彼女の話

 彼女の話は非常に興味深いものだった。


 まず、ここは間違いなく天国であり自分も半年前に死んだばかりだということ。天国では、現実世界の感覚で約3年ほど滞在することができ、その際は自分の好きな年齢の姿で居られること。そして、仏教徒が長い修業の末に得られる解脱のような、すべての苦しみから開放されたような心境で過ごせること。最後に、いくらかの制限はあるものの自由自在にモノを生み出す力が使えること。


 そのような天国にまつわる知識を木村に分かりやすく説明してくれた。最初のベタすぎる挨拶には面食らったものの、どうやら彼女は親切な人間であるらしい。そして、彼女は先を続けた。


「実はね、天国がこんな……ラスベガスみたいになってしまったのはわりと最近なの」


 どうやらラスベガスっぽいという自覚はあったらしい。


 *


 彼女の話をまとめるとこういうことだった。


 彼女が天国に訪れたタイミングでは、天国はほとんど何も無いようなところだったという。


「例えるなら、最低限のイスやテーブルが置かれた公園といったところかしら」と彼女。


 天国に来た人間は、事故死などの例を除けば長い人生を終えた人ばかりであり、そうした人たちが解脱のような苦しみから開放された心になると、ただ座って安らかに過ごすようになるらしい。稀に自由自在にモノを生み出す力を使っていろいろと試してみる人も居たものの、途中で飽きてしまうのか結局は他の人たちと同じように過ごすようになるという。


「これが天国パワーってやつなのかしらね」と彼女。


 木村は、彼女が死んだ時に何歳であったのかが気になってきたが、さすがにそれを尋ねるのは不躾であるような気がして黙っていることにした。


 そんな天国に変化が訪れたのは、生きた人間が天国に訪れたという歴史的な事件によってだった。


「最初は本当に驚いたわよ、幽霊にでも出会ったのかと思ったくらい」


 死んだ人間が『幽霊』などと口にするのも変な気がしたが、木村は黙って話を聞き続けることにした。


 彼女の話によると、天国へ訪れる人が増えていくにつれ、天国にいる人達は少しでも『おもてなし』をしようと考えたらしい。さすがに天国に来て、イスとテーブルだけある公園みたいな空間だけ、というのはあまりに忍びないという意見が多く出たそうだ。


「ほら、私達ってこうやって自由にモノを生み出せるわけでしょ」


 彼女はそういって、手のひらの上に何かを生み出した。木村はいきなりの出来事にやや面食らいながらも彼女に訪ねた。


「それは何?」


「天国まんじゅうだけど。食べる?」


 彼女のセンスは相変わらずどこかズレているように感じたが、今回は話がつながっていた。


「最初は温泉を作ったのよ。たまたまその時に天国に多く滞在していたのが日本人だったこともあってね。元より『おもてなし』をしたいと言い出したのも日本人グループからだったしね」


 そしてせっかくだから名物っぽいものも作りたいということで、温泉の熱で作られた「天国まんじゅう」も一緒に作られたらしい。


「これが意外と評判良くてね!」と嬉しそうに彼女。


 彼女も生前には温泉が好きだったのかもしれないと木村は思った。


「ただ、そこからが問題だったのよね」


 その後の顛末をまとめると次のようであるようだ。


 その『おもてなし』に感化された天国の人たちは、こぞって色々な施設を作り、現世の人たちをもてなそうとし始めた。なにせ天国には世界中の人間が集まっているわけなので、作りたい施設は無限にあり、しかも自由自在にモノを生み出せてしまうということもあって、天国の世界は混沌としか言いようがない様相を極めたらしい。


「あれはあれでドン・キホーテみたいで面白かったけれどね」と彼女。


 しかし、さすがにあまりにも秩序というものが欠けていたので、いっそのこと観光地として都市のようにしてしまえばよいのでは、という意見が出始めた。賛否両論あったものの、この案は可決されて1つの都市のようなものが作られることになった。しかし、それでどうしてラスベガスっぽい様相になってしまったのかはよく覚えていないという。


 木村はここまでの話を聞いて、ようやく目の前に広がるラスベガスのような都市について納得がいった。


「イスとテーブルだけで過ごしていた人たちが、どうしてここまで築き上げてしまったのかしらね……現世の人たちの煩悩が移っちゃったのかしら?」


 彼女は最後にそんな本気なのか冗談なのか分かりかねることを言って話を締めくくった。

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