヤバくて、放っておけないの。狂気に逝っちゃった瞳も最高に魅力的で、いい人だった頃と逝っちゃった頃のギャップもまた萌えるというか。乙女のハートをきゅんきゅんに掴んじゃうっていうか。―――で、まあそれはいいとして、すみません、お聞きしたいんですが、質問しても宜しいでしょうか?」


 私は初対面の人に対する常識として敬語を使うことにした。

 突然の出来事に混乱して思わず妄想を垂れ流してしまったとはいえ、そろそろ無理矢理にでも収束させて礼儀というものを取り戻さないと失礼にも程がある。

 私はパパとママにそういう躾らしきものを受けている、と一応は思っていた。

 既に色々と遅いかもしれないけれど。

 目の前の素晴らしきイケメンの彼は、先ほど眉を顰めたまま、その表情を全く変えていないので何となく聞き難い雰囲気だったけれど仕方ない。

 部屋には彼の他にも男女数人程の人が居たけれど、誰も彼も口と目を全開に開いたまま硬直しているし、何より誰よりも近い彼を無視して遠くの人に話しかけるのも不自然だ、と私的には思うし。

 そんなことをつらつら考えながら彼を見ていたら、そのイケメン君はやはり表情を変えないまま「なんだ」と言った。


「あのー…、私ってば学校帰りにコンビニに寄って、アメリカンドックを食べながら家に帰る途中だったと認識しているんですが、―――ここは何処でしょうか?」


 私は首を傾げながら質問を投げた。

 手にしていたアメリカンドックからケチャップが垂れそうだったので、ペロリと舐めてみる。

 ああ、オナカが空いていたんだったっけ。

 ケチャップが妙に美味しい。


「……トリエス王国の王城内だ」


 一発目の短い彼の声を聞いてもしやと思ったが、淡々と教えてくれるイケメン君の声は予想を裏切らない美声だった。

 全く不快にならない低めの声が彼に色気をふんだんに与えている。

 が、彼はきっと意識してもいないだろうし、気づいてもいないのだろう。

 眉間にある皺がそう語っている。


「とりえすおうこく、おうじょうない?」

「ああ」

「とりえすというのは、国名ですか?」

「王国だと称しているのだから、少なくとも国名だろうよ。多分な」


 イケメン君の声に投げやり気味な感じが少し出てくる。

 手にしていたナイフとフォークをテーブルの上に彼は放り投げるように置くと、なんともゴージャスな細工のある背凭れに体を深く預けた。


「おうじょうないって?」


 イケメン君は溜息をついた。

 ちょっと感じが悪い気がするのは私の気のせいではないはずだ。

 何だコイツ。

 イケメンだからって調子に乗るとは何事だ。

 お前なんか説教部屋に連行だ! と超強気な事を思っているのは小心な私の心の中だけです、はい。


「トリエス国王の居城だと思うぞ? 王国の中心のはずだ」

「お。それは凄いですね」

「そうか?」

「なんかだんだん異世界転移モノの王道を踏襲してきているような気がしてきました」

「異世界転移もの?」

「はい。私が生まれ育った国の小説やマンガという読み物にですね、異世界転移モノというものがあるんです。まあ、似たようなものでは異世界召喚モノですね。日本という国、ご存じですか?」

「にほん? 知らんな」

「じゃあ、アメリカやイギリス、ロシアとか中国とか、うーん、ローマやフランク王国あたりは?」


 イケメン君は面倒そうな色を澄んだ紫の瞳に乗せた。


「知らん」

「失礼ですが、貴方の頭の中の世界地図知識や世界情勢的知識、歴史的知識は如何ほどのものですか? それなりにあります?」

「あると思うが?」

「あー…じゃあもうこの時点で私にとって此処は異世界確定です。私の世界では、私が生まれ育った日本の存在を知らない人って、あんまり居ないと思うんですよね。領土は小さめなんですけど、経済力や技術力が結構あって、それなりの大国なんですよ。確か今現在の人口は一億二千万だか三千万人くらいで、皇紀でいうなら二千六百年を超えているような古い国なんです。この間、神社にオミクジ引きに行ったら、そこの建物にポスター、張り紙みたいなのが貼ってあって偶然知ったんですけど。それに万が一、日本を知らない人が居たとしても、アメリカやイギリスを知らない人は居ないと思うんですよね。他の可能性を考えてタイムスリップだとしても、ローマを知らないとかもなぁ」


 うーん、といった感じで唸りながら私は周囲を見渡して、再び目の前のイケメンな男に視線を戻した。


「此処、部屋や貴方の服装を見る限り、王侯貴族時代の昔のヨーロッパっぽいし。私も世界史は詳しくはないので大雑把で勝手な判断なんですけどね。私自身もトリエス王国とか聞いたことないですし。あ、もしトリエス王国が小国なら私の世界知識レベルでは知らない可能性は大なんですけど! ―――まあそんな訳で、異世界転移モノっていうのは、自分の世界から他の世界に何らかの要因か偶然で突然行ってしまって、『きゃーどうしよう! 元の世界に帰りたいけど帰る方法を知らない! 分からない! ていうか帰れないかもしれない! 私、どうしたらいいの⁈』っていう感じで右往左往する物語の事なんです」

