第10話:ウォルトン家のメイド2

 ロジリーの命令で模様替えをすることになった私は、新人教育係のソフィアと我が儘なグレースと一緒に部屋を訪れていた。


 呆然として立ち尽くしてしまうのは、すでに部屋が変わり果てているからだ。


 壁紙は薄ピンク色になり、ぬいぐるみや服が散乱している。見た目だけは可愛いグレースらしさがあるとは思うが……、随分と女の子っぽい部屋に生まれ変わっていた。


 婚約破棄してから一週間しか経ってないのに、まさかこんなことになるとは。すでに私の部屋だった形跡が存在しない。


 しかし、グレースは現状でも納得していないみたいで、不満そうな表情を浮かべている。


「もっと華やかな部屋がいいのよね。ドアも変えてほしいわ」


 王城の規格はすべて統一されているため、変更できるものは限られる。ましてや、ここは王妃になる前の臨時的な部屋であり、大きな変更はできないはず。


 苦笑いを浮かべるソフィアを見れば、間違いないだろう。


 部屋の模様替えは私が頼まれたことだし、普通に話してもグレースにバレないか興味がある。ここは私が反発して、様子を見よう。


「さすがにドアまでは変更できかねます」


「つまらないわね。せめて、カーテンは特注にしてよね。花柄のものじゃないと落ち着かないの」


 公務に必要なものならともかくとして、国の予算でカーテンを頼もうとしないでほしい。


 こんなことをサラッと言えるのは、グレースが甘やかされてきた影響だろう。


 聖女と言われてチヤホヤされて、間違った大人に成長したみたいね。見た目と趣味だけは可愛いから、余計に腹が立ってくるわ。


 厳格なローズレイ家で厳しい教育を受けてきた私としては、何も考えずに我が儘を言えることが羨ましくなり、ちょっぴり嫉妬してしまう。


「模様替えの予算にも限度があります。カーテンについては、経理部に問い合わせたいと思います」


 そのため、ニコやかな笑みで反発した。少しでも居心地が悪くなれば、グレースの心の余裕がなくなり、付け入る隙もできてくるはず。


「どっかのクソ女が言いそうなことを言うのね。はぁ~、これだから王城のメイドは嫌なのよ」


 本人を前にして言う台詞ではない。いや、私はクソ女ではないが。


 私がシャルロットだと一向にバレる気配がないので、このまま情報収集を行いながら、部屋の模様替えをやっていこうと思う。


 どのみちロジリーに任された以上、この仕事はサボれない。そのため、不本意ではあるものの、ソフィアと部屋の模様替えを進めていく。


 小物や壁掛けといったインテリアなら変更しやすいが、グレースの希望は大掛かりなものだ。部屋をピンク色と花柄で埋め尽くしたいらしく、一日で終わるようなものではなかった。


 絨毯を変更するだけでも、備え付けの机やベッドをどかす必要があり、想像以上に重労働である。散らかっている服やぬいぐるみも片づけなければならないので、我が儘な主人を持つと大変だと学ぶ良い機会だった。


「あっ、そうだわ。ベッドは丸ごと新しいものに変えて。これは絶対よ。あの堅苦しい女のニオイが移りそうなんだもん」


 どうも、堅苦しいローズレイ家の女です。先ほどのクソ女というのも、やっぱり私のことですよね。本人の知らないところで、頻繁に悪口を言っているとは思いませんでしたよ。


「毎日シーツは洗濯されています。洗剤の香りしかしないと思いますよ」


「私くらい繊細だと感じるの。それくらいわかりなさいよ。ちょうど髪色もそっくりだし、あんたみたいな文句をあの女もネチネチ言うのよね。黒髪の女はみんなそうなのかしら」


 本人ですからね、と言ってしまいたい衝動に駆られるが、我慢しなければならない。今はメイドの身だし、文句を言える立場ではないのだ。


 思い返せば、今までブリっ子のグレースに小言を言ったことは何度もある。可愛らしい笑みを浮かべて「ごめんね」と謝るグレースの面倒を見てきた……つもりだった。


 まさか恨まれているとは。あの笑顔に騙されていたと思うと、妙に悔しい。もっと早く腹黒い部分を見抜けたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに。


「ベッドも経理部に問い合わせますね。どうしてもベッドを変更したい場合は、ウォルトン家の屋敷から運びましょう」


 結局、メイドスマイルを維持したまま、私はできる限り反発するのだった。

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