第29話:グレースの臨時講師1

 レオン殿下の手紙から気持ちを持ち直した私は、気合いを入れてグレースの部屋を掃除していた。


「メイドは楽な仕事でいいわよね。言われたことを聞いていれば、お金がもらえるんだもの」


 そんな私に小言を言ってくるのは、どの服に着替えようか悩むグレースだ。


 本来なら、私がグレースの世話係を努めることはない。しかし、一向にウォルトン家からメイドが配属されてこないので、借り出されてしまった。


 ウォルトン家としては、ロジリーがいる限り、メイドをつけても意味がないと悟ったに違いない。ローズレイ家の警戒に力を入れたい思いもあるだろう。


 その結果、王城のメイドでグレースの世話をすることになり、本人は拗ねている。愚痴をこぼしたり、メイドを蔑んだりするのも無理はない。


 今まで甘やかされてきた実家から突き放されてしまったのだから。


 私としては、ありがた迷惑な話ではある。レオン殿下と接点を持ちたいのに、グレースとの接点が増えてばかりだ。


 ましてや、部屋の模様替えの担当しただけなのに、まさかグレースから担当メイドに指名されることになるとは思わなかった。


「う~ん、今日の気分は赤じゃないわ」


 クローゼットから取り出した服を体に当ててみるものの、気に入らないグレースはわざわざ私の方に投げてくる。


 片付けるのはあなたの仕事よ、と言わんばかりのその行動を見れば、担当メイドに選んだ理由がよくわかった。


 決してシャルロットだと気づかれたわけではない。シャルロットと同じ黒髪を持つメイドをいじめたくなり、私を担当メイドに選んだのだ。


「今日は白がいいわね。ほらっ、私が着る服を決めたんだし、早く着替えさせなさい。まだ出した服も片付けられないなんて、本当にメイドなのかしら」


 私に誕生日パーティーで出し抜かれ、ナタリーの王妃教育によるストレスが蓄積して、誰かをいじめないと自分が保てないみたいだ。とても憐れな娘であると同時に、本当に馬鹿な娘だと思う。


 一番知られてはいけない人を傍に置けば、自分が監視されるだけでなく、スケジュールまで把握されてしまうのだから。


「グレース様。今日は学園に臨時講師として招かれております。もう少し落ち着いた服装の方が良いかと」


 レオン殿下の婚約者になったとはいえ、さすがに王妃教育ばかりして過ごすわけにはいかない。婚約者としての仕事もあるし、ウォルトン家の仕事もある。


 特に聖女と称賛されるグレースが王都に滞在するとなれば、回復魔法の依頼や若い魔導士の育成の仕事が舞い込んでくるのは、当然のこと。


 それなのに、胸元がパックリ開いた服を選ぶ理由がわからない。学生を対象としているのだし、お淑やかな服装で済ませるべきだ。


「メイドの意見なんて聞いてないの。せっかく今日は羽を伸ばせる日なんだから、早く着替えさせなさい」


 しかし、グレースは聞く耳を持たない。ピクニックや社交界と勘違いしていないか心配である。


 ドレスでもないんだから自分で着ればいいのに、と思いつつ、ソフィアと一緒にグレースを着替えさせた。


「ふっふーん。やっぱりこんな感じがいいわよね。今日は清楚系で決めた方がいいと思ったの」


 スッカリ機嫌を良くしたグレースは、鏡の前で満足気にポーズを取っている。


 学園で過ごす若い男でも誘惑するつもりなのだろうか。いやいや、さすがに公爵家の人間がそんなことはしない……と言えないのが、今のグレースだと思う。


 まだ若い男性なら、顔もスタイルもいいグレースに騙される人が多そうだわ。本人も楽しみにしてるみたいだし、絶対に若い男目当てよね。


 上機嫌のグレースを横目に、散らかった服を片づけようと思っていると、ソロソロ~っとソフィアが近づいてきた。


「顔に出てるよ。今日のボクたちはグレース様のメイド扱いなんだから、ちゃんとやらなきゃダメだよ」


 小声で注意してくるソフィアに、あの女に浮気という冤罪をかけられた私の身にもなってよね! と、声を大にして言いたい。こんなふしだらな女がレオン殿下の婚約者だなんて、絶対に認めたくなかった。


 しかし、当の本人は呑気なもので、完全に浮かれている。


「どう? 可愛いでしょ?」


 見た目だけはね、という本音を押し殺し、私とソフィアは笑顔を向けた。


「とてもお似合いです」

「まさに聖女という言葉が相応しいですね」


 我が儘な主君を持つと気疲れを起こすとわかったのは、今後の貴族人生において役に立つ日が来るかもしれない。ローズレイ家で働くメイドたちには、こんな思いをさせないでおこうと思った。


「見る目はあるのね、あなたたち。今日はしっかりとついてくるのよ」


 なお、グレースはお世辞に弱く、とてもチョロイことが発覚するのだった。

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