第33話:グレースの臨時講師5

 学園長と話すことに緊張していた私とソフィアは、大きなため息を吐いた。


「グレース様の仕事に同行しただけで、こんなことになるとは思いませんでしたね。随分と学園の雰囲気が変わったような印象を抱きます」


 学生時代に通っていた時には感じなかったが、グレースと共に過ごして、ウォルトン家の影響力を痛感した。


 生徒から尊敬の眼差しで見られ、学園長も一目を置く存在であり、発言力が大きい。魔力暴走の疑惑が浮上したルチアに対して、本当に危険なのか検証する気配すらなかった。


 この学園はウォルトン家の支配下といっても過言ではない。誰もグレースを疑わない場所なのだ。


「ずっと暮らしていた王都のはずなのに、知らないうちに敵地になったみたいだよね。学園の中がウォルトン家に占領された雰囲気があるもん」


「そう思うのであれば、不用意な言葉を控えてくださいね。敵地と認識した場所で発する言葉ではありませんよ」


「だってさ、グレース様だけ特別扱いすぎない? 婚約者がいるのに、絶対に他の男にも手を出してるじゃん」


 私たちが学園生活を過ごしている時でも、グレースの男癖の悪さは噂に流れていた。確証できるものはなく、未だに恋仲の男性と歩く姿を見たことがない。


 むしろ、顔が可愛いグレースが妬まれる姿は見たことがある。私も完全に敵対するまで騙されていたし、彼女が計算高い人物であるのは間違いない。


 裏の顔を知っていたら、黒い噂の方が真実だと思わざるを得ないから。


「ああいう女に手を出す男も男だよね。誘惑されていることくらい気づくと思うんだけど。シャルさんもそう思うよね?」


 浮気された経験のあるソフィアは、変なスイッチが入ってしまったみたいだ。当時の記憶が蘇り、元婚約者ルイスへの怒りが爆発している。


「気持ちはわかりますよ。でも、ルイス様はそういう方では……」


 仲直りしたばかりだから、何とかソフィアを抑えつけないと……。そう思って説得しようとしたものの、妙な違和感が頭をよぎった。


 女性の扱いが上手なルイスが、ああいう形の誘惑に引っ掛かるだろうか。彼は女好きというわけではなく、真正の女たらしな一面を持つだけだ。誤解から言い寄られることや、誘惑されることは何度もあったと思う。


 それなら、普通の人より浮気耐性が強いと言えるはず。


 出会った頃からソフィアを愛していたいし、今もまだ愛し続けている。一途な思いを持つ彼が、一夜の過ちを犯してしまう理由がわからない。


 王城で話を聞いたときも、不穏なことを言っていたくらいだ。


『記憶にないとはいえ、俺が犯した過ちだからな』と。


 普通に考えたら変な話よね。自分が犯した罪を忘れるはずがないわ。


 本当に記憶がないのか、何かを庇うために記憶がないと偽っているのか、男の言い訳はそう言うものなのか……。


 何より引っ掛かるのは、レオン殿下の手紙にも同じようなことが書かれていたことだ。


『すまない。彼女と一夜を共に過ごした。どうしてこうなってしまったのか、俺には記憶がない』と。


 うーん。なぜか私とソフィアの浮気が似すぎている。偶然と言いきるには、強い違和感を覚えていた。


「ルイス様はどういう風に浮気したんですか? 女性に誘惑されて、ノコノコついていったとか」


「……フォローしてくれるんじゃなかったの?」


 そこは期待されても困るわよ。もう三年もルイスをフォローし続けている私の身にもなってほしいわね。


「正直、ボクも知らないよね。詳しい話なんて聞きたくもないし」


 それもそうか。私もレオン殿下の口から、グレースと一夜を過ごした詳細を聞かされたら、立ち直れない気がする。


 でも、すべてが聞きたくないわけではない。


「ルイス様が浮気をするに至った経緯、気になりませんか?」


 愛する人が自分を裏切った理由を知りたいと思うのは、心のどこかで信じたいという思いがあるからだ。婚約者にも言えない特別な理由があったのではないかと、深く考えてしまう。


「聞いたとしても、教えてくれないと思うよ。ルイスは言い訳するようなタイプじゃないもん。まあ、シャルさんなら聞けるかもしれないけど」


 やっぱりソフィアも気になるみたいで、珍しく食い気味になっていた。


 一歩間違えれば、ソフィアを傷つけることに繋がるが、再びソフィアとルイスが婚約するのなら、避けられない問題になる。私とレオン殿下にも関係があるかもしれないし、ちょっとだけお節介をさせてもらおう。


「ソフィアさんとルイス様の関係、ちゃんと見直してみましょうか」

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