「……ほう?」

「ちなみに念の為お尋ねしておきたいんですが、何らかの必要に迫られた避けられない緊急的理由により私を召喚したとかは……ないですよね?」


 ここにきてイケメン君は少し表情を変えた。

 不可解といった表情だ。


「召喚? こちらが何らかの方法で招き寄せたという事か?」

「はい、そうです」


 答えながらも私は少し赤面する。

 これはちょっと恥ずかしい質問なのだ。

 なんていったって、自分が『特別な存在だから呼ばれたのでは』と聞いているのだ。

 私はこれを平然と質問できる程、心臓に毛が生えている訳でもないし、自分自身の身の程というのも良く知っている。

 なんとなく身の置き所を失ってモジモジしていると、彼は色気むんむんの美声で質問をしてきた。

 イケメン君が耳元で囁いたら、きっと大抵の女性は堕ちるのではないだろうか。

 まったく罪な人である、なんて恥ずかしい気持ちを隠すために、私は勝手なことを考えて気持ちの上書きをしていた。


「どのような理由により召喚などするんだ?」


 イケメン君は最もな疑問を口にした。

 私はそれに答えようと殆どが機能停止していそうな記憶力の悪い脳内を漁りだす。


「うーん、例えばですね、異世界召喚モノだと大抵、幾つかのパターンがあるんですよね」

「ほう? そのパターンとはどういった?」

「実は伝説の聖女だった。異世界の王族の姫君だった。勇者だった、魔王だった、女神だったとか、あとはうーん、ああ、異世界の女性を妻に迎えなければならない決まりがあるとか、誤召喚だったというのもありますね。とりあえず無難なのを召喚してみた、っていうのもあったかな」

「多いな。ではまず伝説の聖女というのは、どういった話だ」

「え、解説するんですか?」


 私は驚いた。

 この人、なに長々とこの会話をしようとしているんだろう?

 物凄く疑問だ。

 そんな私の反応を特に気にする風でもなく―――確実に気づいているようなのに―――彼は顎をくいと動かして私に先を促す。

 なんだかもう超偉そう。


「うーん、そうですねぇ、聖女の話っていっても色々あるんですけど、例えばだいたい召喚をしようとする世界って何かしらの危機に直面しているんですよね。魔王や魔族が襲ってきているとか、邪神が復活するとか、瘴気が蔓延して世界そのものが滅ぼうとしているとか」

「国が存亡の危機に直面しているとかか?」

「そうです。貴方も妄想数値が高そうですね。こういった話にはその数値、結構重要なんですよ?」

「……妄想数値、か。初めて言われたな」


 イケメン君は、ふぅん、といった感じで椅子の肘掛け部分に肘を乗せ、頬杖をつく。

 それだけの動作ですら絵になってしまうイケメン度に、なんだか意味もなくイラついてきたけれど、それは彼のせいでは決してない。

 単なる私の外見的コンプレックスからくる一方的嫉妬なだけである。

 私の場合は見苦しく見える事はあっても絵になる事は絶対ないからだ。

 ああもう悲しい!


「で?」

「え?」

「話の続きだ」

「あー…それでですね、その危機的状況に陥っている国家か集団か個人の王族やら魔術師やら神官やらに召喚されるんです、伝説の救世主的聖女として。勇者召喚の場合もこんな感じですかね?」

「どうやって?」

「え、それは魔法陣か何か書いて魔法で召喚が一般的なんじゃないですか? 私もよく分からないですけど」

「魔法は一般的なのか?」

「私が居た世界では物語の中でしか存在していませんよ、っていうか、この世界はどうなんですか? 魔法か何かあって、私を元の世界に帰すような手段は貴方の脳裏に掠めませんか?」

「全く掠めないな。この世界でも魔法は物語の中でしか存在しない、と余は思っているが、どうかな。―――おい、ヘロルド」

「よ?」


 私の疑問形を華麗に無視して、イケメン君は彼の右後方に控えていたロマンスグレーを高圧的ともいえる声音で呼びつけた。

 ロマンスグレーはその声にピクリと反応し、どうやら先程から続いていたと思われる硬直は解けたようだ。

 目を数度瞬いて優雅ともいえる静かな動作でイケメン君の近くに歩み寄る。

 私の方には何ともいえないといったような視線をチラリと寄こしてきたけれど、それは一瞬だけだった。


「何でございましょう、陛下」



―――――――――――――――――――――



今後も投稿を頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

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