第5話 この世界のこと(1)

「日本語…わかるんですか?」


「えぇ、母国語じゃないけど。」


 確かに意識すればネイティブではない気がする、という程度だ。とてもうまい日本語だ。


「名前からわかるかもしれないけど私は台湾出身よ。

 それと今から色々と話すことがあるけど日本語で問題なかったかしら。英語でも話せるけど日本語の方が楽だと思って。」


「負担でなければ日本語でお願いします。」


「わかったわ。それじゃあ本題に入るけど、まず気になっているであろうことから答えていくことにするわ。その後こちらからの質問に答えてもらって、質問は最後にまとめて聞くわ。」


 そう言ってリンさんは自分のこと、転生のこと、この世界のことを話し始めた。




 まずリンさんは計7カ国語が話せるとのことだ。台湾語、英語、中国語(普通語と上海語)、日本語、ドイツ語、フランス語、そして異世界の言語であるケルバー語だ。

 とんでもないな。


 これが才色兼備というやつか。


 彼女の転生についても聞かせてもらった。


 彼女は生前官僚だったが、ある日出勤中に交通事故に巻き込まれて死んだらしいとのことだ。転生したのは7年前で、その腕を買われて今は支部長を務めているらしい。


 ちなみにきちんと老化はするらしく、老衰を迎えた転生者も既に自分の目で確認しているらしい。


 今までしてきた仕事としては、今しているような応対と、転生者関連の事務管理、コネを使った転生研究への出資だそうだ。


 顔が利くそうで色んなところから支援してもらって転生の原因や帰還方法を調べているらしい。直接調べている転生者もいるらしいが、リンさんは直接研究するよりこの形の方が自分を生かせると思ってこの仕事をしているとのこと。


 この世界に既に馴染んだ転生者も多いが、やはり帰りたいと思う者は一定数いるらしく、リンさんも帰還を目的として行動しているらしい。だから転生者とできるだけ多く関わりを持ち、協力者を増やそうとしているのだとか。




