短編集 ~幻夢を映す万華鏡~

燈夜(燈耶)

001_とある軍人養成学校同期の話

「太陽」「墓標」「ねじれた運命」で「学園モノ」


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 枝ぶりも見事な大きな樫がある。その下に彼は足を向けていた。

 同じ造りの二本の長剣を腰に佩き、真新しい軍服姿の彼、快斗かいとは肩にかかり背中の中ほどまではある長い黒髪をなびかせ立っている。徽章は少尉だ。

 煌く陽光。蝉の声が聞こえる。大きな樫の木の枝が彼と空の間に割って入り、夏にしては彼に心地よい風を与えていた。


 真新しい土の匂いを放つ土饅頭どまんじゅうの傍である。

 彼はその墓を前に快斗は涙する。

 そして少年の色を残す柔らかい声が土饅頭に投げかけられる。


04フォース、いや颯太そうた。俺だ。05フィフスだ。快斗だよ。俺、そろそろ行くぜ? そうさ。王都だよ」


 05こと快斗は土饅頭の上、石に刻まれた彼04の名を指先でなぞりながら、語りかける。


「出来ればお前と一緒に学校生活を終えたかったぜ。そうさ。俺、軍事教練の最終試験をお前と一緒に勝ち取りたかったんだ。へへ、知らなかったろう? それもそうだろうよ。俺がこうして直にこの思いを言葉にし口にするのは颯太が初めてだからな」


 快斗は真新しい墓標を撫でる。快斗の両眼が細まった。


「だけどお前は俺よりも少しだけ運が悪くて。俺はお前より少しだけ運が良かった。本当に、それだけだと思う。もしかしたら俺達、全く逆の立場だったかもしれない」


 生温い風に、涼しさが混じる。


「それがどうだ。訓練校で俺より巧くやってたお前がポカミスで死んで、ちょっとばかし運の良かった俺が戦場へ行く。そして、この先の運命なんて誰にもわからない」


 快斗は友ではなく、今度は自分自身に言い聞かせるように、今度は二度墓標の名をなぞる。

 

 遠くでラッパが鳴る。

 すると快斗は姿勢を正し、革靴のかかとを打ち鳴らしては土饅頭に向かい敬礼した。


「では、今度こそお別れだ颯太。前線から遠いこの土地まで流れてくる噂でも、既に帝国兵は都に迫り、我が軍の戦線は日に日に後退を余儀なくされているそうだ。俺はお前の分まで頑張ってくるよ。故郷のために」


 そして志半ばで倒れたお前のために、と言おうとして言葉を飲み込む快斗。彼は腰にいた二本の長剣の内、颯太の使っていた長剣を鞘ごと手に取り前に突き出す。


「分かるな颯太。これはお前の使っていた剣だ。俺は俺自身の剣と、お前の剣で故郷を守る。俺はこの二刀でみんなを、故郷を、そしてこの国を守るんだ。これで俺とお前は一心同体、俺が次にお前の傍に来るのは帝国との戦争に打ち勝ってからだ!」


 彼は颯太の剣を再び自分の腰に佩いた。

 そして彼、快斗は颯太の眠る土饅頭を跡にするのである。


 ◇


 年月は巡り、時は過ぎ。

 芽吹きの春、同じ樫の木の下。

 太陽と見事な枝振りの作る木漏れ日の中、古び苔むした土饅頭の横に今、鋼の剣が鞘ごと二本突き刺さった真新しい土饅頭がある。

 陽光が煌いた。


 白い蝶が舞う。

 柔らかな光が二つの土饅頭を照らす。


 今、チチチと小鳥が鳴き、その小さな翼を羽ばたかせ。その隣の小鳥もチチチと鳴き返す。


 そして。

 二羽の小鳥は突き抜けるような蒼い空向け、どこまでもどこまでも高く飛び立っていったのである。

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