第38話:シャルとルチア1

 カフェでルイスの話を聞き終えた私は、その場を一人で後にした。


 三年もの長い間すれ違い続けたソフィアとルイスが復縁したのだから、邪魔することはできない。色々話したいこともあるだろうし、今は二人の時間を作ってあげた方がいいだろう。


 それに、ウォルトン家が関わっているとなれば、一筋縄ではいかなくなる。


 ルイスとレオン殿下の浮気話が似ていると思っていたが、まさか同じ黒幕がいるとは思わなかった。同じ手口である可能性が高いため、ルイスの無実がレオン殿下の無実にも繋がるはず。


 ウォルトン家としては、王家やローズレイ家に近しい家系を狙い、勢力を弱める目的があったに違いない。オマケに、ソフィアとルイスの婚約破棄に気を取られた私は、学生生活が注意散漫にさせられていた。


 もっとしっかりしていれば、裏の顔を持つグレースに違和感を持っていたかもしれない。ウォルトン家の手の上で踊らされ、ここまで事態を悪化させてしまったのだ。


 レオン殿下にツライ思いをさせたのも、私のせいで……。ううん、これを考えるのはやめよう。悔やんでも仕方がないし、三大貴族のウォルトン家が裏切るなんて、誰も予想できなかったことだもの。


 まだ時間はある。やり直すチャンスは残っているし、尻尾もつかめたんだ。


 ウォルトン家に見捨てられたルチアを仲間に引き入れることができれば、形勢を大きく変えられる可能性がある。彼女が本当に魔力暴走を起こす危険な存在かわからない以上、冷静に判断しなければならないが。


 後はどうやって接触するかよね。ルイスの話だけで彼女を拘束するわけにはいかないし、ウォルトン家に知られないように接触する必要がある。


 確か学園長が、パン屋で生活費を稼いでいる、と言っていたから、様子だけでも見に行こうかしら。


 ルチアがどこのパン屋さんで働いているかわからなくても、バイトを雇えるほど大きな店となれば、そこまで多くはない。学園から通える距離で、貴族の女の子が働けるような場所なら、手で数えるほどしかなかった。


 地道な作業になるが、しらみ潰しに該当するパン屋を探していると、遠くのパン屋さんの前で見覚えのある女の子がいた。


「お疲れ様でーす」


 手さげ袋を持つルチアだ。どうやらバイトが終わったらしく、学園に向かって走り出している。


 どうしよう。パン屋の客の立場なら会話しやすかったのに。学園で会った時は会話してないから、覚えていないだろうし。


 そんなことを悩んでいる間に、急いで帰るルチアは随分と小さくなっていた。許可なく学園に入れる立場ではないので、先に追いかけることする。


 このまま後ろから追いかけていては、間に合わない。裏道を通ってショートカットして、先回りしよう。


 普段なら通らない狭い道を駆け抜け、知らない人の家を横切り、無理やり距離を縮める。


 不法侵入扱いにはなるが、今回ばかりは許してもらおう。非常時とはいえ、罪は罪なのだから……うん、落ち着いたら謝りに来ます……。ローズレイ家としては、絶対にやっていけないことだもの……。


 軽く心に傷を負いながらも、そのまま走り続けた。どうやってルチアと接触するべきか頭を悩ませ、答えが出ないうちに合流しそうな場所が目前に迫ってくる。


 向こうは覚えてないかもしれないけれど、この前の学園の話をするしかないかな。そう思いながら走っていると、突然、目の前から人が走って来た。


 まずい! と思った時にはもう遅く、勢いよくぶつかり、互いに尻餅をついてしまう。


「いたた……。すいません、大丈夫でしたか?」


 と、ぶつかった人に訊ねてみると、運命の出会いのようにルチアとぶつかっていた。


「こちらこそすいません。誰も通らない場所なので……あーーーっ!」


 えっ、私に見覚えがあるの!? と思ったのも束の間、ルチアはぶつかった衝撃で手放した手さげ袋に向かう。が、中身を確認するまでもなく、バイト先でもらったであろうパンの耳が地面に落ちていた。


「今日はサンドウィッチセールでパンの耳が二倍も入ってたのに……」


 ワナワナと手を震わせ、土で汚れたパンの耳を見つめるルチアは、早くも涙がこぼれ落ちている。


 複雑な事情があるとは思うのだけれど……、ぶつかった罪悪感が強すぎるわよ。今までローズレイ家の仕事で大人を追い込んで泣かせたこともあったし、厳しい尋問で追い込んだこともあったわ。


 でも、パンの耳で女の子を泣かせたのは、初めての経験よ。わざとではないにしても、心に傷がつく。


 そのため、必然的にこういった言葉が出てくるのも無理はないだろう。


「時間があるようでしたら、お詫びにごはんをご馳走しますが、どうですか?」

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