 そして話はこの世界のことに移った。

 まず生きていくために重要なこと。言語、貨幣、宗教、地理だ。



 言語についてはケルバー語を学べばとりあえずは問題ないらしい。十分に習得できるまでは危険防止のため行動範囲をこの町に制限する代わり、衣食住を用意してくれるらしい。


 学習方法については、昔から教科書のようなものは作られていたが、リンさんはそれに手を加えて勉強しやすいように改良したテキストを渡してくれた。


 ありがたい。


 ちなみに製紙技術や印刷技術はあまり発達しておらず、メジャーな書籍が一部活版印刷されている程度だ。本は大切にしないといけないな。



 この国の貨幣は金貨、銀貨、鉄貨、銅貨(青銅でできているが銅貨と呼ばれる)の四つだ。


 それぞれ約一万円、一千円、百円、十円くらいの価値だが、物価が地域によって割と変動する上、元の世界と生産体制も異なるためあまり当てにならないらしい。


 しばらくは市場でレート調査をする必要がありそうだ。



 次は宗教。ケルバーの国教はシンドル教という名前だ。


 実態は自然信仰に近いが、その自然と唯一神シンドルを同一視しているらしい。助け合いと博愛の精神を是としている宗教であるおかげで、色々と親切にしてもらえるのだとか。


 経典は印刷技術で多数刷られていて、学校教育にも使われている。


 ともあれ過激な宗教ではなさそうで助かった。伸び伸びと研究できるのは素晴らしい。


 某天文学者みたいに投獄されるならさすがに研究する気が起きないからな。



 そして次の話は地理…と天文的な領域も入るか。


 不思議なことにここは太陽系と酷似しているらしい。


 月もあるし、太陽及び惑星もほとんど配置は同じ。おまけに一日は24時間で一年は365日。


 厳密には測っていないらしいが少なくとも誤差はほぼ無視できる程度だとのこと。


 これには俺も驚いた。


 だが他の転生者の考えによると「ここはパラレルワールドみたいなものだからその辺が同じになっているのではないか」とのこと。


 それなら納得できることなのかもしれない。


 一日のサイクルがずれたら健康に大きく影響するだろうし、日付感覚についても難しく考えなくて良いのは大きなメリットだ。



 ケルバーの辺りは基本的にヨーロッパの気候に近いらしい。詳しく言えば西岸海洋性気候だ。


 緯度的に四季もある。

 最も動植物が異なるから色々と違和感がある四季らしいが。


 残念ながら米はここでは栽培していないらしい。残念だ。

 自由に動けるようになったら日本食の再現なんかも目指せたらいいな。


 まあともあれ比較的過ごしやすい気候とのことで安心した。




 最後に俺が最も気になっていたこと。


 さっきからちらほらと話は出てきていたが、ずばり焦点は魔法のことだ。


 この世界には魔法がある。


 その話を聞いたとき思ったより驚かなかったのを不審に思われたが、既に魔法を見たことを説明すると納得してくれた。


 魔法についても道中ローランさんに聞いたのだが、どうも感覚がわからない転生者に教えるのは難しいようで、転生者保護協会で聞いてくれと言われていた。


 転生してから今まで衝撃の連続だったが、魔法なんて面白そうな物があれば意識が向いてしまう。ぜひとも使ってみたい。



 まず魔力について。


 魔力は転生者も持っていて、体力みたいに時間経過や睡眠などで回復していき、約一日で満タンになる。


 魔力とその回復速度は本人の知力と正の相関が見られる。


 ちなみに予想通りというか、リンさんは相当魔力が多いらしい。


 そして魔法には主に二種類あり、一般的な魔法と魔方陣による魔法がある。



 まず普通の魔法についてだ。


 肝心の魔法の使い方は、基本的には集中して起こしたい現象をイメージし、魔力を込めるだけでいい。


 しかしその魔力というのが厄介で、この世界の人々は生まれたときから触れているからすんなりと扱えるものの、転生者はなかなかその感覚をつかめないことが多いらしい。


 魔法をかけてもらって魔力の流れを徐々に知覚していく訓練をするといいとのことだ。


 あとはルールみたいなものらしいが、基本的に魔法を使うときは詠唱する。性質的には詠唱は必要ないのだが、集中というのが案外難しいことや、戦いに必要とされていた背景により連携のため口に出すことが好まれていたからだとか。



 そして魔方陣による魔法。


 こっちは術者が誰でも同じ結果をもたらせる。魔方陣に魔力を注ぎ込むだけだ。


 ただし例外として供給した魔力に応じて魔法が変わるものもある。


 なんでも魔法言語と呼ばれる独自言語により起こす現象を記述しているらしく、その言語の解析が進んでいないため技術的な発展はあまりないらしい。


 このように魔方陣の解明はほとんど進んでいないものの、量産自体は印刷の要領でできる。


 そのため家庭用の様々な魔法が手軽に使えるように魔方陣化されている。



 魔法言語は伝説では過去に大魔道士と呼ばれる人物がもたらしたとされているが、これについては疑問視されている。


 俺もいくら偉大な人物でも未知の規則の言語をピタリと言い当てられることはないだろうと思う。


 過去の文明でかなり解明されていたが、滅んで失伝したというのが定説だ。



 詳しく聞きたい気持ちもあるが、この世界の科学と魔法を体系的に整理した本を読んでいった方が広範な知識を得られると言われたのでそうすることにした。


 リンさんはそっち方面にはそこまで詳しくないのだとか。


 魔法の研究は昔から行われていたが、転生者らによって科学と明確に分離され、さらに元の世界の科学知識を元にして学術的な整理も進んだらしい。



 ちなみに上の情報を一回では覚えられないだろうとのことで紙に大体を記して渡してくれた。


 なんて優しいんだ。


 きっとこういう細かい優しさがこの国と親和したのもあって協力者を増やせているのだろう。


 俺も見習おう。

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